24『幽霊少女4』

 結論から示すならば、幽霊屋敷の中で何か事件が起こるような事は無かった。


 キッチン、洗面所、和室が二つ。どの部屋もただボロの空き家というだけで、中にお札があったり鏡が置かれたり、ましてや幽霊少女本人が居たりする事も無い、ちょっと不気味な雰囲気のある平凡な平屋でしかなかった。


 学校鞄を置いてきた関係で一旦事務所に戻ると、明湖が机に頬を投げ出して期待外れを嘆く。


「何事も無かったわねえ、主人公補正弱まった?」


「実は元から無いんだよな」


 意外にも、的なカミングアウトの演技をしながら、駈壟は彼女の小言に乗っかった。もちろん全員がスルーを決め込み、今会話が始まったようなリセットされた調子で附口が話し始めた。


「中が空っぽとなると、扉が開いたのがますます分からないね」


「やっぱ遠隔で能力使ったんだろ」


 当初の仮説を駈壟はそのまま流用する。ただ附口としてはそこが問題点でもなかった。


「それでも中に何も無し誰も居ないじゃ、開けた意味が無い。動機がない事は普通しないよ」


「なら何も無い事を見せたか、俺達の反応を見てたか……」


 仮定に仮説を重ねるような着眼点で駈壟はそう言う。

 ただそもそも誰が屋敷に関わるのかを考える場合、前提として無視出来ない状況が残っている。それを訊いたのは依頼者グループの女子中学生の一人、サイドテールの快活少女こと絵里奈だった。


「けどそもそも空き家だったんだよね?」


「空き家じゃないぞ」


 駈壟は即答する。ただ一緒に中を確かめた棗美は、同じ結論を得ていない。


「え、でも中には何も……」


 棗美としても考察の末ではないからか、経験見たままの筈なのに彼女は意見を自信無さげに言う。そして駈壟は、彼にしてはあまり角の無い声色で説明した。


「電気と水が通ってたろ。下水の臭いも上がってない。誰かが契約して料金は払ってるし、水道も使ってるって事だ」


 中学生ではまだ中々得る機会の無い着眼点だった。

 部屋で普通に明かりが使えた事。キッチンのシンクに水滴がずっと落ちていた事。特に水道が開通状態で長期未使用の場合に、下水道の匂いが逆流し始めるというものは、中々経験機会も無い。


「えっと、つまり?」


 続きを棗美が尋ねると、駈壟は腕を組んで断定的な口調で結論を話す。


「使ってるソイツが都市伝説の発端になった可能性が高い。ついでに多分能力者。少女なのかは知らんが」


 説得力のような雰囲気だけは無駄にしっかり纏わせる駈壟を、明湖は半分閉じた目で見つめながら溜息混じりに呟く。


「確率って何なのかしらねえ」


「別に違ってても住む人の確認が出来れば、それはそれで幽霊屋敷の謎自体は解明だ。扉を開けた理由もそこで訊けばいい。ま、調査続行だ」


「じゃあ続きはまた明日ね。美紀ちゃん達は、一応満足なら依頼自体は達成でも大丈夫だけど、明日以降はどうする?」


 駈壟の雑な推理を明湖は雑なまとめで終わらせ、明日の話題に映ると絵里奈が手を挙げた。


「はい! まだ一緒に調べる!」


 他三名の女子も異論無しの頷きやら微笑みやらを見せていた。この場で唯一ノリが違うのは塚掘の兄の方で、隣に座る妹へ少し申し訳なさそうに言う。


「俺は部活あるから来れないぞ?」


「皆居るし平気だよ」


 心配自体に気付いていないのか、初めからそのつもりだったかのような声で美紀は普通に答えた。


「いやでも……」


 塚掘は心配そうに何かを言おうとする。

 しかしふと彼は、あの日の附口の言葉を思い出した。


『君は何を選んでもいい』


 克服出来ない弱さを肯定する言葉でもあるが、立ち向かう事も否定はしない言葉だった。


 以前は恐怖心から来る心配性で明湖には少し迷惑をかけた。あの時の自分を思い返すと、ただ邪魔ばかりしていただけに思う。結果論ではあるのかもしれないが。

 そして見事有言実行に鼠を捕まえてみせた彼女を見て、確かに自己嫌悪にも陥ったが、変わりたいとも確かに思ったのだ。


 今まで通りに心配する事も選べる。それも決して間違いではないだろう。

 全ては何を選ぶかだ。


(……けどやっぱり、心配し過ぎなのかもな)


 変わる事を決めると、塚掘は優しく微笑みかけて、探偵組を指差しながら妹へ告げた。


「……じゃあ、危ない事はするなよ。この人ら時々ヤバいから」


「うん」


「おい」


 素直に頷く美紀に駈壟が二文字で苦言をていした。


 その流れを眺めて全く仲の良い兄妹だと思いながら、明湖はスマホを取り出すと全体に声を掛ける。


「じゃ、なんかあれば連絡頂戴。グループ作っとくから」


 それから女子組で互いの連絡先を交換する流れが出来る中、駈壟はそれに巻き込まれないよう部屋の端へさり気なく逃げる。ただふと駈壟のスマホが振動して、画面には附口からの個人メッセージが来ていた。


『この後少し事務所に残ってくれ』


 時間は直近だ。今まさに連絡を出したらしい。附口の方を見るとアイコンタクトを交わしてくるように、スマホを手に持って駈壟へ微笑んでいた。

 駈壟がその相棒面に少し嫌悪感を憶えるのと同時に、何故かテンションが高い絵里奈によって、附口の眼鏡が強奪される。女子中学生に振り回される附口の様子に、こればかりは面白さが勝ったのか今度は駈壟がニヤっと小さく笑った。






 十数分後。

 気付けば日が落ちて外は夜の光に染まっていた。


 依頼者達が全員事務所から帰り、室内に居るのは明湖と附口、そして駈壟の計三名のみ。

 室内の様子が窓に反射して外が見えにくい、騒がしさが消えた反動で静けさが目立つ事務所で、駈壟は二人に振り向くと尋ねた。


「んで、わざわざ残らせて何の用だ?」


 パイプ椅子に座ってブレザーのポケットに手を入れ、男っぽく構えていた明湖が口を開く。


「ちょっと訊きたいんだけどさ」


「ああ」


 踏み込む事に一瞬だけ間が空くが、わざとの瞬きを挟んでから彼女は告げた。


「駈壟ってさ、本当は探偵になりたいわけじゃないんでしょ?」


 明湖と附口、二人分の視線が駈壟に刺さる。


「えっ、何急に?」


 とぼけた反応だが、駈壟の表情が僅かにぎこちなくなったのが、二人には何となく察知出来た。それを掘り起こそうとするように附口がいで確かめる。


「さっき駈壟が屋敷を調査してる間にちょっと話題に出たんだ。駈壟は能力者の事を調べてるんじゃないかって」


 ホワイトボードへ目を逸らして、駈壟は答えを溜息に混ぜる。


「今は鈴の音事件を調べてるからな」


「なんで?」


 明湖が更に訊くと、駈壟はいつもみたいに不機嫌そうな皺を眉間に作って、ワントーン声を下げる。


「前も言ったろ。探偵志望なんだ」


 だが更に横から、駈壟の返答を見定めるように眼鏡の位置を直す附口の追撃が入る。


「落とし物の捜索中にも急に違う事し始めたり、今日も能力者が居るかもってなった途端に、面倒臭がってた幽霊屋敷の調査に積極的になった」


「っ……」


 駈壟は黙る。


「探偵になりたいにしては依頼に対する姿勢が妙だろ?」


 その反応で仮説にほぼ確信を得た附口はそう続け、ほとんど苦し紛れの言葉でしかない反論を、不本意そうに駈壟は吐いた。


「……俺は妙な奴なんだよ」


 これ以上は誤魔化せないと駈壟も理解している筈だと、その言い方で二人にも十分に察せている。

 という事は、その上でも軽率には話さない事を選択したという事になる。だがお世辞にも、その決意が固いという風な顔付きではなかった。


 迷っている駈壟に明湖は言葉を掛け続ける。


「アンタが秘密主義なのは分かってる。どうしてもって事情があるなら今は言わなくてもいい。けどこっちが気にしないのは正直無理だから」


 また僅かに、駈壟のまぶたがピクッと引き締まる。


「秘密も何も、お前らが勝手に意味を見出してるだけだ」


 多少顔色が悪くなろうが、駈壟はあくまで誤魔化す姿勢を貫く事を選んでいた。

 意固地をじ開けるのは容易ではない。それを悟った附口は、駈壟の言い分を否定し切らずに語る。


「……まあ杞憂きゆうなら別にいいさ。けどもし違うなら一度考えてみてくれ。僕らに助けを求める事を」


