第5話 レベッカと殴り込みの時間

「おいボケカス共! そこまでや!」


 レベッカは三人組の前に飛び出した。トマスは彼女の背後に立ち、ハラハラとした表情で成り行きを見守っている。


「な、なんだ、お前は!?」


 唖然あぜんとしているリーダー格の男に向かって、レベッカは堂々と名乗りを上げた。


「うちはレベッカ。あんたらをしばきに来たもんや。リーベルメの住人として、あんたらの企みを見過ごすことはできへん!」


「……なんだと?」


 リーダー格の男はレベッカをにらみつけた。

 対峙してみて分かったが、リーダー格の男も手下二人も、思っていたより若い。レベッカと同年代くらいに見える。


「あんたら、魔王を復活させようとしてるらしいなあ? そんなこと、このレベッカが許さへん!」


「許さないだと? はっ、お前に何ができるっていうんだ。俺達はな、魔法使いなんだぞ」


 リーダー格の男は腕を組み、偉そうにすごんできた。


「ま、魔法使い!? レベッカさん……魔法使いが相手だなんて、やっぱりまずいですよ……!」


 トマスが、レベッカの後ろであわあわと狼狽うろたえている。その様子を見て、リーダー格の男は満足げに笑った。


「そいつの言う通りだ。俺達を怒らせる前に、大人しく帰るんだな」


「帰るわけないやろ! ていうかなあ、怒らせてんねん! さっき『リーベルメがどうなろうと構わない』とか好き勝手なこと抜かしてたやろ。あんなん聞かされて、黙って帰るわけにはいかへん!」


「チッ……もうすぐ魔法陣が完成するっていうのに……鬱陶うっとうしい奴め! 丸腰のお前に一体何ができる!?」


 リーダー格の男は苛立たしげに舌打ちをすると、これみよがしに右手を掲げた。

 それを見て、トマスが切羽詰まった声を上げた。


「! レベッカさん、危ない! あいつ、魔法を使うつもりですよ!」


「大人しく帰らなかったこと、後悔すればいい!」


 リーダー格の男が呪文を唱えようとしたその時、レベッカがロングスカートのポケットに手を伸ばし、そこから何かを取り出した。

 そして──。



 パァン!!!



「ぐわぁっ!」


 リーダー格の男が呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。


「え、え!? ええっ!?」


 トマスは倒れた男と、レベッカの手元を交互に見た。


 レベッカの手には、が握られていた。銃口のような部分からは煙が立ち上がっている。


 トマスは手を震わせながら、その拳銃のような何かを指差した。


「なななっ、なんすか、それは!?」


 レベッカはふふんと口角を吊り上げ、クールに言い放った。


「こいつはわたしの相棒。魔法じかけのエンチャンテッド・厄災カラミティ……略して『チャカ』や!!」


「エンチャッテ……チャカァ!?」


 目を白黒させるトマスのため、レベッカは解説を加えた。


「この『チャカ』はな、空気中の魔力を勝手に溜め込んでくれて、そんで魔法の弾丸を錬成してなんちゃらかんちゃら……ほら、あるやろ? 魔導銃とか……なんか、そういうやつや。イメージつくやろ、みんな?」


「みんなって誰っすか!? ていうかレベッカさん! そんな物騒なもの持ち歩いたら問題になるんじゃ……」


「心配せんでええ。ちゃんと免許取得したから。許可はもろてる」


 得意げに言い放ったレベッカを、トマスはまじまじと見つめた。


「い、いつの間に……」


「……あんな、ギャンデカウルテタウロスの一件で思い知ってん。うちには、戦闘能力が足りてへん」


 レベッカは遠い目をして語り始めた。


「──ああいうトラブルがまた起こった時のために、もっと戦えるようになろうって思ったんや。ほんまは、エクベルト様みたいな剣術の使い手になりたいんやけど……剣術は身につけるのに時間がかかりすぎる。せやから、チャカの講習を受けたんや。チャカは手っ取り早いからな」


「そ、そうだったんですか……ところで、あいつ大丈夫なんですか? 命中してましたけど……」


 トマスは、倒れているリーダー格の男を指し示した。


「心配あらへん。罰ゲームでよくあるビリビリの、ちょい上くらいの衝撃しかないはずや。一ヶ月で終わる短期コースにしたから、威力の弱いチャカしか持てへんねん。あいつのリアクションがデカいだけや」


 言われてみれば確かに、リーダー格の男に外傷はない。起き上がってはこないが、意識も失っていないようだ。


「な、なに呑気に話してんだ! 舐めやがって!」


 呆然としていた手下二人が我に返り、レベッカへの怒りをあらわにした。


「覚悟しろ!」


 襲いかかってくる手下Aと手下B。

 レベッカは無言でチャカを構え直した。



 パンッ!!


 パァンッ!!



 日頃の行いが良いことでお馴染みのレベッカ。天が味方してくれたのか、ぶっ放したチャカの弾丸は二発とも命中した。


「「ぐわあっ!」」


 手下二人がそろって呻き声を上げ、倒れる。


「よっしゃ! 見たかボケ! 『阿呆共』はお前らの方じゃ!!」


 レベッカはおしとやかとは程遠い声音で吐き捨てた。


「すげえやレベッカさん! てかチャカ強っ!」


 その隣でトマスも興奮している。


 はしゃぐ二人は気づいていなかった。倒れたままのリーダー格の男が、こっそりと手を動かしていることに。


「……ははっ、これで、完成だ……!」


 男は地面に顔を向けたまま、勝ち誇ったように笑った。


「! ああっ! あいつ!」


 男の動きに気づいたトマスが、慌ててそちらを指差した。


「あ、やばっ」


 レベッカもようやく気がついた。


 リーダー格の男の手に、ペンキの付いたハケが握られているのだ。


「レベッカさん! あいつ、倒れたふりして魔法陣を完成させてたんだ!」


 地面に描かれた大きな魔法陣。

 その隅には、先程まではなかった三日月模様が描き足されている。


 リーダー格の男がすくっと立ち上がり、ハケを投げ捨てた。


「その通りだ! 油断したな!」


 男は魔法陣の中心に向かって右手をかざし、ブツブツと呟いた。

 すると、魔法陣の中心に焚き火のような炎が発現した。


「──あとは、こいつを燃やすだけだ。それで魔王が復活する!」


 リーダー格の男は、ローブのポケットから例の巾着を取り出した。


「レベッカさん! まずいですよ! チャ、チャカは!?」


 レベッカは手元のチャカをけわしい表情で見下ろした。


「あかん。三発撃ってもうたから、ちょっと時間を置かないと次が撃てへん!」


「そんなあ! なんで三発だけなんですか!!」


「安いやつうたからなあ」


「うわあ! もう駄目だ〜!」


 焦る二人を尻目に、リーダー格の男は巾着を高々と掲げた。

 男が手を離せば、巾着は炎めがけて落下することになる。そうすれば、あっという間に燃えてしまうだろう。


「……これで、俺の目的も果たされる!」


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