アルバイト先で運命の人と出会う

ムーゴット

アルバイト先で運命の人と出会う(「パラレルワールドの不条理」シリーズ第7作

「えーっと、坂口 武佐士(さかぐち むさし)くんですね。」


「はい、坂口です。」


「店長の入江(いりえ)です。今日が初日でしたね。」


「はい、アルバイトするのも初めてなので、よろしくお願いします。」


「そうですか。ウチを選んでくれて光栄です。

はーい、緊張しなくていいですよ。

うちは君みたいな若い子ばかりだから。

楽しく笑顔で仕事してください。

お客様にも笑顔が伝わるようにね。」


「はい。」


「では、後は、河郷くん、よろしく。」


「はい、では、行きましょう、僕はアルバイトチーフの河郷(かわごう)です。

よろしく。」


「よろしくお願いします。」


スタッフ休憩室から店舗へ移動する2人。

「店に出る時は、キャップをしてね。」


予め支給されていたキャップを被る。

ちょっと小さめのツバのある、へにゃっとコシのないキャップ。

「これって、サイクリング用のキャップですか?」


「自転車はよく知らんけど、誰かもそう言ってたから、そうかもね。」

「では、まずは袋詰めやってみましょうか。」


ホールに出ると、スタッフの元気な声がこだましている。

「いらっしゃいませ!」

「こちらへどーぞ!」

「ありがとうございました。」


ホールの奥のカウンターの裏で、

店頭に並べるパンや焼菓子、ケーキを個包装していく。


「シュミッテンは個体差があって、

大きめのものはちょっと袋からはみ出ちゃうけど、

気にしなくていいよ。」

河郷チーフ直々に指導を受ける。


「坂口くんはパンとご飯はどっちが好き?」

河郷チーフは楽しそうに話す。


「どっちも好きです。うどんもパスタも、炭水化物が好きなんです。」

チーフは新入りの俺を和ませようとしてくれてるのかな。


「そうか、実は、今度ご飯を使った新商品を予定しているんだ。

話が進んだら、意見を聞かせてね。」

「じゃあ、僕はちょっと外すけど、

坂口くんはそのままで。助っ人呼んでくるね。」

河郷チーフは、女の子のスタッフを呼ぶ。


「花木(はなき)さーん、包装お願いしまーす。」


「はぃ。」

清楚で、それでいて凛とした女の子、

無言で会釈して、俺の隣に来た。


「今日、初日なんです。

坂口武佐士です。よろしくお願いします。」


「花木です。」

か細い声で、改めて軽く会釈。


もうこの時点でわかった。

この子はあまりおしゃべりが好きではない。

高校のクラスの女子は、真逆な子が多い。

特に晴子なんて、俺が割り込まなければ、永遠に喋っているよ、きっと。


2人は無言で黙々と作業を進める。


カウンターから、チーフの元気な声が聞こえる。

チーフ「五島(ごとう)あにぃ、3番レジお願いします。」


「了解!」


チーフ「カトリーナー、お客様誘導して!」


「はーい。」

「こちらのレジが空きました!お決まりのお客様はどーぞ。」


チーフ「遥(よう)ちゃん、元気にね、いらっしゃいませ!」


「はいー。いらっしゃいませ!」


