飲み会の隅で度数の低い恋

桜家 創

飲み会の隅で度数の低い恋

「かんぱーい!」


 スポーツサークル "スポーツ" の飲み会が始まった。

 サークルの名前にまんま、"スポーツ"を付けてしまういい加減なサークルだが、普段の活動はいたって真面目だ。週に一回、集まって運動するサークルで飲み会は新歓と忘年会と今回の夏休み前の飲み会だけという真面目っぷり。私はもう少し飲み会があってもいいのにと思うのだけれど。

「かんぱーい、涼子ちゃん。サラダ分けてもらったんだけど食べるー?」

「かんぱい、はな。サラダはいらない。あんたが苦手なだけでしょ」

 はなは「バレたか」と言いながら横に座ってきた。はなは明るくて天然で男子から大人気だ。でも騙されてはいけない。はなの行動はすべて計算だ。

 はなが横に座ったのを見たのか、いかにも大学生特有のノリと勢いだけの男がこちらに寄ってくる。そんなに話したことないから名前も分からない。見た感じ、はなが目当てなんだろう。

「うぃす、はなちゃん、涼子さん!横に座っていい?」

 ちゃん、さん。私もはなと同学年のはずなのに、距離を感じる……

「ねぇ、はなちゃんって今彼氏いるの?」

 いきなり、男女の話……。 これだから、下半身にブレーキが付いてない男は。

「んー、今はいないよー」

「えぇっ! はなちゃんモテそうなのに意外だな~」

 おいっ、男! 声がうわずっているぞ。嬉しいのかもしれないけど

「実は、俺も今フリーなんだけどどうかな?」

「んー、そうだなー。私って、お酒が好きだから私よりお酒が飲める人がいいだよなー」

「じゃあ、お酒の飲み比べしようよ」

 はなはしばらく「んー」と考えるふりをしてから相手を見つめる。

「いいよ。でも私が負けたら責任とってね」

 お相手の男子は顔を赤らめ、追加の注文する。彼はもう潰れることが確定しただろう。例え、飲み会から生き残っても彼にアクセルを踏む力は残っていない。この飲み比べは、はなの飲み会で迫ってくる男子への常套手段だ。実は、はなはかなりの飲み手なのだ。そこらの男子じゃ敵にすらならないほどで、村一番の酒飲みである私でも付いていくのがやっとだ。だから、誘ってきた男子はことごとくいい感じに持っていく前に潰れてしまい何もできない。

 はなはぐんぐんお酒を飲んでいく。いったいお酒はその細い体のどこにいくのだろうか。

「はーい! 三杯目!」

「えっ、もう…… ちょっとトイレ行ってくる」

 男子は逃げるようにトイレに駆け込む。はなは少し残念そうな顔をしている。

「彼はダメね。この程度で音を上げているなんて」

「ふふっ、はなと比べたらかわいそうだよ」

「そういえば、涼子ちゃんの方はどうなの? 気になっている子はいないの?」

「私? 実は最近気になっている人がいて……」

「うそっ! だれだれ?」

 はなの丸々とした大きな目がこちらに向けられる。

「えっと…… 幸助くん」

 二人で一瞬、居酒屋の隅っこで男友達と飲んでいる幸助くんを盗み見る。

「そうなんだ、なんか意外だなー。確かにかっこいいけどあんま目立ってない感じじゃない? なんか繋がりあったっけ?」

「……特にはないけど、なんかチャラチャラしてない感じがいいんだよ。芯があるって感じで」

「へぇー、近くで飲まなくてもいいの?」

「う、うん。行きたいんだけどどうしたらいいのか分からなくて」

「え? 普通に横にいけばいいんじゃない?」

「そりゃあ、はなはそれでいいだろうけど。口下手な私には難しいよ」

「そうかなー、涼子ちゃんが隣に行くだけで男子は喜ぶと思うけど」

「そ、そんなことないよ」

「いや、あるよ! 涼子ちゃんはクールビューティで男子から人気あるんだから」

 嬉しいけど、なんか複雑…… それに私はクールじゃないと思うのだけど。

「だからさ、とりあえず近くに行ってみれば」

「う、うん。行ってみる。ありがと」

 トイレから男性が帰ってくる。はなは声には出さないが応援してくれてるみたいだ。


 上手く席移動できただろうか。遠くのはながニヤニヤしているから、きっとぎこちないものだったろう。

 さて、ここからどうしよう? 近づいたものはいいが、話すきっかけがない。しばらくは観察してみよう。今、幸助くんは友達の賢人くんと二人で飲んでいて、席で言うと私と幸助くんの間に賢人くんがいる状態だ。近くによったおかげで二人の会話が少し聞こえる。

