一般市民は推しの騎士を休ませるため闇の儀式を食い止めたい!

胡麻桜 薫

第1話 レベッカと旧友

『けっこんしました』


 絵葉書には乱雑な字体でそう書かれていた。

 その簡潔な文章のかたわらには、牛の頭とマッチョな人間の身体を持つモンスターの絵が描かれている。


 一体ではなく、二体だ。

 絵の中の二体はニコニコ笑顔で寄り添っており、片方のモンスターの頭には、可愛らしいリボンが乗っかっている。


 上手に描かれているとは言い難いクオリティではあったが、心を込めて描かれたであろうその絵からは、二体の幸せそうな様子が伝わってきた。



「わざわざ絵葉書を送ってくるなんて、律儀なギャンデカウルテタウロスやねえ」


 眼鏡をかけたミディアムヘアの女性が、長い金髪をひとつ結びにした女性──レベッカに、絵葉書を返した。


「そうよね、正直驚いちゃった。結婚の報告をされるとは思いもしなかったもの。もちろん、祝福はするけど」


 レベッカは絵葉書を受け取り、優しく微笑んだ。

 裏面に書かれた送り主の住所は『ギャンデカウルテタウロスの里』となっている。


 暴走状態のギャンデカウルテタウロス(おす)とレベッカが対峙したのは、二ヶ月ほど前のことだ。

 どういう経緯があったのかは分からないが、あんなに荒れていたギャンデカウルテタウロス(雄)が故郷で幸せを掴んだというのなら、それは喜ばしいことである。


 レベッカは丁寧な手つきで、戸棚の上の小箱に絵葉書をしまった。



 とある王国の東部に位置する、リーベルメという街。

 その街に、アスト地区というエリアがあった。


 ここはアスト地区ラヴェンデル通りにある、レベッカの自宅。

 こぢんまりとした二階建てで、一階はレベッカの両親が営む雑貨屋、そして二階が、一家の居住スペースとなっていた。


 レベッカは今、二階のダイニングルームにいる。


「ところでレベッカ。ちょっときたいんやけど」


 レベッカが戸棚からテーブルの方に戻ると、向かい側に座る女性が言った。

 先ほどまで絵葉書を見ていた、ミディアムヘアの女性だ。

 彼女の名前はアンジェラ。レベッカと同い年の20歳で、二人は旧友の間柄である。


 アンジェラは王国西部の『ロゼタルタ』という街に暮らしており、今日はレベッカに会うためリーベルメを訪れていた。


「──あんた、ロゼタルタにいた時と比べてキャラ変わってへん?」


「え、そうかしら」


「うん、変わった。えらいおしとやかになったやん。そりゃあ、ロゼタルタにいた時のあんたはやんちゃ問題児やったし、もうちょい落ち着いてほしいとは思ってたけど……喋り方まで東部風になっちゃって、そこまでいくとなんだか寂しいわあ」


 レベッカはロゼタルタの出身であり、リーベルメには両親と共に引っ越してきたのである。

 変わったと指摘され、レベッカは苦笑した。


「あはは……まあ、実を言うと、ちょっと変わろうと思ったの。別に喋り方まで変える必要はなかったんだけど……なんていうか、喋り方を変えるとキャラも変えやすかったのよ」


「ふ〜ん、なんでまた変わろうなんて思ったん? あ、もしかして、例の『騎士様』が原因?」


 その途端、レベッカは分かりやすく頬を赤らめた。


「ふふっ、その通りよ。リーベルメを守る、清く正しく美しいエクベルト様。あの人を見て、わたしは問題児から優等生に生まれ変わろうって決意したの!」


 エクベルトはリーベルメ騎士団に所属する25歳の青年。

 正義感と責任感にあふれており、街の平和を守るために日々尽力している。


 レベッカは、初めてエクベルトの姿を見た時のことを思い返した。


「リーベルメに引っ越してきた次の日、わたしは近所の食堂で喧嘩を目撃したの。おじさん同士の取っ組み合いだったわ。その喧嘩を仲裁したのが、エクベルト様だったのよ」


「へえ、そうなん」


「ロゼタルタにいた時のわたしは、暴力は暴力でしか制することができないんだと思っていたわ。だけど、エクベルト様は力に頼ることなく、話術のみで問題を解決してみせた。そう、秩序で暴力を制したのよ!」


「ちょ待って? あんたの口ぶりだと、まるでロゼタルタがとんでもない場所みたいやん。なんやねん、暴力は暴力でしか制することができないって。ロゼタルタはそんな乱世みたいな環境とちゃうで。なんか気ぃ悪いわあ」


 アンジェラに横槍を入れられても、レベッカは聞こえていないかのように言葉を続ける。


「わたし、冷静に問題を解決するエクベルト様の姿に感動したわ。そして決めたの。あの人をお慕いし、あの人のように秩序と調和を重んじる人間になるって!」


「で、そのエクベルト様を喜ばせるために、毎朝早起きしてこっそり街の掃除してるんだっけ? ようやるわ、ほんま」


 レベッカは誇らしげに胸を張った。アンジェラはやや呆れ顔だったが、レベッカは御満悦な様子だ。


「当然のことよ。アスト地区を清潔な状態に保つのは、治安維持の一環だもの」


 騎士団は毎朝、街の見回りを行なっている。

 ここ、アスト地区を担当しているのは、エクベルトがリーダーを務めるチームだ。


 担当区域が平和であれば、エクベルトはきっと喜んでくれる。そう考えたレベッカは、アスト地区の治安を守ろうと密かに決意したのだった。


 治安維持のため、日々あれこれ奮闘するレベッカ。

 早朝の掃除を含め、その活動はエクベルトには『絶対に秘密』だったのだが──。


「でも、毎朝掃除してたこと、エクベルト様にバレちゃったのよね……」


「え、バレたん? どーして?」


 その時、ドタバタという足音が階段の方から聞こえてきた。


「レベッカさん! 大変です! レベッカさん!」


 足音に続いて聞こえてきたのは、ひどく慌てた様子の、少年の声だった。


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