第46話 過ぎゆく日々


 >>>コンラート視点


「ーーでさ、エルヴィン聞いてる?」

「……ああ」

「エルヴィン、聞いていないですよね?」

「……ああ」


「こりゃダメだな」そう言って私とマルセルは顔を見合わせた。

 最近のエルヴィンはどこにも焦点が合わない目をしており、話も全く聞いていない。

 会話らしい会話をしたのは何ヶ月前だっただろうと考えた。


 エルヴィンは執務もせず、剣を振るうでもなく、魔法を練習するでもなく、ただ部屋で窓の外を眺めるだけの生活をしている。外では蝉がうるさく鳴いており、もうすっかり夏だが、ハルトの行方は未だ掴めていない。

 各地を遠征しながら探している第三騎士団のファビアン団長から届く手紙は、毎回手がかりなしの報告だ。


「これだけ探しても見つからないということは、やはり国外に出ているのでしょうね」

 それ以外考えられない。

「それなら俺は、学園を卒業したら国外にハルトさんを探しに行きます!」

 マルセルがやる気に満ちたような目をして椅子から立ち上がったが、それは現実的ではない。

「マルセル、それは無理でしょう。シャウマン侯爵が許さないと思いますよ」

「ハルトさんは本来なら今ごろ騎士学校に入っているはずです! それなのに俺の父のせいで……そんなの許せない。自分だけ騎士学校に入るなんてできない」

 気持ちは分かる。私が止めなければマルセルは本当に国外に出ていってしまうかもしれない。

「じゃあマルセルが騎士団を変えてはどうですか? ハルトが騎士学校に入れるよう変えるのです」

「そうか! それはいい!」

 マルセルが単純でよかったと思った。

 しかし問題はエルヴィンだ。このままでは本当に潰れてしまう。今でももう潰れかけなのに、このまま放置したらもう引き返せないのではないかと思った。


 エルヴィンを眺めていると、ふらりと立ち上がり部屋を出ようとした。

「エルヴィンどこへ行くんですか?」

「もうすぐ王妃教育の時間だからハルが来る。迎えに行かないと」

 何を言っているのか。王妃教育は年末で終わったし、ハルは行方不明で王宮に来る予定はない。本当にエルヴィンはどうかしてしまった。


 一度ローラント殿下とも話をしたんだが、エルヴィンはどうやらローゼマリー嬢と婚約解消した辺りからおかしくなったらしい。

「今更もう遅い」と泣き崩れ、近衛を振り切って一人で王都を出ていったのだとか。近衛騎士たちが必死に連れ戻そうとするも、「ハルを返せ」と火魔法を炸裂して大暴れし、仕方なく鎮静剤を投与し、城に連れ帰ったと聞いた。

 それからも何度か昼夜問わず王都を出て行き、とうとう部屋に軟禁されるようになった。


「ハルトじゃないとダメなんでしょうね。私たちは無力です」

「ハルトさんを探すこともできない。エルヴィンを正常に戻すこともできない。俺たちなんなんだよ」

 今まで色々学んできた。学園では常に首席だったし、それ以外にも様々なことを調べ、ありとあらゆる場面を想定して動けるよう知識を詰め込んできた。それなのに友の窮地に何もできないなど、今までやってきたことは本当に意味があったのかと疑いたくなる。

 ただ日々を過ごし、好転しない現状を飲み込んで生きている。虚しいだけの日々だ。


 ハルトがいなくなった理由を考えてみる。一番のきっかけは騎士学校の件だろう。もし騎士学校に合格していたら、夢である騎士の道を捨ててまでどこかへ行ってしまうとは考えにくい。それ以外の理由は夜会のチーフ事件か。


 ハルトはエルヴィンに密かに恋心を抱いているように見えた。だから私は身を引くことにしたんだ。ハルトの立場に立つと、妹の婚約者であるエルヴィンに恋慕するなど、いけないことだと思っていたのかもしれない。そこにきて夜会のチーフ事件だ。

 王家が『聖人』を取り込もうとしているという憶測もあったが、中には妹の婚約者を狙っている、兄妹で嫁ぐのではないか、エルヴィンの本命はハルトなのではないかという声も聞こえた。真面目なハルトが気にしないわけがない。

 それを考えるとファビアン団長にはかなり救われたと言える。

 迷惑をかけたと思っているのであれば、もう戻ってこないことも考えられる。しかし、彼が全てを捨ててしまうとも思えなかった。「来年の合格を目指す」と言ったハルトの言葉を信じてみたかった。秋の騎士学校の入試の時期には帰ってくるのではないかと。


「エルヴィン、マルセル、私たちがハルトのためにできることが見つかりましたよ」

「なんだ?」

 エルヴィンはよく分からないことを言って少し暴れた後、窓辺の椅子に座って項垂れていたが、顔を上げてチラッと私に視線を向けた。

 まだ大丈夫だ。まだエルヴィンだってハルトだって間に合う。

「ハルトが不当に騎士学校の入試で落とされないようにするのです」

「それって俺が騎士団に入ってやるんじゃなかったのか?」

 さっきはそう言ったが、それはマルセルを国外に飛び出させないためだ。マルセルが騎士となり、それなりの地位を得るまで待っていたのでは遅い。

「それでは遅いかもしれません。入試の時期にハルトが帰ってくるとしたら、また不当に不合格とされ落ち込むハルトを見たくありません」

「それはそうだな! でもどうやって?」

「ハルトを貶めた男が追放となったのは知っているでしょう? 以前から高位貴族だけが優遇されたり、平民が入団後に虐めを受けるということが問題になっていたようで、法務部が調査に入りたがっているんですよ。それならまずきっかけとして入試で不正が行われないか法務部に監視してもらいませんか?」


「俺が第二騎士団を預かる」

 今までどこにも焦点が合わない虚ろな目をしていたエルヴィンが突然言った。

 私もマルセルも驚いてエルヴィンを見ると、エルヴィンはまっすぐ前を見て、その目には光が灯っているように見えた。

 簡単ではないだろう。しかし、エルヴィンがやる気になったのであれば願ってもないことだ。

 三人はさっそく動くことにした。私は法務部を動かすために走り、エルヴィンは陛下に騎士団の団長になりたいと直訴した。

 初めは渋っていた陛下も、抜け殻のようになっていたエルヴィンが正常に戻るのならと許可を出した。しかし条件をつけた。


『年末までに第二騎士団の団員全てに団長となることを認めさせよ』


 それができなければ王子と言えど認められないと。

 地位はある。強さと信頼を得なければいけないと、エルヴィンはマルセルを連れて森に訓練に向かった。それと並行し行ったのは不正をよしとしない騎士たちの再教育だった。

 中には反対する者もいたが、それは自分の不正がバレるのを恐れていると言っているようなものだ。

「何もやましいことがないのであれば反対する理由はないだろう?」

「そうですが……」

 言い淀んだ者たちは、平民を虐めたり、横領に手を染めたり、騎士団の武器を横流ししていたりする者だった。そこはきっちりと私も法務部を動かして対処した。


「ハルは戻ってくるだろうか……」

「エルヴィン、信じよう。俺たちがしていることにはちゃんと意味がある」

 マルセルに励まされ、エルヴィンは今日も森へ訓練に向かった。

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