75
◆
「佐藤君。これは脅しじゃないが・・・。」
「その脅し文句、流石にもう効きませんよ。」
「ハハ!こりゃ参った!・・・。頑張り給え。君が相手するのは、信仰が薄れたこの現代においても、何故かまだ神殺しができるレベルの妖力を持ち続けている、歴戦の化け狐だ。下手をすれば、玉藻の前に匹敵する大妖狐かもしれない。」
「・・・はい。」
「ただ、今の救いは、彼女がこの町に愛され、彼女自身も、この町の人々を愛しているだろうという事だ。」
「・・・はい。」
「この『子込町』という町名が観測されるようになった時期を、少し詳しく文献から調べた事があるんだ。」
「いつからでありますか?」
「丁度鈴の狐が巫女に化けて祠に鈴を奉納した辺りからだ。これはもう話したな。そして面白い事に、その辺りから、ぱったりと、この地域を白蛇村と呼称する文献もめっきり減っていった。」
「土地の名も奪ったと?」
「恐らくな。言霊と名前には力がある。そして名前というのは、不思議な事に、人間の領分なんだ。」
「どういう意味でありますか?」
「神は、由来となるモノと同時に生じる。つまり、土地は名前などなくとも、そこにある。故に神も存在するだけなら名が要らぬのだ。神に名が生まれるのは、等しく人との関わりが生まれた時。神ですら、人間の名付けの力には及ばない部分があるんだ。」
「つまり・・・、狐は、それができるという事ですか?・・・神に近しい存在でありながら、野山から里に下りて、人と共に生きる事を選んだから、自分に名付けができなくても、人に名付けをさせる事ができる、と?」
「ご名答。筋がいいな。狐の到来以前の村の文献には、子に恵まれないという記録があった。狐は、それを知って、村長の一族に嫁入りをしたんじゃないかな。」
「・・・なるほど。」
「狐が生んだ子はすくすくと育ち、その後村は子宝に恵まれた。『子込』は、そういう願掛けの意味があったと考えられる。」
「・・・なるほど。」
「佐藤くん。この写真、最後の巫女を顔を見て、君はどう思う。」
田中警視がさっき見せてくれた白黒の集合写真の真ん中に座る、一人着飾った女性をもう一度見てみた。
「やはり、似ていると思います。そっくりだ。」
「この写真の女性も『すず』という名前だった。」
「自分は、このすずさんと、今の鈴さんは別人なんじゃないかと、勝手に思っています。安倍さんは、どう考えていますか?」
「・・・わからん。」
「・・・。」
「この人柱の少女が村長一族の1人娘で、この村に伝わっていた『村長一族の娘には必ず鈴がモチーフの名前を付ける』という掟の最後の適応者だった。それだけだ。」
「鈴モチーフの名前。狐の嫁入り・・・。」
「彼女たちには、一体何ができたんだろうな。人として育ちながら、実際は妖狐の血が流れていた女たち・・・。今となっては、歴史の闇に埋もれてしまった、悲しき歴史。ただ分かっているのは、恐ろしいまでに顔が似ている、と言う事だけだ。まだまだ、その間に眠る因果には手が届きそうにないよ・・・。」
「・・・。」
◆
「田中さん、安倍さん。」
「なんだね、佐藤君。」
「俺、やっと事の重大さに気付いてきたかもしれません。」
「・・・あぁ。」
「あの狐の真意は・・・。」
「根気よく、慎重に、調査していこう。それしか俺たち人間にはできない。しかし、あまりにも得体が知れない。俺たちはそれを少しでも突き止め、必要とあらば、何か行動を起こさなければいけないんだ。」
「俺、なんてものに首を突っ込んじまったんだ。」
「すまないが、ここまで知ってしまった以上、ここにいる誰も、もう引き返せないんだ。佐藤君。」
「・・・はい。覚悟は、できました。」
俺は、こんな寂れた田舎に眠っている、あまりにも強大な存在の、”思惑の片鱗”を知ってしまったのだから。
「謹んで、務めさせていただきます。」
仕事が、始まる。
テーマ『田舎の幼馴染が人外で、自分以外の全員がそれを知っていた小説』 九三郎(ここのつさぶろう) @saburokokonotsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます