第8話 「巨人大鵬卵焼き」の頃だった
この年、巨人軍はОNの大活躍で日本シリーズ四連覇を成し遂げ、その強さは盤石なものとなった。その後もONの活躍で野球人気は高まり、巨人軍は1974年まで勝ち続けて九連覇を達成した。そしてこの年の一月には、東京オリンピックのマラソンで三位に入賞した円谷幸吉が「もう走れない」という遺書を残して自らの命を絶った。東京オリンピックのメダリストという大きな大きな足枷が、彼の歩みを止め、まじめで有望なアスリートの人生を縮めてしまう結果となった。小学生だった僕たち子供の心にも「東京五輪の英雄から失意の死へ」の見出しが強く突き刺さった。
大鵬の地方巡業を見て大喜びだった祖父は、僕たちの相撲大会の後間もなく他界し、大鵬も次の岩内巡業をすることなく引退してしまった。
大鵬のおかげで唯一の親孝行ができた父も今はもういない。だが、僕と大鵬と岩内町はこうして強い思い出とともに今でも結びついている。僕を含めたあの時の五人も、二度とふんどし姿になったものはいないだろう。そして、あれだけ夢中になった野球をその後も続けられた幸福なやつも誰もいない。だが「巨人大鵬卵焼き」は、まぎれもなく僕たちの時代だった。
「円山展望台」から見える岩内港は暗く濃い色へと変化していた。外海には少し波が立ち始め、西積丹の山の連なりに霧がかかってきた。
「泊原発って、やっぱり見えないように造ってんだ」
駐車場に戻ってきた息子が言った。
「暗くなる前に、行くぞ」
「こっからは俺に運転させてよ」
今度の旅行中に何度もハンドルを握りたがった息子だが、私はそれを許さなかった。
「俺が動けるうちはダメ!」
やっぱりダメかという表情で息子が助手席におさまった。私はまだ助手席に座る気持ちは全くないのだ。
「早く自分で車を買えるようになれよ。自分の車だったら好きにできるぞ」
エンジンをかけるとカーエアコンの生暖かい風が一気に顔に吹き付けてきた。ダイヤルを回して風量を少し落としてやった。シフトノブを動かしてパーキングからドライブにするとエンジン音が変わった。わずかに振動が伝わってきた。
「よし、行くよ」
妻と二人の子供たちは、これから向かう積丹半島の海岸線に目を向けていた。「かにの爪」のずっと先、遠く水平線には大きな貨物船が浮かんでいる。動いているのか止まっているのか、さっきから同じあたりにずっととどまったように見えている。樺太からの引き上げ船に乗った祖父と叔母たち、そして大鵬親子が、青白いやつれた顔をして稚内で途中下船する姿が私の頭に浮かんできた。
坂道を下る車の中は「とまりんかん」のウニアイスの話題で盛り上がっている。
「メロンアイスもあるって!」
妻の声に重なるように娘が言った。
「ここまで来たんだから、ウニアイスでしょうやっぱ」
両方一個ずつ食べよう、という妻の話に娘が同意した。
「ダイエットって、昨日の夕食前に聞いたような気がするけど……。」
息子の言葉に二人が強烈に反論している。
大人になった二人の子供たちと、こうやって一緒に旅をすることがこれから何度あるのだろう。いや、もう何度もできないだろうという思いが強くなっていた。そんな思いがほかの三人にもきっとあるに違いない。いつにもまして妻と二人の子供たちはおしゃべりになっている。
来たときと同じ坂道を少し下ったとき、道の両脇にいつの間にか笹竹とイタドリの林が背の丈を超えて群生しているのに気づいた。舗装されていた道がいつの間にかデコボコの砂利道に変わったような気がした。そして、坂道を下る車のハンドルを握る私の目には、長くて重い合板のスキー板を担いで、小学生達が二列に並んで登ってくる姿が見えていた。
「僕らの巨人大鵬卵焼き」 完
『僕らの巨人大鵬卵焼き』 @kitamitio
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