第3話 レベッカと多忙な騎士

 ──あれは、三日前の朝。


「おはようございます、レベッカさん。今日もお掃除、お疲れ様です」


 騎士団の凛々しい制服に身を包んだエクベルトが、笑顔でレベッカに挨拶した。


「お、おはようございます……エクベルト様こそ……毎朝、アスト地区の見回り、お疲れ様です」


 レベッカは伏し目がちにモジモジしながら、小声で挨拶を返した。


 正直なところ、今まで通りこっそりと見守っていたいレベッカ。

 だが、掃除していることはもうバレているわけだし、隠れ続けるのは失礼かもしれない──等と頭を悩ませた結果、ここ最近はエクベルトと普通に挨拶を交わすことにしているのだった。


「レベッカさん……えっと、いつも言ってますけど、僕なんかのことを様づけにしなくていいんですよ」


 エクベルトは気恥ずかしそうに言った。

 その表情を可愛らしいと思いながら、レベッカはブンブンと首を横に振った。


「いえいえ! エクベルト様と呼ばせてください! だってエクベルト様は、街を守ってくださる騎士団の方なんですから!」


 モジモジしていたくせに突然威勢がよくなるレベッカ。

 今度はエクベルトがたじろいでしまう。


「レ、レベッカさんがそう言うのでしたら……」


 レベッカが引き下がらないのはいつものことなので、エクベルトもいつも通りに諦めるしかなかった。


 その時、勢いに任せてエクベルトの顔をまっすぐに見つめたレベッカは、彼の顔色が少し悪いことに気がついた。

 そこまでドン引きさせてしまったのかと思ったが、どうやらそうではない。


 お慕いすると決めたその日以来、親の顔よりじっくりと見てきたエクベルトの顔。

 レベッカは些細な変化も見落とさない。

 今日も今日とて国宝級に美しい御尊顔であるが、その太陽のような輝きにわずかながら陰りが見えるのだ。そして目の下にはう〜っすらとクマができている。

 おそらく、体調が万全ではないのだ。


「エクベルト様! あの……──」


「? なんですか?」


「あっ、その、いえ……な、なんでもございません! えっと、わたしは掃除の続きがありますので……失礼しますっ!」


 レベッカはほうきを片手に走り去った。


 エクベルトの顔色が悪いことは心配だが、しがない一般市民である自分がそのことを指摘するのはおこがましいような気がして、何も言えなかったのだ。



 しかし気になる。やっぱり気になる。

 体調が悪いのかしらと心配で仕方がない。

 嗚呼どうしよう、勇気を出して尋ねてみればよかったのだと頭を抱えて悶々とするレベッカ。

 そんな彼女を見かねて、頼れる舎弟気取りのトマスが騎士団の内情を探ってきてくれた。



「どうやら、エクベルトさんの部隊に風邪で休んでいる人がいて、エクベルトさんは自分の職務の他に、その休んでいる人の分もこなしているようです。それから、先週実施された特別訓練のための遠征。これがなかなかハードな内容だったとか」


 トマスはメモ帳をペラペラとめくりながら、心配顔のレベッカに報告した。


「──結論から言うと……体調を崩しているわけではないようですが、エクベルトさん、かなり疲労が溜まっているみたいですね」


「そうだったのね……心配だわ。あ、でも! もうすぐ年に一回の、騎士団の慰安旅行があるわよね?」


「そうですね。出発は今週末の予定です。二泊三日で、温泉地に行くとか」


 レベッカはホッと胸を撫で下ろした。


「あ〜よかった! 旅行中は職務から解放されるし、温泉地ならエクベルト様もゆっくりとお身体を休めることができるはずだわ」


 騎士団の旅行先となっているのは、リーベルメの近郊にある人気の温泉地。

 そこは、疲労回復効果のある温泉が湧いていることで有名なのだ。

 温泉に入って美味しいご飯を食べれば、エクベルトの疲れもとれるだろう。


 レベッカはお肌ツヤツヤになっているエクベルトを想像し、うんうんとご満悦で頷いたのだった。



────────────────



 というわけで明日の朝、騎士団は温泉地へ出発することになっているのだが──。


「今夜魔王が復活したら当然騎士団はその対応をすることになるじゃない。そうしたらどうなる? 慰安旅行は中止よ中止。エクベルト様は温泉に入れないし温泉地の美味しいご飯も食べられない……」


 レベッカは取り憑かれたようにブツブツとまくし立てた。


「疲労の溜まったお身体を休めることができなくなってしまう。それに騎士のかがみであるエクベルト様はご自身の体調のことを後回しにして魔王の討伐にあたるはずだわ。ああ大変。どうしよう。無理をして、倒れてしまうかもしれない」


 むしろレベッカが倒れそうだった。

 ひたいに手を当てふらつくレベッカの姿を見て、トマスは慌てて声をかけた。


「わ〜レベッカさん! 落ち着いてください! とりあえず深呼吸して!」


 言われた通りに深呼吸するレベッカ。

 幾分落ち着きを取り戻した様子で、何やら考えを巡らせ始めた。


「……トマス。儀式が行われる場所はどこだったかしら」


「リーベルメ港の、倉庫街です」


 リーベルメ港。レベッカ達の暮らす市街地からはやや遠いが、行けない場所ではない。


「……今はまだお昼。ゆっくり準備をしても、まだまだ時間に余裕があるくらいね」


 レベッカはフフフッと不敵な態度で笑いだした。


「! レベッカさん、もしかして……」


「なに驚いてるの? わたしに儀式のことを教えた時点で、こうなることくらい予想できたでしょう」


「まあ、それもそうですけど……」


 トマスの、畏敬いけいの念と呆れが合わさった眼差しに見守られながら、レベッカは宣言した。


「騎士団が駆り出される前に、わたしが魔王復活の儀式を止めてみせる! 儀式を食い止めて、何がなんでも慰安旅行を実施させる! エクベルト様を、しっかり休ませるために!」


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