最終話
その後、湊人と一花は病室へ戻った。
泣き腫らした目の姉を見た一護は、最初は驚きを隠せない様子だった。
湊人はそんな困惑した様子の一護に、「いい姉ちゃんを持ったなあ、お前」と言ってニヤリと笑い、一花の方をチラッと見た。目が合った一花は「まあ、こんな美人な姉なかなかいないよね」と肩をすくめてみせる。そんな2人を見て、やっと一護の表情も緩んだ。
「あれれ、なんだか楽しそうな御三方がいるなあ?」
その声に振り返ると、車椅子に乗った博人がニコニコしながら3人を見ていた。
「父さん!リハビリは終わったの?」
「ああ、無事に終わったよ。それより湊人、もう夕方だけど、今日はダンス休みなのか?」
「あ、そうだ、忘れてた………え、もうこんな時間!?」
湊人の顔がみるみる青ざめていく。
「やばい……今日の先生、遅刻したら怖いなんてもんじゃ済まされないんだよな………」
「え、じゃあ早く行きなよ」
「ですよね」
湊人は一花の冷静なツッコミを受けながら、「じゃあまた明日来るから!2人とも仲良くね!」と言い残し、焦りながらドタバタと帰って行った。
♔♔♔
「一護、さっきはごめん」
一花は腰を落とし、疲れてベッドで横になっている弟に視線を合わせてそう言った。
「いくら手術を受けてほしいとはいえ、あんな言い方はするべきじゃなかった。一番辛いのは一護なのに、本当にごめんなさい」
心から申し訳なさそうな表情の姉を見て、一護はおずおずと口を開く。
「………姉ちゃん、あのさ」
「ん?なに?」
「いつか俺、湊人のステージを生で見てみたいんだよね」
「……うん?」
唐突な弟の告白に、一花は思わず首を傾げた。
「あと、姉ちゃんがバイトしてるカフェのカルボナーラを食べてみたい」
「ああ、じゃあ今度買って来ようか。ただ出来立てじゃないと美味しくないかも……」
「知ってる、前も聞いたから。あとね、俺も何か夢中になれるものを見つけてみたい。姉ちゃんとか湊人とか、なんかいつも本気で生きてる感じがカッコいいなって」
「…………私に関しては本気っていうより、いつも余裕がなくて必死こいてるだけのような気も………」
「まあ確かに、いくら何でもバイトのまかないに命懸けすぎだろとは俺もよく思ってるけど」
「おい」
「まあまあ、それは半分冗談として。俺さ、将来は姉ちゃんみたいなカッコいい大人になりたいんだよね」
「……一護…………」
一花は弟の真意をやっと理解した。嬉しくて胸がギュウっと詰まりそうになる。
「だからやっぱり、手術受けたい。また姉ちゃんには迷惑かけちゃうけど、いい?」
「………当たり前でしょ、バカ」
涙は乾いたはずなのに、気づけばまたじんわりと瞳が潤んでいた。それを何かのせいにしたくて、陽の光が眩しい窓の方に目をやる。外では雪が溶け始め、ちらほらと緑が芽吹いていた。
「姉ちゃんの好きなたい焼きが美味しい季節も、そろそろ終わりだね」
「何言ってんの。たい焼きは春が本番なのよ」
「聞いたことないよ。普通たい焼きって冬じゃない?」
「いやいや、春限定のふきのとう味と新玉ねぎ味の
「……あんま人の好みにとやかく言うつもりはないけど、俺には買って来なくていいからね」
「なーに遠慮してんのよ、もう!」
「遠慮とかじゃなくて、ほんとに。これ以上俺の寿命縮めないでくれる?」
いや食わず嫌いは良くないでしょ、と威厳たっぷりに言いながら、一花が笑う。
これはもう食わず嫌いとかいう次元じゃないから、一般論だから!とやや呆れ気味にツッコミながら、一護も笑う。
こんな日々がずっと続けばいい。大切な人が笑顔で生きていてくれる、そんな当たり前の日常が、ずっと続いていけばいい。
とりあえず、明日湊人が来たら、春限定たい焼きの話をしてみよう。ふきのとう味と新玉ねぎ味、どっちがマシって言うかな。案外、どっちも美味しそうとか言ったりして?
「ねえ、湊人くんならふきのとう味と新玉ねぎ味、どっちが好きって言うかな?」
「どうだろ。意外と姉ちゃんに似てそうなとこあるし、どっちもって言いそうじゃない?」
「え、だよね?私も同じこと思ってた!」
顔を見合わせて、また笑う。2人がこれ以上の未来を望むことは、決してない。
姉の笑顔を護りたい弟と、弟の未来を信じたい姉の話 夏 @natsu_no_yoru
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