「別になんの理由も無えよ。そんだけなら今日は解散だ」


 そう言って二人の反応を見ようともせず、駈壟は我先に自分の鞄を持って帰ろうとする。


「……駈壟さ」


 その背中へ明湖が呟いた。


「なんだよ」


 事務所の玄関を開ける前に駈壟は立ち止まり、仏頂面でも律儀に振り向く。明湖の表情には心配の色は無い。むしろ探偵が犯人を推理で問い詰める時のような視線だった。そしてその顔に似合う声色で話し始めた。


「私が主人公になりたいって思った理由を訊いたよね」


「ああ」


 意図の分からない質問に、不思議そうに駈壟は相槌を打つ。


「もし駈壟がただ探偵になりたいって思ってるなら、ただなりたいだけって気持ちは分かった筈でしょ」


「……知らん」


 言いたい事をなんとなく読み取った駈壟は、そのまま玄関を開けようと手を伸ばした。逃がすまいと明湖は言葉を重ねる。


「駈壟には理由があるから、私に理由が無い事が飲み込めなかったんじゃないの?」


 駈壟は扉を開け、外に出た。


「明湖も憧れたって理由があるだろ。それとは違っただけだ」


 閉まる扉の向こう側で駈壟はそう吐き捨てる。無表情で。

 だがその無表情の瞳には、いつもの攻撃的な不機嫌が決定的に欠けていて。

 明湖の目には何故だか少しだけ、寂しそうに見えていた。






 道を行き交う車のライトが通行人を時折照らして、光と影の境界をはっきりと浮かび上がらせる。

 ほとんどしない筈の足音も、人が多ければ不思議とうるさく感じる中で、数歩先の足元をぼうっと視界に入れながら駈壟は家路を歩く。

 彼は考えていた。


(……明かすべきなんだろうか)


 信号が赤に変わり、駈壟は横断歩道の前で止まる。狭い交差点に更にせせこましく、花屋だとか自販機だとかが設置された、光の多い道だった。

 足が止まると頭が回る。


(でも確かに、隠した所為でアイツらに振り回されたんじゃ碌に調査出来ない)


 駈壟の脳は決意を思うほどイフを想像する。話すべきではないという判断材料を精査しようとするほど、話せばどうなるか、黙っていればどうなるかという想定をシミュレートし、その想像を意識は自動的に天秤に掛ける。


(能力者を探してる、か。言われてみりゃ露骨にそうだし、そらバレるよな)


 明湖と附口の指摘は存外鋭い所を付いていた。

 というより、彼の情報秘匿能力の底が知れていた。

 情報自体は隠せても、情報の隠し場所はばっちり分かるような、稚拙ちせつな隠し事だったかもしれない。と駈壟は自覚を新たにする。


(が、人が増えるとそれはそれで面倒も増す……助けを求めるってほどでも無いんだが、どうしたもんか)


 駈壟は点滅する対向車線の歩行者信号を見上げる。

 そしてすぐに目を逸らし意識から弾き出す。次の信号を気にする事も無く、その程度の思考は霧散する。一瞬前に自分のすぐ背後を通った通行人を駈壟の眼は探し出した。


 それは女性だった。

 丈の短いデニムのジャケットを着ている、この町では珍しいと言えるほど派手に染められた赤髪を持つ女だった。


「……鈴の音」


 誰にも聞こえない声で、小さく駈壟は呟く。

 彼女が背後を横切る瞬間、駈壟には鈴の音が確かに聞こえた。


 彼女は横断歩道を渡り切ると、更に曲がって横断歩道を渡るのか信号待ちに入る。それで横を向くと、彼女の鋭い目付きが見えた。


 彼女はこれから丁度、駈壟と平行するように、交差点越しで同じ向きに横断歩道を渡る。駈壟は右を、彼女は左を。

 それを視界の端に捉えながら、駈壟は瞳の正気を塗り替えて思考を回す。


(あの人も調べるか)


 信号が変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

OSZ - 能力以外普通の世界なのに、転校生が主人公過ぎて探偵したら陰謀が - 執明 瞑 @toriakitsumuru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画