第7話 明美ヶ原高校陸上部

「気を付けー!礼!!」

「「「お願いしまーーす!!」」」


 部長のかけ声とともに、部員全員が挨拶をする。


 ここは、明美ヶ原高校近く(といっても自転車で20分)にある陸上競技場。部活を始める時には、毎回こうしてミーティングをするらしい。


 きれいに並んだ選手とマネージャー達を前に、監督が今日の練習内容や注意事項を伝えている。


「以上!それじゃ、練習始めるぞ!」

「「「はい!!」」」


 他の選手たちにならって、俺もその場から散ろうとしていたら。


「おい嶺脇、お前は別や」

「はい?」


 監督に俺専用の練習メニューを言い渡された。

 さすがに復帰直後から他のみんなと同じ練習はさせられない、ということらしい。


 記憶をなくして陸上のことも何も分からなくなっているので、ここは大人しく監督に従おう。


「お前はしばらくは、ジョギングや」

「ジョギング?」

「あぁ、スポーツは何よりも基本が大事や。基礎体力のなってない奴が厳しい練習で追い込んでも、早くはならん。地に足つけて地道にやってけ」

「……わかりました」


 なんか意外だな。最初からひいひい言わされるのかと思ってたから。


「おい悠、アップいこうぜ!」

「ん?」


 気づけば、成田が立っていた。そうか、クラスだけじゃなくて部活にもいるんだもんな。

 知っている人がいるってだけで心強い。


「成田先輩、悠くんをお願いしますね」

「あぁ、任しときなほのかちゃん」


 そうか、そういえばほのかもこの部活のマネージャーだった。


「じゃ、悠、アップいくぞー」

「う、うん」


 成田にならって、軽くジョギングをした後体操やらなんやらウォーミングアップを済ませた。

 ラジオ体操に出てくるような普通の体操とは違って、特殊なものもあるのだが、体が覚えているのか意外とすんなりできた。


「じゃ、俺は全体の練習だからこれでな」

「うん、ありがとう」


 そろそろ俺も自分の練習を始めないといけない。

 監督の指示は、とりあえず20分のジョギングを息が上がらないペースでやること。

 走り終わった後に、気持ちいい疲れが残るくらいだそうだ。


(じゃあ、始めるか)


 デジタルの腕時計のストップウォッチをスタートして、同時に走り出す。

 最初はぎこちなかったけれど、5分もすれば慣れてきた。


「はっ、はっ、はっ」


 体に当たる風が、息の弾む感覚が、脚が地面を淡々と踏みしめる感覚が、どれもこれもが心地良い。

 自分の体なのに、自分の体じゃないようなそんな感覚。

 記憶はなくなれど、体はかつての情熱を覚えているらしかった。


「1本目行きまーす!よーい、はい!!」


 競技場の隅をずっと走っていると、真ん中のレーンの方からほのかの声が聞こえてきた。

 どうやら、全体練習が始まるらしい。それぞれ5人ずつくらいに別れたチームが、順番に駆け出していった。


「ファイト」

「ファイトー!」


 マネージャーさんたちが選手たちに声援を送る。

 薄手のTシャツやタンクトップ型のランニングシャツなど、どれも走りやすそうな格好の選手たちがすごいスピードで走っていく。

 さすがは全国1位、と思わされるような練習風景だった。


(俺も頑張らないとな)


 すぐにそっちに行くからな、という思いを込めてこの光景を目に焼き付けておいた。


――――――――――――――


「気を付けー!礼!」

「「「ありがとうございましたー!」」」


 始めと同様終わりのミーティングを終えて、今日の部活は終了となった。


「嶺脇、ちょっとええか」

「はい」


 よっぽど気にかけてくれているのか、また監督からのお声だ。


「今日やってみて、どうやった?」

「案外楽にできました」

「そうみたいやなぁ。ちょくちょく見てたけど、びっくりしたわ。明美ヶ原の天才ランナーってのも伊達と違うな」

「ありがとうございます」


 実際、監督には「しんどくなったら歩いてもええ」と言われてたけど、すんなりできたのには自分でも驚いた。


「この調子なら夏とは言わず来月には全体と合流できそうやな」

「まだ1ヶ月もですか……?」

「そうや。自分忘れてるかもしれんけどな、その力はほんまもんや。だから、預かる身としては丁寧に育てたい。俺のわがままと言われたらそれまでやけど、ここは付き合ってくれんか」

「わかりました」

「その代わり、夏になったらみっちりしごいたるからな、それまでにちゃんと戻しときや!」

「はい!」

 

 ということで、当面の俺はひたすら基礎体力の回復に努めるらしい。

 俺が元通りに走れたらどんな感じなのか、楽しみだ。

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誰に恋していたんだっけ。 大輪田ミナト @niseouji

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