23『幽霊少女3』
「扉が開いたという事は、入室を許可されたと解釈出来る。今から中に入るが誰か来るか?」
直前まで侵入を拒否していた意見を百八十度反転させ、駈壟は唐突に積極的な姿勢を見せる。
そんな
「いや絶対これ中に入ったら二度と出てこれない奴でしょ!? それか後から人がドンドコ死んで『なんであの時入っちまったんだ』って後悔して呪い殺されるパターンのアレでしょこれ!?」
「明湖は待機と」
「耳潰れてんの!? つかさっきは反対してたじゃん!」
平然とメンバーの選り分けを始める駈壟に、周囲の皆がやや引き始めていた。しかしその視線も、鼓膜を
「幽霊少女に元ネタの奴が居た場合、多分そいつは能力者だ。能力なら扉が開いたのも不思議じゃない。それに能力者ならあの事件と関係あるかもしれん」
パッとすぐ言われると少し説得力もあるが、駈壟の理屈は案外インスピレーションをそのまま採用している事もある。その
「手段が成立しても動機が意味不明でしょ。なんで扉開けたのよ」
「許可アピールだろ?」
駈壟は堂々と答え、明湖も引かずに訊き続けた。
「許可の理由は?」
駈壟はスライド式に開けっ広げの古い玄関へ親指を立てて、らしくなく男子高校生らしい口調で答える。
「訊きに行こうぜ」
「死ぬって! この先の展開ネタバレするけどもう百パー死ぬわよ!? 死ななかった作品見たこと無いわよ!?」
ますます明湖の声が暴れた。
しかし結局、彼女の論理に対しては堂々巡りしか無い。何故なら駈壟の反論は、
「現実にそんな事起こらねえだろ」
としか言えないし、その反論と現実認識こそ、明湖が彼の顔面を指差して曖昧に糾弾する材料ととなるからだ。
「はいそれ! もうそれそれ!」
という具合に。
完成してから間違いに気付くマーフィーの法則の如く。
だが実質無根拠な理屈を説得するのは楽ではない。駈壟はそう見限り、マイペースに強引に話を進め始めた。
「嫌なら外に居ろ、俺は一人でも入る。誰が来て残るか決めるぞ」
この時の依頼者達の表情は、拒絶と遠慮と申し訳なさで絶妙に歪んでいた。
話し合いはすぐ終わった。
「じゃ頑張って」
「マジで俺一人か」
立候補者ゼロ。
投げやりに明湖が応援し、さしもの駈壟も愚痴っぽい感想が漏れ出てしまった。
だが誰しもが若干察していた通り、駈壟が一人に対し、明湖を中心とする依頼者達その他が駈壟を見送る構図は崩れない。
彼らを見る駈壟の不機嫌な表情も別に恨みは籠っていないが、一言文句を呟きたそうにはしていた。
ので、明湖が先に告げる。
「自分が言ったんでしょ」
「意外と皆そういうの信じてんのか……」
駈壟は分かりやすく呆れてこそいないものの、意外そうに全体へ呟いた。その認識を微調整するように、附口は眼鏡をクイと上げてダウナーに答える。
「いや正体が人間でも安心なわけじゃないし」
一理あった。二理か三理も有り得るだろう。そう納得した駈壟は癖ッ毛の強い頭をふさふさ
「まあじゃあ待ってろ。一応十五分くらいで一回戻る」
駈壟はスマホで現在時刻を確認する。現在が午後五時十分。であるから、二十五分が帰還時刻目安だ。
季節的にはこれから梅雨が始まろうと言う時期であり、日が落ちるよりは前になるだろう。
大胆なのか慎重なのか煮え切らない駈壟を眺めながら、明湖は首を傾げていた。
「これって主人公補正で逆に駈壟だけ生き残るのかしら……」
不意に呟かれた明湖の言葉に、棗美は背中まで届くツインテールの毛先を自分で触りながら訊き返す。
「主人公?」
「駈壟の事。事件とか探偵とかに縁のある、如何にも主人公って感じの奴なのよ」
明湖はわざとらしく呆れるような口調で説明する。それを聞いて一瞬何かを閃いた顔を見せた棗美は、
「なるほどっ!」
と言うと駈壟へ駆け寄り、腕にボフンと抱き着いた。その勢いで体幹が揺れた駈壟は、左腕に寄生した少女へ
「何してんの?」
「ホラー物の主人公とヒロインは大体生き残って結ばれるから、私がついて行けば恋人になれる!」
そう自信満々の笑みで告げる棗美の後ろから、
