第4話
「やぁ~だぁ、殿下。手が胸にあたってますよ♡」
「おっと。ごめんごめん、アデレイドの胸が大きいからかな? 触るつもりもないのに手がぶつかってしまって」
「だめですよぅ、みんな見てますから♡」
「はっはっは、アデレイドが可愛いから、そりゃ見たくもなるよな」
二人の派手な交際は学校の内外で続けられ、ほどなくして王室でも問題とされた。それはつまり、目溢しできる時期を過ぎ、白黒はっきりつける時が来たという意味であった。
言い逃れしようのないほどに多数の目撃証言。
さらには当のブライアンが反省する様子もなく「古い因習にとらわれず、身分の低い女性と愛によって結ばれ、相手を王室に迎え入れることは、庶民の憧れのサクセスストーリーのひとつとなる。俺は絶対にアデレイドと結婚する。絶対にだ」と言い張り、翻意の兆候すらなく。
もはやこれまで、と両家に見限られてジュリエットとの婚約は解消となった。
「真実の愛とやらを否定するつもりはない。しかし物事には順序というものがある。本当に相手を大切に思っているのであれば、ジュリエット嬢との婚約を解消してから交際をするべきだったのではないか」
父である国王はそう言ってブライアンを諌め、学院の卒業年度までは家庭教師をつけて王宮に蟄居。その後は本人次第であるとのことであったが、侍女に手を出し王の怒りを買ったという噂がまことしやかに流れては消え、五年経ってもブライアンが表舞台に戻ってくる様子はなかった。
あれほど執心されていたアデレイドは、ブライアンの蟄居が決まると同時に学院を自主的に退学。妥当な判断と受け止められ、大きな話題にはならなかった。
(殿下と睦み合っていたときのアデレイド嬢は、おそらく演技をしていた。何が目的だったかはわからないけれど、本当のあの方は聡明な女性。こんなことで学院をやめて、教育を受けられなくなるだなんて)
ジュリエットは手を尽くして、アデレイドの行方を探した。もし可能であるなら学院を続けてほしかったし、それが叶わなくても、同等の教育を受けてほしいと願っていたためだ。
二人でお茶をしたあの短い時間が、ジュリエットの胸にきらきらとした輝きを伴って強く刻まれている。
他の女生徒たちと淑女然として線を引きながら続けていた交流とは全然違う。進歩的な女性なんだ、自由恋愛したいんでしょ? とあけすけと言われたときの、胸のすく思い。
後から、じわじわと気持ちが高揚した。嬉しかった。
アデレイドとなら、本当の友達になれるのではないかとすら思った。
ブライアンとの関係が終わり、ほとぼりが冷めてしまえば、身分の差も気にしないで仲良く付き合えるのではないかと、本気で考えていた。
アデレイドは見つからなかった。
女子の特待生枠として、彼女が学院に入学するにあたり用意していた経歴や家族構成、住んでいるところまで、すべて架空であり、アデレイドにつながる糸はぷっつりと切れてしまっていたのだ。
空虚さを抱えたままであったが、ジュリエットは父親の事業を手伝うようになった。
新たな婚約者は決まらなかった。家族からも無理に結婚を勧められることもなく、仕事が面白くなったこともあり、これ幸いとばかりに働き詰めの日々を送っていた。
生きている限り、いつかアデレイドには会えるかもしれない。
失敗したり自己嫌悪したり落ち込む夜もあったが、(明日はもしかしたらどこかでアデレイドに会えるかもしれない)その希望が支えとなり、新しい朝が来るのを嫌だと思い悩むこともなく、生きることができた。
アデレイド。たったあれだけのお茶の時間では仲良くなりきれなかったけれど、私はあのときからあなたをずっと、親友のように思っているの。私の心の中で。
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