第2話
「昨今世間に流布する、恋物語の類をご存知でしょうか。その、小説ですとか舞台で流行りの……」
学院内のカフェで向かい合って座り、お茶と焼き菓子を挟んで、ジュリエットから探りを入れるように切り出した。
恋敵であるはずのジュリエットに対し、なぜか愛想抜群のアデレイドは「あ~、はいはい」と軽い口調で応じた。
「悪役令嬢もののことですか? よく知っていますよ。ヒロインは下級貴族もしくは平民。しかし聖女の力が顕現して世直しに一役買ったり、魔王を倒したり、或いは平民の近くで暮らしてきたがゆえに現状をよく知り、鋭い切り口から斬新な政策を提案したりと素晴らしい活躍を繰り広げる。その過程で、身分の高い男と知り合う。男の婚約者である身分の高い御令嬢から様々な妨害があるものの、目的を同じくする男と手に手を取り合い邁進し、決してくじけない。やがて男とヒロインは真実の愛によって結ばれる。もともとの婚約者は悪役の御令嬢と周囲から目され、男から婚約破棄を言い渡される……」
そこで言葉を切り、アデレイドはにこっとジュリエットに笑いかけてきた。
けぶるような青の眼差し。すばやく、片目を瞑られる。
どきっと、心臓が高鳴るほどその笑顔は魅力的だった。
(アデレイドさんって、きゃぴきゃぴしないで普通に話そうと思えば普通に話せるのね……! しかも、今まで濃い目のお化粧に気を取られていたけど、すごく綺麗なお顔……)
言葉もなく見つめていると、アデレイドは「ふふっ」と笑みをもらしてさらに続けた。
「ジュリエットさんの言いたいことって、『これって、私たちみたいだと思いませんこと?』ですよね」
核心をつかれた。ぼうっと見とれていたジュリエットであったが、即座に我に返り、認めた。
「はい。その通りです。そして世間では今、『身分の差を乗り越える真実の愛』こそが、もてはやされているのです。さらに言えば、この先、王族も貴族も新しい時代の象徴として、現実的に『自由恋愛』を否定しない風向きにもなるでしょう。ですので……、アデレイドさんがこのまま本気で殿下とお付き合いなさるというのなら、私が婚約破棄を言い渡される展開もありえないとは言い切れません」
アデレイドは「ふむ」と言いながら腕を組み、頷いた。
「たしかに、たとえばいま私達二人きりというこの状況が、すでに危うい。よくある展開のひとつ『婚約者令嬢によるヒロインの呼び出し』そこからのめくるめくいじめを想起させる状況が成立してしまっている」
「その通りです。目撃した方もいますから、この後アデレイドさんが私にいじめられたと殿下に告げ、なおかつ公言したら、信じる方は出てくるでしょう」
すると、アデレイドは「ええーっ」と大げさなまでに声を張り上げた。
「ないない、それは無い。こう言ってはなんだけど、私とジュリエットさんの人望比べてみたら差は一目瞭然だよ。誰も私の言うことなんか信じない。『いじめっていうか、そりゃ婚約者とあんなことしていたら注意くらいされるでしょうよ』ってみんな思うだけだよ。絶対、ジュリエットさんが悪いって思うひとはまずいない。賭けても良い」
(やっぱり。アデレイドさんは、ずいぶん周りを見ている方だわ。殿下とイチャイチャしているときとはまったく違う……)
ざっくばらんに言い切られたことや、その内容には聡明さが漂う。
ジュリエットは内心舌を巻く思いではあったが、「そうは言いましても」と話を続けた。
「私としましては、その、新しき時代の到来を歓迎する考えもありまして、殿下が身分にとらわれない恋愛をすることに関して、実はさほど反対していないのです。王室も貴族も、いつまでも古い因習にとらわれたままではいられません。幸いにも、殿下は第二王子であり、すでにお兄様が立太子されてまして、王位を継承する予定にはありません。つまり、ブライアン殿下の結婚は国を左右する大問題にはなりにくい位置づけでして」
そこで「ごめんね、少し言わせてもらって良い?」とアデレイドが口を挟んだ。ジュリエットが促すと、アデレイドは身を乗り出してきてジュリエットの瞳を真剣な様子で見つめた。
「奥歯にものが挟まったような上品トークをありがとう。ざっくり言うと、ジュリエットさん、殿下に愛想つきてるんでしょ? 『この際、殿下から物語みたいな婚約破棄してくれないかな~。そのときは殿下の有責の状況証拠をたくさん並べて自分が有利な展開で婚約を解消できるはず。ここらで自分も、未来の王子妃の立場から外れて自由な恋愛でもしてみたいな~』ってことでしょ?」
「そこまでは……」
「そういうことだと思う。ジュリエットさんはこの国の未来を担う人材として進歩的な教育も受けてきただろ。その結果、自由恋愛にすら抵抗は無いという発想に至った。身分差も気にしない? だから殿下にそれを許す。それだけでなく、君自身もしたいんだ、自由恋愛を。そのためには殿下が邪魔なんだ。邪魔な殿下にはさっさと他の誰かとくっついてもらった方が良い」
たたみかけられて、ジュリエットはまじまじとアデレイドの顔を見つめ返した。
言語化されてしまえば、たしかにそれに近いことを言ったかもしれないが、認めてしまうのは危険だ、と胸の奥で警鐘が鳴っている。
これでは、自分からアデレイドに浮気を依頼した形になりかねない。自分が婚約者であるブライアンから自由になりたいばかりに。
(これ以上の深入りは……。だけど、アデレイドさんがここまで事情を汲んでくれているなら)
ジュリエットは一口お茶を飲んで気持ちを落ち着けてから、改めて告げた。
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