「打算がある奴は大体死ぬけどね」
と明湖は真顔で水を差した。
幽霊屋敷の玄関は
そこから一段上がる
ただ崩れたり過度に汚れたりといった荒廃状態ではなく、あくまで無人の空き家程度の様子ではあった。
「お前、本当に大丈夫か」
駈壟は心配の言葉を呟く。がその実、心配は二割。残りは明らかに先刻までの理由とは違う感情由来の力で、駈壟の腕の血流を圧迫してくる棗美への苦言みたいなものだった。
「大丈夫だけど大丈夫じゃないかもだから大丈夫じゃなかったら大丈夫じゃないって言って大丈夫ですか」
まだ玄関に入って一歩も進んでいないのに、彼女はもう既に若干後悔しながら、震えに身を
「わっ!」
「どぉうわ?!」
駈壟が軽く声を上げただけで、棗美は可愛げをかなぐり捨てた情けない、むしろ一周回って勇ましいような痺れる悲鳴が出た。
「大丈夫そうだな」
「んんんんん!!」
怒りで赤く、恐れで青く、キレ泣き寸前の表情で瞳を
「ごめんて」
微妙にニヤけ面が残っている口で、駈壟は小さく謝った。
二人は靴を脱ぎ、もし逃げる時にすぐ持ちやすいように、下駄箱の上に置いてから家に上がる。
不気味に
扉は四つある。
廊下を見て左手には、玄関から見える程度の手前にある
右側には丸いノブの付いた普通のドア。
そして廊下の突き当りにもう一つ普通のドアがあった。
「駈壟先輩めっちゃ意地悪……」
進む前に、未だ目に湿度が残る感覚を感じながら、棗美は不機嫌に言う。
「名前呼びかい。別にいいけど」
「だって皆そう呼んでるし」
駈壟は特に不機嫌そうにはしていない。そして棗美も印象最悪の彼をどうにも嫌っているほどの表情ではなかった。
廊下を歩くと、木が何処か腐っている部分があるのか、ギシギシという鈍い音が大きくなる。
まず右手のドア。金属のノブを駈壟が回すと、静かな屋内に
部屋の中には全く家具や道具が無い。
シンクの蛇口から水が
「噂通りですね」
棗美が誰にともなく呟く。
その言葉に反応せずに駈壟が無言で部屋の中を見ていると、棗美は彼の腕を持ったまま、更に服の
外光の通りが悪い室内では、僅かに差し込む光を受ける棗美の赤い瞳が、それこそ何かの怪談に出そうなほどだった。が、彼女に霊のような
「あの、会話が無いと……その……」
ずっと無言の駈壟に、彼女は弱弱しい声で呟いた。
駈壟も人相の悪い黄色の瞳をチラと向け、彼女の表情を見る。それから部屋の中へ向き直り口を開いた。
「好きな食べ物は」
「え、何その選出」
「もう喋らん」
「ああー! えっと、焼き肉! 滅多に食べないけど!」
駈壟の腕に縋りついて、自分の腕を振り回して、棗美は教科書に載るくらい見事に慌てふためく。が、駈壟は釣られない。
「へー」
「ごめんってば!? もっと喋って!?」
棗美の謝罪に合わせて波を作るように、駈壟の左腕は上下へ揺れる。わざとらしくそれも無視して、駈壟は部屋の壁にあるスイッチをパチンと入れた。
天井にある白熱電球が点滅して、ジワジワと室内を照らす。
点灯プロセスの遅さが妙に不気味ではあるが、キッチンに特段変わった様子は無い事を確認すると駈壟はすぐ電気を切った。
次の部屋を選びながら駈壟は声を掛ける。
「……お前、なんで俺にひっつくんだ」
「えっ、好きだから?」
キョトンとした声で棗美は答えた。逆に駈壟にはその様子こそ拍子抜けで、疑問の種だった。
彼女には照れが無い。女子中学生が普通は抱いていそうな、自分の好意を形にする時の恥じらいのようなものが感じられない。ただそもそも彼女のアプローチの積極性を思えば、そうしないという性格なだけかもしれないが。
ただ仮にそれでも違和感はまだ拭えない。
もう一つの、勘違いの余地が無い方の疑問を駈壟は訊ねた。
「今日会ったばっかだぞ」
「一目惚れです」
「俺の見た目じゃあり得んだろ」
「確かに」
「そんな即答せんでもいいけどね」
廊下の左の扉は全て無視して二人は突き当り奥の扉を開ける。
扉の向こうには更に扉が二つと、シンクが一つあった。洗濯機用の排水パイプらしきものが壁から出ていて、扉の内一つはガラスが
