優しい神様

神様は人の夢を叶えてくれるらしい。なら、私の夢も叶えてくれるよね。


私の夢。ご飯を満足に食べること。そして、一人ぼっちにならないこと。

保育園の年長の時、卒園アルバムに載せる自己紹介で、将来の夢を書く欄があった。

いつもおうちにひとりぼっちだと先生に言うとお母さんが怒るから言えなかった。

だから覚えたてのひらがなで「ごはんをおなかいっぱいたべること。」とかいた。

その日の夜はお母さんが先生に呼ばれて、外が真っ暗になってから家に帰った。

家に着いてからは、なんでかお母さんに殴られて蹴られた。

それからはお母さんに、絵本にかいてあるようなことはしてもらえなくて、最低限のお世話しかしてもらえなかった。保育園のある日だけ、ご飯とおやつをたくさん食べることができた。先生たちはお母さんに内緒で、帰りが遅い居残りの子供だけに与えるおやつを、特別に私の分だけ多めにしてくれていた。


小学生になるとき、親戚の人からのお下がりでボロボロのランドセルをもらった。

入学式で、私だけボロボロなランドセルを背負っていたことが恥ずかしくて泣いてしまった。その日の夜もお母さんにひどく怒られた。

「私に恥をかかせるな」と。


お父さんは知らない。父親という男性の存在がみんなの家庭に当たり前にあることを知ったのは、小学三年生になってからだった。

転入生の子と仲良くなり運動会で、その友達のお父さんを見たからだ。

「ねぇ、どうしておじさんといっしょにご飯食べてるの?」

不思議な顔をしてそう聞いた私に友達のお母さんは、

「おじさんじゃなくて、お父さんよ。あなたにもいるでしょう。」と言って私の横に立っていた友達を連れてどこかに行ってしまった。

その日からその友達は私に話しかけに来なくなった。


私の家にもおじさんはいた。

おじさんが来る日は家がとても綺麗に片付けられていて、いい匂いがした。

おじさんは家に来る度に違う人に変わっていたけれど、見たことあるおじさんたちがかわりばんこに家に来ていた。

おじさんが来る日は必ずお母さんが、

「20時になるまで帰ってきちゃだめよ。公園にいなさい。」と私に言った。


約束を破るとまた髪を引っ張られて怒鳴られるから、言うことはしっかり守った。

夜、外が暗くなるまで一人で公園で待って、家の前のアパートの横に車が止まっていなければお家に入れた。お家に帰るとお母さんは必ずシャワーを浴びていた。せっかく綺麗にした部屋の中はお母さんの服やパンツが玄関から布団まで散乱していて布団は乱れていた。


小学五年生になるとお母さんはいつも家にいた。私が学校に行くときも帰ってきたときも寝ていた。おじさんが来る日だけは、私が起きるよりも早く起きて、部屋の掃除をしていた。

少し肌寒い季節になった頃から優しいおじさんが頻繁に来るようになった。

気前のいいおじさんは、月に一回、必ず私に新しい服や靴を買ってくれた。

そのおじさんがいるときはお母さんが優しかったから、ずっといっしょにいて欲しかった。


小学六年生になると、ついに給食費が払えなくなった。

「半年分滞納してるの。お母さん、毎日お家にいるんでしょ。いつ連絡取れるかな。」

担任のおばさんの女の先生はいつも教室で私に耳打ちで聞いてきた。

こそこそは話してくれなくて、少し周りの目を気にしながら少しだけ小声で話した。

その時そばにいた男子に会話の内容を聞かれて、次の日からいじめが始まった。

お母さんが男の人と”そういう関係”をもっていることをクラスメイトに知られてしまったから。

「お前のかあちゃん、知らないやつと、バ イ シ ュ ン してるんだろ!!」

男子に笑われた。

「え、お母さん”そういう関係”の人がいるの?」

女子に引かれた。

「びんぼーだからお金がないんだ!」

クラス中にバカにされた。

私は”バイシュン”や”そういう関係”の意味がわからなかった。でも、確かに母がおじさんにノートぐらいの分厚さのお金をもらっているところを見たことはあったから、否定もできなかった。


放課後、私は校長室に母と共に呼ばれた。先生が電話するとお母さんは、

「準備ができ次第向かいます。なのでその子はそのまま学校で待たせてください。」と言った。

でも、3時間待ってもお母さんは来なかった。


しょうがないからお話は後日にすると言われ、担任に家まで送ると言われたけど、

自分の足で帰ると言って一人で家まで帰った。

家に着くと、鍵は開いているのに部屋は真っ暗で、家具も布団もなかった。

家の中がもぬけの殻だった。

アパートのそばでお母さんの帰りを待ってうずくまっているところをお巡りさんに見つかって交番に連れて行かれた。


交番で私は怒られるのかと思ったけど、お巡りさんは温かいコーンスープを飲ませてくれて、毛布もかけてくれた。

お母さんのことについて聞かれた時私は絶望した。

私はお母さんのことを何も知らなかった。

携帯の電話番号、職場、生年月日、常連のお店、好きな食べ物、血液型。

そして________











お母さんの名前。







私は突然お母さんに会いたくなって交番から飛び出した。

今私の走っている場所がどこかなんてわからないまま、後ろから照らされているあかりが私の背中を照らされなくなるまでずっと。ずっと。ずっと。


急に走る足を止めたのは、足に激痛が走ったから。

走りすぎたせいで上手く息が吸えない。

止まった瞬間、吐き気がして、意識が朦朧として、立っていられなかった。

急に眠たくなって知らない土地の道路に横になって、そのまま眠ってしまった。

目を覚ますと体が軽かった。どこへでも走っていけそうなほど。これでお母さんを探しに行ける。

そう思ったのも束の間、私の意思とは反対に足はどこかへ歩き出した。

私は今、宙に浮いている。何にも触れていないはずなのに、まるで階段を登っているかのような感覚。初めて会ったのに、私は自分の隣を歩いている人が神様だとすぐにわかった。

「私が苦しくなっちゃう前に、迎えに来てくれたんですか?」

私の質問に神様が答えることはなかった。

「お腹いっぱいのご飯、食べれなかった。でも、一人ぼっちじゃない。助けてくれてありがとう。」

そういうと神様は頷いてくれたような気がした。本当に神様は私の願いを叶えてくれた。優しいね。

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