第48話 目まぐるしい毎日
ハルがいない間に変わったこともある。
ローゼマリーが婚約したことだ。俺との婚約解消を聞きつけた隣国の王子が、ローゼマリーを熱心に口説いてとうとう婚約にまで至った。
王妃教育を終えている彼女には兄上の息子たちの教育係でもやってもらおうと思っていたのに、隣国に掻っ攫われてしまった。
「ローゼが幸せになれるなら僕は嬉しい」
ハルに伝えると、俺と婚約した時よりも嬉しそうな顔をした。
ローゼマリーの婚約だけではない。
アメリー・クラッセンという聖魔法を使える者がハルがいない間に教会に出向き『聖女』の称号を得た。それからは教会もハルを躍起になって探すことをやめた。
今では教会もハルはハルのペースで『聖人』として活動してくれればいいというスタンスのようだ。
『聖女』となったアメリー嬢は、ローゼマリーの友人らしい。そういえば見たことがあると思ったら、ハルが卒業パーティーでエスコートしていた女だった。
そろそろ騎士学校の合否通知が届く頃か。
外はもうすっかり冬で、雪でも降りそうな天気だ。ハルと部屋に二人きりでお茶の時間を楽しむ。
「ハル、そういえば家を出てどこに行っていたんだ?」
「色んな国に行って、色んなものを見て、魔物とも野盗とも戦いましたよ。修行の旅って感じです」
「そうか。今度は俺も連れて行け」
「それは無理です。僕もエルヴィン様も簡単に他国には行けないでしょう?」
ハルは婚約してから俺のことを殿下ではなく『エルヴィン様』と呼ぶようになった。俺としては呼び捨てや愛称でもよかったんだが、ハルがそれがいいと言ったんだ。
「なぜ、国を出たんだ? というか家を出たのは……」
俺のせいだと言われるのが怖くて、俺は思わず目を逸らしてしまった。
「僕は精神的に弱かった。だから強くなりたくて、このままここに居たらダメになってしまうと思ったんです。それにエルヴィン様にもローゼにもファビアン様にも迷惑をかけた。貴族であることも聖人の肩書きも脱いで、ただ一人の男として自分を鍛えたかったんです」
「そうか……」
ハルは強い。精神的に弱いのは俺の方だ。地位も肩書きも捨て他国へ飛び出していくなど、俺にはできない。俺の愛する男は本当に強くて格好いい。
「騎士学校の入試までには帰ってくる予定だったのか?」
「家を出た当時はそのつもりはありませんでした。でも夏に差し掛かるとローゼのことが気になって、戻らないとと。それに頭を冷やしたらローゼとエルヴィン様のことをちゃんと心から祝福できると思って」
二度と会えない可能性もあったということか……
「でも、戻ってきてよかった。こうしてエルヴィン様の隣に立てるなんて夢みたいです」
頬を染めながら嬉しそうに俺を見つめるその瞳は少し揺れている。そんな顔されたら我慢できなくなるだろ。
「ハル、抱きしめさせろ」
席を立つと少し戸惑いながら寄ってきて、俺の膝の上にちょこんと座るハルを抱きしめる。筋肉によって厚みの増した胸も腕も肩も全部愛しい。
やはり俺の幸せはハルがいないと成り立たない。
結局俺は、年末までに第二騎士団の団員全てを認めさせることはできなかった。最後まで抵抗した奴が数人いたんだ。
だが、団長の推薦で次期団長候補として団長の補佐をすることになった。
国外に出て随分と強くなったハルは文句なしの合格で、マルセルとハルは騎士学校の生徒になった。俺はハルが騎士になるまでに団長の座を目指す。
時は流れ、兄上が正式に王太子となり、俺とハルは結婚した。今俺は第二騎士団の団長をしている。ハルは俺の補佐と王太子妃の補佐を兼任している。
「ハル、すまないがまた少し妃の仕事をしてくれないか?」
「分かりました。最近クララ様は体調を崩しているそうですね。まさかご病気に?」
「いや、また懐妊だ」
「えーー!? またですか? クララ様の体は大丈夫なんですか?」
これで兄上の子は五人目だ。王子も三人いるし、もういいんじゃないか?
「ハルト! エルヴィンにいじめられていませんか? エルヴィンに飽きたらいつでも私のところにおいで」
「そんなことを言ったら婚約者様に誤解されますよ」
コンラートは相変わらず、本気とも冗談とも取れるようなことをハルに言ってくる。
半年ほど前にとうとう婚約したコンラート。政略結婚で愛はないと言い張っているが、大切にしていることを俺は知っている。
「ハルトさん、エルヴィンを捨てるときは俺にもご一報ください。すぐに妻を捨ててハルトさんをお迎えします」
「マルセルくん冗談でもそんなことを言うのはやめて下さい。ちゃんと奥様を大切にしてあげて下さい」
マルセルも恐らく半分くらいは本気なんじゃないかと思うような、きつい冗談をハルに言ってくる。
もうすぐ子どもが産まれるというのにそれでいいんだろうか?
「お前ら、ハルが俺に飽きるわけないだろ。ハルがお前らの元に行くことは永遠にない!」
「ふふふ、そうですね」
ハルがニコニコしながら同意してくれるのが嬉しい。あいつらは半分本気で言っているのに、ハルは全く気付いていない。
「あ、もうこんな時間だ! この後ファビアン様に稽古をつけてもらうので僕は失礼します」
ハルはファビアンにずっと憧れを抱いていて、それは決して恋愛ではない。騎士として尊敬して目指しているという憧れなんだが、いつもハルを送り出す時はモヤモヤする。
ハルの背中が見えなくなるまで見送って、振り返るとコンラートが口を開いた。
「エルヴィン、いいんですか? ファビアン団長は隙あらばとハルトを狙っているんではないですか?」
「よく自分の旦那に思いを寄せる奴のところになんて送り出せるな」
「お前らもハルの鈍感さは分かっているだろ。それに俺はそんなに心の狭い男ではない!」
「強がりですね」
「強がりだな」
こうして時々コンラートとマルセルは俺のことを揶揄いにやってくる。
「エルヴィン様、僕はヒロインではないんですけどね」
ハルが唐突に言った。
「なんの話だ?」
「なんでエルヴィン様もコンラート様もマルセルくんもファビアン様も、アメリー嬢に惚れなかったんでしょうね?」
「は? なんで俺があの『聖女』に惚れると思ったんだ? 俺はハル一筋だぞ」
「そっか、悪役令嬢なんてやっぱり妹の悪い夢だったのかもしれません。僕はローゼが幸せになったことが一番嬉しいんです」
ハルはローゼマリーから届いた手紙を読みながらそんなことを言った。
「ああ、子どもが産まれたんだったか?」
「ええ。旦那さんもとても優しい人だそうです」
「俺だって優しいだろ?」
「そうですね」
ハルが俺に微笑んでくれるだけで心臓がギュッと締め付けられる。
ハルはヒロインではないと言ったが、俺にとってヒロインはハルだけだ。
(完)
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妹の悪役令嬢シナリオ回避とやらに付き合ってたら攻略対象が僕を狙ってきたんだけど たけ てん @take_ten
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