シンクの前には鏡もある。ガラスの向こうが風呂、二つ目の扉がトイレであろう事は想像出来た。
中を確認しながら二人は会話を続ける。
「でも直観というか感情がビビっと来たんです!」
「分かんねー」
それこそ直観的な説明をする棗美の気持ちに、駈壟はどうにも乗り切れない。だが無配慮なその否定を、棗美は肯定する。
「私も分かってはないです。そう感じただけなんで」
「それは……」
長い沈黙が降りる。
駈壟の目は視線の手前を見つめていた。鋭く黄色い彼の瞳にはなんの光も反射していない。目に映る景色ではなく、頭に浮かぶ何かを見ているようだった。
駈壟は瞬きを繰り返して視線が室内へ戻ると、
「……じゃあ本物かもな」
と言った。
トイレも風呂も異変は無い。多少古いが、廃れているというほどの荒れでもなかった。
駈壟はスマホを取り出して時間を確認する。まだ室内に入ってから十分しか経っていなかった。
遅れて棗美は彼の言葉に反応する。
「ほんとに本物だって思う?」
疑問は本心だった。だがそう訊き返すことこそ駈壟にとっては不可解だ。彼女の言葉を信じた事を疑われるとなると、信じられない事が前提だったと取ってしまう。
「嘘なのか?」
思わずそう訊き返し、棗美は自信無さげな表情で答える。
「そんなことは無いけど、ちょっと意外だったから」
「悪かったな」
自分でも大人げないと思うほどに、駈壟は低い声で答えてしまった。だが棗美は首を横に振る。
「ううん、悪くない……ですよ」
左奥にあった
部屋を入って右手に押入れがあり、天井から丸型の蛍光灯が、四角いガードの中で吊り下がっている。中心から伸びる紐を引くと電気が点滅と共に点き、更に何度か引くとオレンジ色の豆電球が弱く光る状態になった。
一見何の変哲もない、ただの空き家にしか見えなかった。
駈壟と棗美が中に入ったのを見届けると、外に残った六名は入口を眺めるのをやめた。
「そう言えばさっき逵紀君が言ってた『あの事件』って何の事?」
話題に反応して他の女子達も少し顔を向ける中、附口が率先して答える。
「駈壟が最初に調べてた事件のことだね」
彼はスマホで事件の記事を検索し塚掘に見せる。その画面を中学生三人も遠巻きに覗き込み、一方明湖はと言えば、ブレザーのポケットに手を突っ込んで塀に
「これって、ビルの壁が壊れてた奴?」
ぼんやりと塚掘の記憶にも、通学路の坂から見えていたその光景は浮かんでいた。スマホをしまって附口は頷く。
「そうそう。これが能力者の仕業じゃないかって思ってるみたい」
「あーなるほど。もしかしてあの鼠もこれと関係が?」
探偵事務所の自主調査という点から塚掘は、自分が出した依頼での彼らを連想する。
町のゴミ箱を荒していた、赤黒い鼠に
動物の死骸も作るほどの攻撃性や、既存の種類と合致しない外見や行動や身体能力の異常性から依頼に至った、解決しつつも解明し切れなかった事件だ。
鼠を捕まえたはいいものの、鼠が能力を持ったのか、能力者が鼠を変えたのか、そもそも新発見の自然種なのか。それを突き止めるだけの知識も手段も駈壟達には無かった。
世間にいつ発表されるかも分からない専門家の解析待ち、というのが現状なのだ。
が、それを明湖は横から否定する。
「それは別に。疑ってるとすれば鈴の音事件ね」
「鈴の音事件?」
塚掘が訊き返すと、これも附口が手際良く記事を検索して画面を見せた。
「これこれ」
その事件記事は、鈴の音事件の犯人として逮捕された男が、実は模倣犯だったという見出しと内容だった。
その記事を少し読んでから、塚掘は何気なく言った。
「ふ~ん、こんな事あったんだ。こうして考えると都市伝説っていうか『能力者に繋がる事』を調べてる感じなんだね」
本当に、本人は何気なく言っただけだった。
だが附口と明湖の顔付きへ、微かに驚きが走る。
ずっと二人が抱いていた、駈壟の言動の違和感が明確に言語化されたのは、まさにこの瞬間だった。
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