第4話 レベッカと夜の港
その夜遅く。
ひっそりと静まりかえったリーベルメ港に、二つの人影が降り立った。
「レベッカさん……情報を持ってきた俺が言うのもなんですが、やっぱり騎士団に任せません?」
潮風に吹かれながら、トマスは気弱な声を発した。
「トマス、この期に及んでなに弱気なこと言ってるのよ」
レベッカは腕を組み、堂々と仁王立ちしている。
彼女は普段と同じ、長袖シャツに地味な色合いのロングスカートというシンプルな格好……なのだが、なぜか渋いデザインの黒いサングラスを装着していた。
海沿いの大きな公園からリーベルメ港へと足を踏み入れた二人。
今は波止場から、儀式が行われるという倉庫街の様子をうかがっている。とは言っても距離があるので、建ち並ぶ三角屋根のシルエットくらいしか確認することができなかった。
「だって……騎士団が今夜中に儀式を食い止めれば、慰安旅行だって予定通りに行われるかもしれませんよ」
「駄目ね。そりゃあ騎士団の方々はお強いから、儀式を止めることなんて簡単にできるだろうし、なんなら一晩で魔王を倒すことだってできちゃうかもしれないけど」
「それなら、どうして──」
レベッカはトマスを
「だけどね、そんなことしたら寝不足で慰安旅行当日を迎えることになるわ。いい? 旅行の前日はしっかり睡眠を取らないと駄目なのよ。寝不足で遠出したら風邪をひいちゃうかもしれないんだから」
「ううっ……じゃあ、行くしかないんですね……でも、相手は魔王復活なんてことを企てる奴らなんですよ。儀式をやめろと言ってやめてくれるとは思いません」
「その時は、力づくでもやめさせる、ただそれだけよ」
レベッカはサングラスを外し、クールな視線をトマスに投げた。
「──安心しなさい、トマス。わたし、ロゼタルタでは結構有名だったのよ。道義に反した奴らを時に型破りなスタイルでとっちめる。危ないレベッカ、略して『あぶベカ』って呼ばれてたんだから」
「呼ばれてたからなんだって言うんですか! ていうかなんですか、そのサングラス! さっきからつけたり外したり!」
「これは気分を盛り上げるための小道具よ。かっこいいけど今は夜だから外しておくわ。それはともかく、トマス。そんなに不安なら、あなたはここで待機していてもいいのよ。わたし一人で行ってくるから」
トマスは慌てて首を振り、ビシッと背筋を伸ばした。
「いえ! 俺も一緒に行きます! 俺はレベッカさんの舎弟……ではないですが、レベッカさんの弟分なんですから」
「弟分でもないわ」
「弟分も駄目っすか! そんなあ〜」
落胆するトマスを無視し、レベッカは倉庫街の方向へと足を踏み出した。
「ここからだと儀式の様子までは見えないわね。やっぱり、もっと近づかないと」
「ああっ、待ってください! 俺も行きますって!」
迷いなく歩いていくレベッカを、トマスは必死に追いかけた。
巨大な倉庫が建ち並ぶ方へと忍び足で進んでいたレベッカは、曲がり角の手前でハッと足を止めた。
「! 話し声が聞こえるわね……」
「はい……俺にも聞こえました」
角を曲がった先から、複数人の話し声が聞こえてくるのだ。
二人は物陰に身を隠しながら、そちらの様子をうかがった。
三角屋根の倉庫が両側に並んでいる、広い道。
その道の中間地点辺りに、いかにもな黒いローブを身に
思ったよりも距離が近いが、三人組はなにやら作業に没頭しており、レベッカとトマスには全く気がついていない。
「……おい、そこの模様、間違えてるぞ」
リーダー格の男が、手下二人に指示を出している。
「え? そうですか? 本に載ってる見本通りに描いたつもりですけど……」
「よく見ろ。ほら、あの部分、微妙に見本と違うじゃないか。気をつけろよ。お絵描き遊びじゃないんだ」
手下Aと手下Bは地面に両膝をつき、それぞれ手に持ったハケを地面に向かって動かしていた。
よく見ると、ハケにはべったりとペンキが付いている。
トマスがひそひそ声でレベッカに言った。
「! レベッカさん……あいつら、地面に魔法陣を描いてますよ……!」
「……そうみたい。間違いなく、儀式のためでしょうね」
三人組の足元には、複雑かつ奇妙な絵柄の、大きな魔法陣が描かれていた。
リーダー格の男は分厚い本を手に持ち、開いた
「……よし、もう少しで完成だな」
「でも、本当にうまくいきますかね……?」
手下Bが不安げにリーダー格の男を見上げた。
「説明書の通りに進めてるんだ。うまくいくに決まってるだろ。いいか? 魔法陣を完成させたら、その中心でこれを燃やすんだ」
リーダー格の男はそう言って、ローブのポケットからずっしりと重そうな巾着を取り出した。
「──集めた材料を混ぜ合わせたものが、この巾着の中に入っている。これを燃やすことにより魔法陣が発動し、魔王が復活するんだ」
手下Aがゴクリと唾を飲み込んだ。
「魔王が復活したら、リーベルメは大騒ぎになるでしょうね」
リーダー格の男は巾着をポケットにしまうと、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「ふん、構わないさ。俺の『目的』が果たされるのなら、リーベルメがどうなろうと構わない!」
物陰から様子をうかがっていたレベッカは、その言葉をしっかりと聞き取っていた。
「……なんですって? リーベルメがどうなろうと構わない?」
「レ、レベッカさん……?」
レベッカの中で何かのスイッチが押されたような気配を察して、トマスは恐る恐る彼女の顔を見た。
「リーベルメは、エクベルト様が……あの美しい人が、日々命懸けで守っている場所。それが、どうなろうと構わないだなんて……」
「ひえっ」
トマスは思わず、後ずさりしてしまった。
「許せない」
レベッカの目は完全に
怒りのあまりヒクヒクと顔を引きつらせ、そのうえ全身から凄まじい圧を発している彼女の姿は、トマスに苦い記憶を──落書き現場を目撃された時のことを、思い出させた。
「レ、レベッカさん……落ち着いて……」
「……言われなくても、わたしは落ち着いているわよ」
レベッカは爪が食い込むほど拳を握り締め、爆発しそうな怒りを抑えていた。
「──あのね、わたしは秩序と調和を重んじる人間になると決めたって、アンジェラにもそう話したばかりなのよ。もちろん、落ち着いているわ。穏便に解決できるよう、まずは冷静に説得しないと。あそこにいるあいつらがゲス野郎だからって、わたしがいきなりブチギレるわけないじゃない。そうよ、絶対にキレないから、絶対に」
「レベッカさん! 申し訳ないけどフリにしか聞こえませんって!」
厄介な相手がすぐそこにいるとは
リーダー格の男が、嬉しそうにはしゃぎ声を上げている。
「いいぞ! 後は魔法陣の
プツン──と、レベッカの忍耐は呆気なく限界を迎えた。
「! しばいたる、あのボゲェ!!」
「うわあぁ! やっぱり!」
獲物を見つけた猛獣のような勢いで、レベッカは三人組の方へと突っ込んで行った。
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