長崎にて――

はくすや

――こぼれた言葉

 飛行機で立つ前にいくらか時間があったから街を散策することにした。

 昨日の夕方うろついたところに再度足を向ける。ホテルから右に出てそのまままっすぐ細い道を行く。

 昨日はスマホのナビを見ながら適当に歩いたから迷うことになったが、今日は道を把握しているので間違えない。

 ナビは時々体の向きが明後日あさってを向いていて、歩いてみてやっとそれがわかるから後戻りしないといけなくなっていることがある。そういうとききびすを返すことができない性格は損だ。融通が利かないというか、変にプライドが高いというか、この辺りの地理に詳しくないことを周囲に知られたくないからだろう。誰も通りすがりの人間の行動など見ていないのに常に見られている気がするくらい自意識過剰なのであった。

 しばらく歩いて路面電車の駅を越え、大きなホテルの角を曲がり、くねった坂を見上げながら上り始める。ここからがいよいよ観光地の雰囲気がただよい出す。

 両側に土産物屋が並んでいて、ちょっとした温泉地に来た気分だ。しかしここは温泉地ではない。温泉地を思い浮かべたのは他に土産物屋がならぶ細い坂道に来た経験がなかったからだろう。

 観光客はそれなりにいた。午前の時間帯だから上っていく数の方が多いのだが、下ってきて甘党の店に入る客もいた。朝の早いうちから散策に出た連中だろう。

 カステラが定番だが蜂蜜の入ったお菓子がうまそうだ。帰りにここに寄るかは知らないが候補の一つとしてとどめておいた。さすがにソフトクリームは寒かろう。

 その後人の流れに乗って異人館があるエリアを訪れた。神戸のそれに比べれば規模は小さいが一つに纏まっていて、まわるのには適している。次の館へ移動の際に海が見える景色を一望できるのも嬉しい。

 この館たちが当時のまま生き続けているかは知らない。しかし部屋の壁にかけられた時計だのピアノだのオルゴールといった家具や調度品を見たり、テーブルの上に広げられた皿やスプーンなど食器類を見るのは楽しい。

 まさにここは時空を越えた異世界だ。そこに足を踏み入れた証を写真に残しておこうとスマホを向けてまわった。

 邸の中には衣裳を貸し出して写真を撮ってくれるところもあった。ここは某アニメの聖地でもある。登場人物たちがここを訪れ異国の衣裳に着替えて楽しむシーンがあった。それを気づかされたのはそこにそのアニメキャラの立て看板があったからだ。恥ずかしくて写真におさめられなかったのは悔いが残る。

 そうして時間を潰したつもりだったが、まだ中途半端に時間が残った。遠くに行くには時間が足りない。歩いて行けそうなところとして、その昔唯一の貿易の場であったところを訪れてみることにした。

 ポケットから案内図を取り出す。ホテルにおいてあったものだ。スマホのナビはバッテリーを食うので使うのはやめていた。

 昨日の夜チャンポンを食べた中華街の近くを通り、メインストリートを歩いた。路面電車が通るのを見ながらひたすらビルがならぶ交通量の多い道に沿って歩いた。

 そして海の方ではとあたりをつけ、少し海側へと道をそれる。しかし案内図には街の真ん中にそれが記載されているのだ。

 これは単なる地名ではないのか?

 そこで仕方なくスマホを見る。目的地は海の方ではなく街中を指していた。しかもぐるりとまわって行くかたちだ。どうも入り口となっているのがそこしかないようだ。

 訳もわからず指示通りに進むと、橋を渡った右手にそれが見渡せた。そこへ行くには細い橋でもう一度川を渡らねばならなかった。海に面していると勝手に思っていた自分が甚だ恥ずかしい。

「マジ出島?」

 かつて海へとせり出すようにあった海外への出入り口は今はもうすっかりビル街に埋もれていた。

 そんなことも知らなかったのかと連れが呆れた顔をする。

 頭を掻いて、棒のようになりつつあった足を癒すために、いや、空腹を満たすためにランチタイムとした。

 入場券を買って入ったところを少しそれるとレストランがあった。何ともハイカラに感じるのはレトロな雰囲気がするからだ。

 そこでトルコライスなるものを食べた。ポークカツ、ピラフにナポリタンが載ったプレート。お子様ランチに見えなくもないが、立っている旗は赤白青だ。

「なぜにフランス?」トルコではないのか?

 調べたら命名は諸説あって結局のところよくわからないようだ。腹が減っていたのでおいしく堪能した。

 その後は資料館を見てまわった。最後にミニチュア出島を見て、鎖国時の貿易拠点が想像したのよりずっと小さいものだったのだと知らされた。

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長崎にて―― はくすや @hakusuya

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