「幸助、お前またサワーか?」

「わりぃかよ」

「別にいいけどよ。そんなんだからよ彼女いないんじゃねのか?」

「ふっ、もう何杯目かもわからないほどハイボールを飲んでいる賢人も彼女いねぇじゃねか。その論理は破綻しているな」

「俺は特定の相手を作らないだけなんだよ」

「キープってやつか?」

「良好な関係を築いているだけだ」

「複数の相手と?」

「あぁ、そうだ」

「……お前、いつか女に刺されるぞ。というか刺されてくれ」

「怖いこと言うなよ。でも実際、お酒が飲めると女にモテるぞ」

「関係あるのか?」

「もちろん、お酒コミュニケーションは驚くほど仲良くなれる!」

「そうか?それは頭がやられてお互いにアクションが起こしやすくなっているだけだよ」

「まぁそうかもな。その点、幸助は不利だな。このサークルの女性はけっこう飲む人が多いから」

「そうだな、女性じゃなくてもいいからお酒が苦手な人がいればいいんだけど。だれかいない?」

「知らねぇな。このサークルはけっこう人いるから、何人かはいるんじゃね。声かけてみれば」

「俺にそんな勇気はない」

「……小心者」

「うるせぇ」

 居酒屋の店員が料理を運んできたので一旦会話が終了した。

 なるほど、賢人くんはブレーキが付いてないタイプ。じゃなくて、幸助くんはお酒が苦手な同士を探している。そうだ! 私もアルコール度数の低いお酒を頼めば、きっと話しかけてくれるはず。うん、これしかない! さっそく、カシスオレンジを注文する。

 届いたカシオレを飲む。……甘すぎる。でも! これも幸助くんと少しでも近づくため。ちらっと、視線を向ける。不意打ちで目が合う。

「ゴホッゴホッ」

 びっくりして、せき込んでしまった。近くにいる賢人くんが「大丈夫?」と気遣ってくれた。失敗だ…… というか話のきっかけ以前に二人きりになんなきゃ。

「おーい、賢人!」

 もう出来上がっているはなが賢人くんを呼ぶ。私のことを気にかけてくれてるのかこちらに向けてのウインクが止まらない。バレバレなウインクせいか賢人くんは納得した様子で席を移動する。

「ったく、しょうがねぇなぁ」

 はなの助け舟のおかげでなんとか二人きりになれた。さぁ、ここからどう話しかけようかな。そうだ、幸助くんが飲んでいるお酒について聞けばいいんだ。「私も気になってて……」みたいな。よし! これしかない。

「……」

 だめだ、勇気が出ない。せめてお酒の力を頼ろうとしてグラスを口に運ぶ。って、カシオレだった。甘い。でも少し落ち着いた。よく考えてみれば飲んでいるお酒を聞くだけじゃない。そう、ただ自然に声をかけるだけ。

「あっ!あの……」

「あっ!あの……」

 喋りだしが被る。もう自然になんて考えてられない。

「えっと、幸助くんだよね?先どうぞ」

 名前はちゃんと憶えているけど曖昧なふりをする。被るなんて想定外だよ。

「あー。俺は、ただ中村さんが飲んでいるお酒はどんなのかなって気になっただけで」

「ふふっ、実は私も幸助くんが飲んでいるお酒が気になってて」

「じゃあ飲み比べしてみる?」

「えっ」

「ごめん、やっぱ今のは……」

「いいよ」

「そう? じゃあ」

 お互いにグラスを交換する。一口飲む。うん、おいしい。幸助くんの方が気になってグラスの隙間から覗き込む。幸助くんは一口飲んで、「あまっ」と呟く。

「ははっ、やっぱ甘いよね」

「うん、そっちはどうだった?」

「おいしかったよ」

 あれ? 酔いのせいか体が熱くなっていく。お酒に弱くなったのかな?

「それにしても中村さんって、お酒苦手だったんですか?」

「んー、別に苦手ってわけじゃないけど今日はこうゆうのが飲みたい気分だったから」

「へー」

「というか、名前でいいよ。私も幸助くんって呼んじゃっているし」

「えっ、じゃあ涼子さん」

「うん」

 照れながら、幸助くんが名前を呼ぶ。

「ねぇ幸助くん、次はこれ飲んでみようよ?」

「……いいね」

「それともこっちはどう?」

「んー、俺はこっちがいいかも」

「いいね!」


 体温が上がる。飲み会の隅、度数を下げるチェイサーは存在しない。二人だけの空間。

 今夜はよく酔いが回る。

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