君の隣で、もう一度

MASA

君の隣で、もう一度

第1章 再会の雨


広告代理店でクリエイティブディレクターとして働く深沢一真は、毎日仕事に追われ、感情を押し殺して生きていた。特に恋愛や友情といった人間関係は、自分にとって無駄だとさえ思っていた。仕事に集中し、成果を上げることが何よりも大切だと信じ込んでいたのだ。


そんなある雨の日、一真はあるプロジェクトの会議のため、いつものオフィスビルに向かっていた。雨がしとしとと降り続ける中、彼は心のどこかで何かが変わる予感を感じていた。


「どうせまたいつものクライアントの要求を聞くだけだ」


そう思いながらも、心の奥底ではこのプロジェクトが何か特別なものになる予感がしていた。エレベーターに乗り込み、会議室へ向かう。ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、懐かしい顔だった。


「……陽介?」


かつて大学時代に親友以上の感情を抱いていた男、神谷陽介がそこに立っていた。一真は驚きと動揺を隠せなかった。彼と最後に会ったのは、6年前。大学を卒業する直前に突然彼との連絡を絶った。その後、二人は会うこともなく、それぞれの道を歩んでいた。


「一真?本当にお前か?」


陽介は嬉しそうに笑顔を浮かべながら、軽く手を振った。その顔には、昔と変わらない無邪気な表情があった。一真は一瞬言葉を失ったが、冷静を装い、何事もなかったかのように会議に臨んだ。


打ち合わせの間、一真は陽介の存在が気になって仕方がなかった。彼は今、フリーのカメラマンとして活躍しており、今回のプロジェクトの一環として呼ばれていた。陽介のカメラが鋭い目でプロジェクトの資料を捉えているのを横目で見ながら、一真は胸の奥で抑え込んでいた感情が再び動き出すのを感じた。


第2章 埋もれた記憶


会議が終わり、部屋を出ようとした一真に、陽介が声をかけた。


「一真、ちょっと話さないか?久しぶりに会ったんだし、少しは話したい。」


陽介の軽やかな声に一真は一瞬戸惑ったが、過去のことをすべて押し込め、表向きは冷静を保っていた。


「……いいだろう」


一真は短く答え、二人で近くのカフェに向かうことになった。雨がやむ気配はなく、二人が歩く道を濡らしていた。カフェに入ると、互いに向き合いながら座る。久しぶりの再会に緊張が走るが、陽介はあくまでリラックスしているように見えた。


「お前、すごい出世したんだってな。クリエイティブディレクターか。やっぱり、昔から優秀だったもんな。」


陽介の言葉に、一真は少し笑みを浮かべた。


「お前こそ、フリーのカメラマンとして活躍してるじゃないか。俺なんかより、よっぽど自由で楽しそうだな。」


そう返す一真だが、内心は陽介との距離感に戸惑っていた。再会したことで、過去に感じていた感情が蘇り始めていた。だが、一真はその感情を押し殺し、陽介との再会を単なる偶然として受け流そうとしていた。


「なあ、一真。あの頃、なんで急に連絡を絶ったんだ?」


突然、陽介が切り出したその質問に、一真は心臓が一瞬止まるかと思った。やはり、避けて通ることはできないのか。過去に対して正面から向き合うことが、一真にとってどれほど怖いことだったか。


「俺は……」


一真は言葉を探すが、うまく言葉にできなかった。陽介はその様子をじっと見守っている。


「お前といるのが怖かったんだ。」


結局、一真は胸の奥にしまいこんでいた本音をぽつりと漏らした。陽介と過ごしていたあの頃、友情以上の感情が芽生えていたことを自覚しながら、それに向き合うことができなかったのだ。


陽介は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに理解したように優しく微笑んだ。


「そっか。でも、もう昔のことだろ?今はどうなんだ?」


その言葉に一真は返事ができなかった。今の自分がどう感じているのか、それすらもはっきりと言葉にできなかったからだ。


第3章 揺れる心


その夜、一真は帰宅しても陽介との再会が頭から離れなかった。彼と再び会ったことで、心の奥にしまいこんでいた感情が再び呼び覚まされ、混乱していた。


「俺は、また陽介に対して同じ気持ちを抱いているのか?」


自問自答するが、答えは見つからなかった。だが、陽介と話すことで心が少し軽くなったのは事実だった。彼と過ごす時間は心地よく、過去の傷を癒してくれるような感覚があった。


数日後、陽介から電話がかかってきた。


「一真、今少し時間あるか?いい場所を見つけたんだ。撮影に付き合ってくれないか?」


一真は迷いながらも、陽介の誘いに応じることにした。彼と再び会って話をすることで、過去の感情を整理できるかもしれないと思ったからだ。


第4章 写真に込めた想い


陽介に連れてこられたのは、都会の喧騒から離れた静かな公園だった。木々の間から差し込む夕陽が、二人の姿を淡く照らしていた。陽介は夢中でカメラを構え、風景を撮影していた。


「やっぱり、お前は写真が好きなんだな」


一真が呟くと、陽介はふっと笑みを浮かべた。


「写真は俺にとって、自分を表現できる唯一の手段だからな」


そう言いながら、陽介はカメラを一真に向けた。


「ちょっと撮らせてくれないか?お前の今の顔を、記録しておきたいんだ」


一真は少し戸惑ったが、陽介の強い眼差しに抗うことはできなかった。カメラのシャッター音が響き、陽介は一真の顔を捉え続ける。その瞬間、二人の距離がさらに縮まっていくのを感じた。


「お前、すごくいい顔してるよ」


陽介の言葉に、一真は照れ隠しのように軽く笑った。だが、その言葉の裏にある陽介の真剣な想いを感じ取っていた。


「お前、本当に変わらないな」


一真は静かに呟いた。陽介はいつも無邪気で、真っ直ぐだった。その純粋さが、今でも一真を引きつけてやまない。


陽介は少し顔を赤らめながら、真剣な表情で一真に言った。


「一真……俺、ずっとお前が好きだったんだ」


その告白に、一真は一瞬息を呑んだ。陽介の真っ直ぐな気持ちに、自分がどう応えるべきなのか、一真は分からなくなっていた。


第5章 夜空の下で


夜が更け、二人はベンチに腰掛け、夜風に吹かれながら並んで座っていた。静かな時間が流れ、言葉がなくても互いの存在を感じられる心地よさがそこにあった。


「一真……俺はお前とこうしていられるだけで幸せだよ」


陽介が小さな声で呟いた。その言葉に、一真の胸は温かくなった。過去の傷が癒え、心が少しずつ開かれていくのを感じていた。


「俺も……お前といると、何か安心するんだ」


二人は手を繋ぎ、星空の下で寄り添ったまま、しばらく静かな夜を共に過ごした。お互いの存在が、かけがえのないものだと気づいた瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の隣で、もう一度 MASA @kyuukyoku13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画