チーフ「デシン、新美(にいみ)ちゃ、杉(すぎ)さまぁ、2時から休憩入って。」


「はーい!」×3






「チーフもみんなも、元気だなぁ。」

俺は、独り言とも、目の前の花木さんに話しかけるとも、

どちらでも取れるような発声をした。


花木さんのリアクションは無し。

いいよぉ、独り言なんだから。


手は動かし続けるが、単純作業にちょっと退屈。

花木さんは手元の作業に集中して、

俺が綺麗な瞳に見惚れていても気付かない。


「あのー。」

花木さんが顔を上げたので、バッチリ目が合った。

彼女はすかさず視線をずらして、ちょっと恥ずかしそうに発言。

「あのー、これ、横から掴むといいですよ。

縦に掴むと、アーモンドスライスが落ちちゃいます。」


その通りだ。

トッピングのアーモンドは落ちやすい。

俺の手元の作業台は、アーモンドスライスの小山ができていた。


「すみません。」

「教えてくれてありがとうございます。」


彼女の返答は、会釈だけだった。






「じゃ、坂口くん、商品を店頭に並べてみようか」

チーフの指示で、パンやお菓子が満載のトレーを片手に、

表に出る。


「前を失礼いたしまーす。」

チーフはお客様の波の隙間をスルスルと進んでいく。

商品棚にたどり着くと次の指示が。


「盛り盛り過ぎると、下品で不味そうに見えるんだよね。

でも、小盛り過ぎると、迫力がないし、作業の効率も悪い。

こんな感じで。

後は、坂口くんのセンスに任せるよ。」


「はい。」

と、返事はしたものの、唐突なことで、加減がわからず、

トライアンドエラー。


隣の棚で、同様の作業をしている先輩から一言。

「モタモタしてるとお客様の邪魔!

判断の瞬発力だよ。」


「すいません。」

先ほどチーフから(ゴトウアニィ)と呼ばれていた先輩だ。

アニィは可愛い女の子の名前ではなく、

兄貴のアニィ、なんだろうとすぐ察しがついた。

大柄、マッチョで、強面の顔だ。

口は悪いけど、根は優しい兄貴、と信じたい。






1日で一番お客様で混雑する時間帯、

ピークタイムが過ぎて、

少し緩い空気が流れ出した店内。

店長から次の指示が。

「花木さーん、後、坂口くーん、バスターお願いします。」

「坂口くんは初めてだから、花木さん、教えてあげてね。

いつもの通りでいいよ。」


「こっちです。」

花木さんの後に続いて店の外へ。


「バスターって何するんですか?」


「ゴーストバスター、が正式らしいけど、

いつのまにか省略して言うようになったと先輩が言ってました。」

と言いながら、用具庫からホウキとチリトリを取り出し、

俺の手に渡した。

「外回りのお掃除をします。」


「そうか、ゴミ退治の意味なのかな。

ゴーストバスターって、変な話の昔の映画だね。

親父のDVDコレクションにあったわ。

見たことあります?」


無言で首を横に振る花木さん。

話を続けながらゴミを集めていく。


「まあ、おバカな映画だから、必見とは言わないけど。」

「あっ、ごめんなさい、いつの間にかタメ語になってました。」


「大丈夫です。」


「でも、もしかして年上ですか?

