第5話 母の背負ったもの
再びレコードの音が流れ、目の前の景色が変わり始める。音楽が俺を包み込み、体が引き込まれる感覚に、今はもう慣れ始めていた。今度はどんな過去に連れて行かれるのだろうか――そんな不安と期待が入り混じる。
目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。だが、どこかで感じたことのある空気が漂っている。まるで記憶の奥底にしまい込まれていた風景が蘇るような、不思議な感覚だ。
目の前には、小さな町の古びた一軒家があった。そこから微かに音楽が聴こえてくる。俺はその音に引き寄せられるように、その家へと歩き出した。ドアをそっと開けると、中には一人の女性が座っていた。
「母さん…」
俺は思わず声を漏らした。若い頃の母がそこにいた。彼女は目の前の楽譜に向かい、何かを一心に書き込んでいる。その姿は真剣そのもので、周囲には何も気づいていない様子だった。
「母さん、何をしているんだろう…」
俺は慎重に部屋の中を見回し、そっと彼女に近づいた。すると、机の上に置かれた手紙が目に留まった。そこには見慣れない名前とともに、「決断の時が迫っている」という一文が記されていた。
「決断の時…?」
俺はその手紙を手に取り、内容を確認しようとしたが、その瞬間、母が小さくため息をつき、筆を止めた。彼女は手紙をじっと見つめ、その手が微かに震えているのに気づいた。
「…どうすればいいのか、わからない。」
母が静かに呟くその声は、まるで苦悩に満ちているかのようだった。
「この選択が、未来にどんな影響を及ぼすのか…でも、選ばなければならない。」
彼女の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。母もまた、かつて自分と同じように何か重大な選択を迫られていたのだろうか。母の決断が、今の俺の運命に関わっているとしたら――。
その瞬間、ドアが大きな音を立てて開いた。そこに現れたのは、見知らぬ男だった。彼は険しい表情を浮かべ、母に何かを急かすように迫ってきた。
「時間がない。早く答えを出さなければならない。」
男の冷たい声に、母は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに静かに頷いた。
「わかってるわ。でも、この選択は簡単にできるものじゃない。」
男はさらに一歩近づき、母を睨みつけた。
「選ぶしかないんだ。さもなければ、すべてが失われる。」
俺は息を呑んだ。母が何を選ぼうとしているのか、それが何を意味するのかは分からなかったが、その選択が彼女にとって非常に重いものであることは、はっきりと感じ取れた。
母は手紙をじっと見つめ、静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと、しかし確固たる決意を込めた声で言った。
「私は…選ぶわ。この道を。」
その瞬間、空気が凍りつくような感覚に包まれた。母が選んだその道が、俺にどんな影響を与えるのかはまだわからない。だが、その選択が、現在の俺の運命と深く関わっていることは間違いなかった。
「目が覚めたか。」
不意に聞こえた声に、俺ははっとして目を覚ました。そこはまたしても、あのレコード店だった。目の前には例の男が立っている。
「母親の過去に触れたようだな。だが、まだ全てを知ったわけではない。お前自身も、いずれその選択を迫られるだろう。」
俺はしばらく言葉が出なかった。母が何か重大な選択をしていたことは分かったが、その内容までは理解できなかった。そして、それが俺の未来にも関わっているということも、薄々感じ始めていた。
「母さんは…何を選んだんだ? 俺にはまだ、それがわからない。」
俺は男に問いかけたが、彼はただ静かに頷いただけだった。
「それを知るためには、さらに先に進まなければならない。そして、お前自身も選ばなければならない時が来るだろう。」
男はそう言って、再びレコードに手を伸ばした。
「だが、その前に、少しだけ休むといい。お前が抱える選択の重さは、まだまだこれから増していくのだから。」
俺はしばらくの間、レコード店の静かな空間で、母の選択と自分のこれからについて考え続けた。何を選べばいいのか、そしてそれが未来にどう影響するのか――その答えを見つけるための旅は、まだ終わらない。
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