第2話 レベッカと迫る危機

「トマス!? 何よ、びっくりするじゃない」


 騒々しい足音を立てながら駆け込んできたのは、帽子を被った少年──トマスだった。


「あ、お客さんが来てたんですね! お邪魔しちゃって、すみません!」


 トマスはアンジェラの方を見て、元気良く頭を下げた。


「いや、かまへんけど……」


 アンジェラはトマスの勢いにややたじろいでしまっている。


「トマス。彼女はアンジェラ。わたしの親友で、ロゼタルタから会いに来てくれてるの」


「アンジェラさん、初めまして。俺はトマス。レベッカさんの舎弟、やらせてもらってます!」


「ちょっと! 変なこと言わないでよ! あなたを舎弟にした覚えなんてないから!」


 レベッカは慌てて訂正した。アンジェラに妙な誤解をされては困る。



 トマスは16歳。

 かつての彼は、アスト地区の至る所に排泄物(大)の落書きをするイタズラ少年だった。


 好き放題やっていたトマスだが、ある日レベッカに落書き現場を目撃されてしまう。

 その際、トマスは愚かにもレベッカを挑発し、ブチギレた彼女に詰められて半泣きになった。

 怯えまくったついでに、レベッカの『アスト地区の治安を守りたい』という気迫を目の当たりにし、心を入れ替えたのだ。

 二度と排泄物(大)の落書きはするまいと心に誓い、今では彼なりに、レベッカの治安維持をサポートしている。


 そんな舎弟気取りのトマスだが、レベッカの『秘密』をエクベルトにバラすという大きなへまをやらかしていた。


 あれは、暴れギャンデカウルテタウロスの騒動が収められた直後のこと。

 トマスはエクベルトに、レベッカが治安維持のため日々奮闘しているのだと、あっさり教えてしまった。

 その結果、レベッカが毎朝アスト地区を掃除しているということも、エクベルトに気づかれてしまったのだ。


 エクベルトに知られることなく、あくまでこっそりと彼を慕い、彼のために街を守る。それが、レベッカ流『乙女の美学』であったというのに。


 当然、レベッカは秘密をバラしたトマスに腹を立てたのだが、エクベルトに日々の活動について感謝され、そのうえ彼と握手まで交わしてしまい大興奮。トマスへの怒りなんてどこかに吹っ飛んでしまった。


 結局そのまま、トマスはおとがめなしとなっている。



「それはともかく! レベッカさん、大変なんですよ!」


 トマスは駆け込んできた勢いのまま、必死に訴えた。


「それじゃあ、さっさと話しなさいよ」


「俺の仕入れた情報によると、今夜リーベルメ港で『闇の儀式』が行われるそうです!」


 レベッカは片眉を吊り上げ、怪訝そうな顔をした。


「闇の儀式って……具体的には、何が行われるの?」


「それが……魔王復活の儀式らしいです!」


「はあ!? 魔王!?」


 魔王復活の儀式。

 そのとんでもないワードを聞いた瞬間、レベッカは取り乱し、椅子が倒れそうな勢いで立ち上がった。


「間違ないです! 信頼すべき筋からの情報ですから!」


 トマスはポケットから取り出したメモ帳を、誇らしげに掲げてみせた。


 レベッカをサポートしようと決意して以来、トマスは情報収集を日課としている。

 トラブルの種があればすぐさま報告できるようにとアンテナを張り巡らせており、その情報収集能力はもはや『情報屋』を名乗ってもいいレベルとなっていた。


 レベッカは思い詰めた表情でトマスに尋ねた。


「そのこと、騎士団は知ってるの?」


「いいえ! 騎士団の情報部はまだ気づいていないようです」


「ちょちょちょ、待って? 騎士団も掴んでない極秘情報を、なんで君は掴んでんの?」


 アンジェラが、信じられんわといった様子で目を丸くした。


「へへっ、これくらい軽いもんですよ!」


「いや、答えになってへんし。無茶苦茶やん」


 急な展開についていけなくなったのか、アンジェラは大きな溜息をついた。


「はあ、もうええわ。このままここにいると面倒ごとに巻き込まれそうな気ぃするし、わたしは抜けさせてもらう。一人でリーベルメの観光にでも行ってくるわ」


「え、待ってよアンジェラ。案内役がいた方が……」


 アンジェラはひらひらと手を振り、拒否の意を示した。


「一人の方がのんびりできるからええよ。あんた、闇の儀式だかなんだかのことで気もそぞろな感じやん。わたしのことは気にせんでええから、そっちに集中しいや」


 レベッカが何か言う前に、アンジェラはそそくさと部屋を出て行った。旧友としての勘が働き、この件には関わらない方がいいだろうと判断した様子だ。


「ああ、行っちゃった……まあ、いっか。ねえ、トマス。その儀式、行われるのは『今夜』って言ったわね?」


 レベッカはバツの悪さを覚えつつも、実際に気もそぞろだったため、すぐトマスの方に向き直った。


「はい。今夜です。まずい……ですよね」


「その通り。まずいわよ。だって、もしも今夜その儀式が行われて、魔王が復活してしまったら……──」


 レベッカは両手をテーブルにつき、わなわなと全身を震わせた。そしてカッと目を見開き、憤りを爆発させた。



「明日から始まる騎士団の慰安旅行がっ! 中止になってしまうじゃない! エクベルト様がお身体を休めることができなくなってしまうわ!!」



 彼女に言わせれば、それは世界規模の緊急事態なのであった。


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