第2話 診療所

キィ…。

 部屋の静謐を逃がすように、ドアの開く音がした。立て付けの悪い扉を押して、ふくよかなイメージの女が部屋に入って来る。

 部屋の真ん中には大きな木のベッドと、背もたれもついていない簡素な丸椅子が一つ。その他には何もない。

「ああ暗い、辛気くさいねぇ」   

 ベッドの上には若い女性が一人、胸まで白い布ををかけて眠っている。豊かな銀髪が、枕から放射状に広がっている。華奢な輪郭の顔を見れば、寝顔であっても目鼻立ちがくっきりしていることが分かる。見入ってしまいそうに整った顔であるが、病的なまでに青白い顔色のせいで、つくりものの蝋人形のようだ。

 ふくよかな女は、重たそうな体を揺すりつつ、部屋のカーテンを開け、ベッドの脇に椅子を持ってくると、どかりと座り込んだ。そして寝ている女性の手を取ると、脈を測るような素振りを見せる。次は額に手を当て、女性の口元に手を近づけて寝息を確認する。手元の木版に何かを書き付けながら、医者のような行為をしている。

「はあ…。」

 女はけだるそうに、かぶりを振って、ため息をついた。一通りの処置は終わったのだろうか。木版をベッドの端に置くと、患者の寝顔を眺め始めた。

「…………。」

 ふと、ベッドの中の女の体が、身じろぎしたように見えた。

「……!?」

 慌てて患者を見ると、今度はハッキリと指が動いた。瞼が痙攣し、唇が動く。

「ああ、大変だこりゃあ。」

 女は椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、ドタドタと部屋を出ていった。

静寂がその場を支配したと思ったその瞬間。



「マァヴ!メェイ!あっついお湯、布、後トリモギソウ煎じたやつ、今すぐ持ってきなぁ!!」



 半径100メートル以内にいた人が皆耳を塞ぐであろう大声が響き渡る。女が寝ていた部屋も例外ではない。先ほどまでベッドの中で昏倒していた女は、すぐさま目を覚ました。

「敵か!?」

 女は自分の武器を取ろうと反射で手を伸ばす。しかしその手はあっけなく空振りした。驚いたように目を見開き、初めて枕元に向き直った所で、ここがベッドの上だと気がついたようだ。

「杖はどこだ?」

 ぐるりと見回すが、部屋には彼女の装備している杖はおろか、自分が寝ているベッドと倒れている椅子以外には何も見当たらなかった。ふと自分の姿を見ると、ローブや胸当てなどは装備しておらず、真っ白いワンピースのようなものを着ているだけだった。

「ここは…宿屋なのか?」

 思い出そうとするが、何も出てこない。

とにかく杖を探そうと彼女はベッドからすとんと降りた。そこで自分が靴も履いていないことに気がつく。

ーー私の装備はどこにいってしまったのだろうか?

 頭の中は疑問だらけだった。だかまあ、とにかく外を探してみよう、そう思いながら、女はドアまで歩き、外に出ようとした。しかし、外がやけに騒がしい。女の声が聞こえる。

「おかあさんおかあさん!あたしタライ持ってきた!一番デッカイやつね!」

「わたしは布と、トリモギソウ煎じたの、持ってきた。」

「よぉし!早く行ってやりな!さぞフラフラだろうからね!アタシは杖取ってくるから、その間に全部すませとくんだよ!」

ーートリモギソウとは、あの激辛激ニガ激マズ薬草として名高い、あのトリモギソウのことか?

 かしましい声の中に聞き捨てならな言葉があったような気がする。

「それにしてもあの人起きたられたんだね!お腹に大っきい穴空いてたのに!よかった~!」

「全然起きないから、わたし、心配だった」

「一週間ぶりだったっけ?目覚めてよかったよー」

「あんたたち!傷は治したといえ相手は超がつく重傷患者だからね、くれぐれも丁寧に薬ぶち込むんだよ!清拭もね!」

「アイアイサー!」

「あいあい、さー」

妙に息ぴったりな声とバタバタと走る音が、部屋の前で止まった。ドンドン!と些か乱暴にドアがノックされたと思うと間髪入れずに開き


「お加減いかがですか!!!」

「ちょっとマヴ、うるさいよ、患者さんまだ起きたてなんだから…」

 二人の少女が言い合いをしながら部屋に飛び込んできた。入り口付近にいた女とバッチリと目が合う。銀髪の女は気まずくなり、入ってきた少女たちから目をそらしつつ

「…………あ、ああ。えーと、うむ」

 なんとか返事をを絞り出した。

「…………」

二人の少女は、目をぱちくりさせた。各々思うところがあるようで、左の赤髪で短髪の方は化け物でも見たかのような顔。右側の黒髪でロングの方は口元に両手を当てると信じらんない、といったような顔をした。

「嘘でしょ…」

「この、人…」

二人とも全く同じタイミングで後ずさると、声をそろえて

「「普通に立ってる!!」」

 よほど驚いたのだろう。赤い髪の少女が手に持っていた大きなタライを思いっきり落っことした。


「おら!処置は終わったかい!」

 暫しの後、ふくよかな女が身の丈ほどもある木の杖を携えて部屋に入ってみると。

「いたぁい…」

「もう、マヴってば、ほんとに、ドジ」

「そ、そなた…、大丈夫、か…?」

二人の少女の横で、困った顔の女が、おろおろと立っている光景があった。

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時とは、何か 砂利じゃり @jajaja_jariri

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