僕は高校1年です。」


「私も同じ、1年です。」


「そっか。でも仕事では先輩だから、やはり敬語で。

休憩中とかはタメ語でもいいですか?」


「、、、大丈夫です。」






作業が一段落すると、花木さんはベンチに腰を下ろした。

「バスターには、ついでにちょっと休憩してきて、と言う隠れた意味があります。」


「へー、そうなんだ。やべ、またタメ語だ。」


「今は休憩中です。」


「そっか。」


「何か飲み物いかがですか?」

彼女は、近くの自販機を指差す。


「あっ、俺はいいや。お金持ってないし。」


「この時のために小銭を持っておけ、って先輩に言われました。

初めての時は私も持って無くて奢ってもらいました。

どうぞ。」

と、小銭を差し出す花木さん。


「実は、声をいっぱい出して、喉カラカラ。

次は俺がご馳走するね。ありがとう。」


缶コーヒーを飲みながら、

「ここのみんな、すごく仲良さそうで、いい感じだね。

チーフがみんなを下の名前やあだ名で呼んで、しっかりまとまってる感じ。

パワフルなチーフにみんなが応えて、信頼し合ってる、って感じ。」


「私はまだ名前で呼ばれたことがない。」

ボソッと花木さんの一言。


そうか、花木さんって呼ばれていた。

「そういえば俺も、坂口くん、だよ。

流石に初日の俺はまだ信用してもらえてないかな。」


「違うよ!」

後ろからチーフの登場。


「チーフ!びっくりした。しました。」

おっと、やべ。聞かれてまずいようなことは、言ってなかったよな、俺。


「坂口くんは、初日からいきなり名前呼びでは、

ちょっと馴れ馴れし過ぎて、失礼かと思っただけだよ。

花木さんは、真面目で繊細な人かと思ったから、

やはり失礼がないように、と思っただけ。

信頼していない人に新人のサポートは任せないよ。

み・ど・り・ちゃんでいいですか。」


「はぃ。うれしいです。」


「じゃあ、坂口くんは、む・さ・し、でいくよ。

かっこいい名前なんだね。」


「はい、気に入っています。」


「よし、じゃあバスター終了。そろそろ閉店の準備するから、

店に戻って。」


「はい!」


「はぃ。」


掃除道具を片付けながら、

「花木みどりさんって、植物系のやさしい名前ですね。」


「ちょっと違う。」


「えっ!」


「み・ど・り、は、美しい鳥で美鳥(みどり)。」


「あっ、ごめんなさい。あっ、でも、素敵な絵が見えました。

絵画、と言うより水墨画ですね。」


「ありがとう。そんなこと言われたの初めてです。」






閉店時間となり、チーフの指示が飛ぶ。

「では、美鳥、武佐士、カトリーナ、遥ちゃん、

今日はこれで上がってください。お疲れ様でした。

後のメンバーは、最後までよろしく。」


休憩室まで行くと、カトリーナさんが声を掛けてきた。

「武佐士くんお疲れ様。

オンラインタイムカードは出勤の時と同じ手順です。

同じアプリで日報を記入するんですけどわかりますか?」


「はい、やってみればわかると思います。」


「そっか、私、

チーフから最後の面倒みてやってくれーって言われてるから、

わかんないことあったら、言ってね。」


「はい、では、ちょっとだけ気になることが。」


「なあに?」


「カトリーナさんって、どうしてカトリーナなんですか?」


「ハハハ!それね、気になるよね。

私、本名、加藤 梨奈(かとう りな)。

もうわかったでしょ。

もう、小学生の時からあだ名は、カトリーナ。」


「素敵ですね。

名付け親の方、センスいいですね。」


「違うの。父親なんだけど、全く意識してなかったらしくて。

後になって気づいたって。」


そこへ割り込むように入ってきたのは、

「ねーねー、ヨウチャンにも聞いて。

ヨウチャンはね、遥子(ようこ)ってゆーんだ、ほんとはね♪♪♪♪」


「はい、ヨウチャン先輩、お疲れ様でした。」


「やーん、言い方、カトちゃん冷たいー。」


「カトちゃんではありません、カトリーナです。」


「ふふふふ、ここ楽しいですね。」

楽しい人がいっぱいいる。

すごい人もいっぱいいる。

俺はここを選んで正解だったかな。


「ねー、武佐士くんもヨウチャン褒めてー。」


「はい、今日もお勤め、お疲れ様でした。」


「それだけぇ。」


「武佐士くん、さっさと日報書いて早く帰った方がいいよ。

相手してると長くなるから、きっと。」


「カトちゃん、今日、私のレジに

赤ちゃん抱っこしたお母さんが来たの、覚えてる?」


「水色のワンピースの?」


「そう!そう!そう!それでねぇ、、、、、」


俺に背中を見せたカトリーナさんは、手を振って、

今のうちだから、

ヨウチャンは私に任せて、の合図。


日報を書いていると、更衣室から花木さんが出てきた。

高校の制服だ。

この制服は、、、。


「花木さん、曙高校ですか!頭いいんだ!」

確か偏差値69とかのはず。


「違います。私、普通科じゃないので。」


「あっ!普通科じゃないなら、美術科なの?」


「そう、です。」


「あっ!肩に担いでいるその筒は!!」


「今製作中の課題の作品です。」


「、、、俺、今、西南高校普通科だけど、

大学は芸大考えているんだ。花木さんは?」


「私も進学希望、美大志望です。」


「そうか、よかった。

俺はこっち方面、全然全くの素人で。

受験するにも、実技試験が心配で。

どう勉強したら良いか、どう練習したら良いかわからなくて。

誰か、相談できる人を探してたんだ。

今度、一度、ゆっくりお話しませんか?」


「いい、で、すよ。」


「やった!うれしい!ありがとう。」


こうして、2人は出会ったのです。







この作品には、関連した作品があります。


●晴子は遠距離恋愛の覚悟を決めたのに (「パラレルワールドの不条理」シリーズ第2作)


合わせてご覧いただけると幸いです。

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