第47話 秋晴れの騎士学校入試
「マルセル、頑張れよ」
「そうですよ。昨年までは騎士団長の息子という肩書きだけで合格できたかもしれませんが、なんなら学校を飛び越えて騎士になれたかもしれませんが、今年からはそうはいきませんからね」
コンラートは有言実行で、法務部と連携し騎士学校入学試験に法務部という第三者を噛ませることに成功した。
これで不正は行えない。
俺も第二騎士団のほとんどの者に団長となることを認められている。残りは今まで貴族という肩書きに胡座をかいてきた連中を説得できれば大手を振ってハルを迎えられる。俺も王家という肩書きを使ったから入り口はコネだが、それでも大半の騎士に団長と認めてもらっている。彼らの期待を裏切るつもりはない。
意外な後ろ盾となったのが、第二騎士団の団長だった。彼が俺に団長を譲ってもいいと言ってくれたんだ。彼も曲がったことが嫌いだったが、伯爵という地位のため自分より上の爵位の者には強く出られなかった。それを変えてくれるのならばと言った。
それと彼は一昨年、孫が産まれたため、もう危険なことはせず引退して領地でのんびり暮らしたかったらしい。だが次を引き継ぐ者がいなかった。貴族主義の者が団長となれば今よりもっと荒れてしまうことを懸念して引退できずにいたようだ。
法務部と共に受験者を眺めていると、終わりの頃になってとうとう、一番会いたかった人が姿を現した。
「ハル……」
今すぐに抱きしめたいと走り出そうとしたが、コンラートに「今はダメだ」と止められた。
そのため感動の再会とはならなかったが、彼が受付を終えて試験会場に向かうと、俺は泣き崩れた。
生きていた。戻ってきてくれた。もうそれだけで十分だと思えるほどに嬉しかったんだ。
遠目に見た彼は、前より逞しくなったように見えた。少しカールした銀色の髪も相まって、ふわふわと優しい雰囲気だった彼が、キリッと真っ直ぐ前を見据え、騎士の顔に見えた。
俺はまだ団長候補の身であるから、試験を見学することはなかった。マルセルは会場でハルに会ったんだろうか?
ハルの試験が終わるのを待ちきれず、右へ行ったり左へ行ったり、ずっと落ち着かなかった。
「エルヴィン、いい加減落ち着いて下さい」
コンラートに注意されるほど落ち着きがなかったんだろう。仕方ないだろ、ずっと会いたかったんだ。ずっと会いたいのに会えなかったんだ。
俺は、想いすら告げられなかったんだ。
とうとうハルが試験を終えて出てきた。
「ハル……」
本当は今すぐに抱きしめたいが、俺の立場とハルの立場が邪魔をする。ここでハルを抱きしめたりしたら、またハルを傷つけることになるかもしれないと必死に耐えた。
「エルヴィン殿下、コンラート先輩、お久しぶりです」
何か吹っ切れたような爽やかな顔でそう告げたハルが眩しかった。俺は、ハルに相応しい男になれただろうか? 急に不安になった。
「ハルト、おかえり」
「あ、そっか、ただいま戻りました」
コンラートは俺の肩をポンと叩いて去っていった。法務部との話し合いがこの後行われるんだろう。
「ハル、話がある。時間はあるか?」
「それほど長い時間でなければ」
きっと戻ってきたばかりなんだろう。大きな荷物を抱えている。
周りくどいことも駆け引きももう意味がない。そんなことをしてまたハルを逃したらと思うと怖くてたまらない。
俺は王宮の庭園にハルを連れて行き、人払いをした。
「ハル、好きだ。愛してる。結婚してほしい」
「はい?」
ハルは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻した。コンラートやマルセルのように俺が冗談を言ったのだと思ったのかもしれない。
「ローゼマリーとの婚約は春に解消した。お互い合意の上でだ。陛下にも許可された。俺はずっとハルが好きだった。お願いだ、騎士になりたいならなっていい、俺の側にいてくれ。それ以上は望まない」
俺はもう、懇願することしかできなかった。
膝をついて、ハルの温かい手を握って、どうかどうかと願わずにはいられなかった。
「嘘だ」
「嘘じゃない。婚約解消が受理された時の書類ならある。持ってくるか?」
「いえ、そこまでは……」
正直あの書類はグシャグシャだから、そこを突っ込まれそうであまり見せたくはなかった。
「ハルの気持ちが聞きたい。俺では嫌か?」
「いいの? 僕は、エルヴィン殿下を愛してもいいの?」
俺を見下ろすハルの紫色の綺麗な瞳には、薄っすらと涙が滲んで見えた。
「俺だけ愛せ。俺もハルだけ愛す」
「うん」
遠慮がちに頷いたハルを引き寄せて抱きしめた。情けないが、極度の緊張で立ち上がることができなかったんだ。だから膝をついたままハルを引き寄せて抱きしめることになった。
やっと手に入れた。長かった……
どれだけこの日を待ち侘びたことか。
「キス、するからな」
そう言うとハルは目を閉じた。拒絶されたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかった。
そっと重ねた唇はしっとりと、そして少し冷たかった。少しだけ涙が出てしまったのは、目を閉じていたハルにはバレていないと思う。
俺たちはその日のうちに、父とクリスラー侯爵を呼び出して婚約をした。
それからはずっとハルは王宮に住まわせている。
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