夢見るレコード店 〜過去を紡ぐメロディ〜

星野チーズ

第1話

街はすっかり変わってしまった。いつも通る商店街の道も、昔はもっと賑やかだったと父が言っていた。だが、今はどこも閉店したり、立て直されたりして、あの頃の面影はほとんど残っていない。夕方の薄暗い空の下、部活を終えた俺――三崎晴(みさき はる)は、学校から家へ向かう途中にある商店街をいつものように歩いていた。


自宅は父と二人暮らし。母が亡くなって以来、ずっとこんな調子だ。父は仕事で忙しく、俺はなんとなく家にいるのが落ち着かない。だから、こうして放課後の時間は、できるだけゆっくりと街を歩いて帰ることが多い。


今日も、何も変わらない平凡な一日だと思っていた。けれど、ふとした瞬間に目に飛び込んできたものがあった。商店街の片隅に、小さな店がぽつんと立っていた。今まで何度も通っていた道なのに、そこにあることに全く気づかなかった。それは古びたレコード店だった。


「レコード…?」


俺は足を止め、店をじっと見つめる。窓から見える内部は暗く、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。まるで、時代に取り残されたかのようだ。好奇心に勝てず、ドアを押し開けて店に入った。


店内は外観と同じく古びていて、埃っぽい空気が漂っていた。壁には無数のレコードが並べられ、木製の棚が床から天井までびっしりと埋まっている。どこか懐かしい雰囲気が漂い、一歩足を踏み入れただけで、時が止まったような感覚に陥る。


「いらっしゃい。」


突然、背後から低い声が聞こえた。振り向くと、カウンターの奥に座っていたのは、年老いた店主だった。長い白髪と髭をたくわえ、どこか遠い世界を見つめているような目をしている。その姿が、この店の不思議な空気と見事に調和していた。


「レコードに興味があるのかね?」店主は穏やかな口調で問いかけた。


「まあ、少しだけ。母が昔、レコードをよく聞いてたって話を聞いてたんで、気になって…」俺は曖昧に答えた。


母は俺が小さい頃に亡くなった。そのせいで、母のことはほとんど覚えていない。けれど、父から聞いた話では、音楽が大好きで、特にレコードで聴く音楽が好きだったらしい。俺も自然と音楽が好きになり、今でもよく古い音楽を聴くことがある。


「なら、これを持っていくといい。」店主はゆっくりと立ち上がり、背後の棚から一枚のレコードを取り出して俺に手渡した。


「え?でも、買うお金が…」


「いや、これは君に必要なものだ。特別なレコードだよ。ぜひ、家で聴いてみるといい。」


そう言って、店主はにっこりと微笑んだ。不思議と、その笑顔には逆らえない力があった。俺は黙ってレコードを受け取り、店を後にした。


家に帰り着くと、父はまだ仕事で帰ってきていなかった。俺は早速、自分の部屋にあった古いレコードプレーヤーに手渡されたレコードをセットした。母の形見として父が残してくれたこのプレーヤーは、ずっと埃をかぶったままだったが、ちゃんと動くようだ。


レコード針を落とすと、しばらくの間、何の音も聞こえなかった。しかし、次の瞬間、静かに始まったメロディが部屋中に広がり、どこか懐かしい、けれど聴いたことのない音楽が流れ出した。


それは、ただの音楽ではなかった。何か特別な感覚が俺を包み込み、目の前の風景が歪み始めた。気づくと、俺は全く見知らぬ場所に立っていた。


「ここは…どこだ?」


周囲を見渡すと、そこはどう見ても現代の日本ではなかった。古びた街並み、着物を着た人々が行き交う様子、そして耳に残るレコードのメロディ。まるで昔の時代にタイムスリップしてしまったかのようだった。


「お前、何をしてるんだ?」


突然、背後から声がかかり、振り向くと、男が立っていた。彼は和装姿で、鋭い目つきが俺を見つめていた。完全に場違いな俺に、訝しげな表情を浮かべている。


「いや…その…迷ってしまって…」俺は何とか返事をしようとしたが、うまく言葉が出てこなかった。状況が飲み込めず、頭が混乱していたのだ。


しかし、男は何かを察したのか、俺を連れて古い茶屋のような場所へ案内してくれた。そこでは静かに人々が語らい、酒を酌み交わしていた。俺は座ると、周囲の様子をじっと観察することにした。


「ここは一体…いつの時代なんだ?」


頭の中でその疑問が浮かぶが、答えは見つからない。ただ確かなのは、俺が今、現代ではないどこかにいるということ。そして、あのレコードがこの現象の引き金になったことは間違いない。


「…一体、何が起きているんだ…?」


こうして、俺は不思議な体験をすることになった。音楽を通じて過去へと繋がる世界。母が大切にしていた音楽とともに、俺の運命もまた動き始めたのだ。


そして、この奇妙な旅が何をもたらすのか、まだ誰も知らない。

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