第5話

「お嬢様。ティム商会からお嬢様あてに、事業の件で面会希望の方がお見えになっていますが」


 執務机に向かっているときにメイドに声をかけられ、ジュリエットは「約束通りの時間よ。言ってなかったかしら」と返事をしつつ席を立った。

 ジュリエットが幼少の頃から屋敷に勤めているメイドは「それがですね」といつになく言葉を濁して、いかにも何か言いたい様子でジュリエットを見ている。


「どうしたの?」

「とてもとても感じがよく、聡明な話しぶりの青年です。見目も大変麗しくて、ご年齢もお嬢様と同じくらいでしょうか」


 ジュリエットがいつまでも婚約も結婚もしないことを気にしている筆頭なのだ。良い相手がいれば、すかさず勧めてくるのはいつものこと。ジュリエットも慣れている。


「あら楽しみ。いったいどんな方かしら」

「ふわふわの金髪に、深い湖のような青の瞳です。背もすらりと高くて」

「素敵ね。その髪と目の色合い、私の好みに合っている。私が一番好きな組み合わせよ」


 歌うように受け答えをして、「お化粧直しを」と言うメイドに「必要ないわ」と答えてジュリエットは応接間に向かった。

 自ら、中にいる相手に声をかける。


「お待たせしました」


 ドアを開けると、ソファに人影はない。視線をすべらせると、窓際に背の高い人影があった。

 差し込む光の眩しさに目を細めながら、ジュリエットは「お約束の……」と口にする。

 うん、と相手は気安い口調で答えて、肩で風を切るようにしてジュリエットの元へと歩いてきた。

 面影。

 ハッと目を見開くジュリエットに対して、いつかと同じ洒脱な口調で彼は言う。


「この格好でわかってもらえるか不安なんだけど、久しぶり。ここまで来るのに、少し時間がかかった」


 その全身を上から下まで見る。ジュリエットが唇を震わせて「胸は」と言うと、青年は楽しげな笑い声を上げた。


「最初に聞くのがそれ? 殿下はずいぶん気に入っていたみたいだけど、残念ながらあれは詰め物だよ。盛り過ぎた」

「偽乳」

「そう」

「……あのときは、どうして殿下と」


 ジュリエットの問いかけに対して、正面に立った青年は笑顔で答えた。


「好きになった女性がいた。その時俺には事情があり、相手も婚約者のいるひとで、諦めようとした。しかし、どうもその女性の婚約者は誠実な男ではないようだった。さらにいえば、その婚約自体、破談になっても国政を揺るがすことはないと確認もとれた。だからね」


 悪の令嬢になることにしたんだ、と。

 ジュリエットは徐々に笑みを広げ、青年を見上げた。視線がぶつかったときに、ようやく「お久しぶり」と一言だけ発してから、真っ平の胸元を見て笑った。

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【コミカライズ】婚約破棄されることがわかっていたので、先回りをしました。 有沢真尋 @mahiroA

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