第6話 生きる意味

 「君、急いで支度しなさい」狐君が急かす。母さんは魔法を使う準備をしていた。

 「準備できたわ。くれぐれも気をつけてね」はい、と返事をした。

 生界につながっているドアを開けようとした時、後ろから母さんが抱きとめてきた。

 「いい、頑張って。お父さんを救って」わかってる、と母さんの手を握り返した。

 「じゃあ、行ってくる」

 母さんと狐君を目に焼き付けて、ドアをくぐった。その光景を僕は一生忘れることはないだろう。

 

 ビルの屋上は風が強かった。前方に目をやると父さんが柵を越えようとしている最中だった。

 「父さん」はじめは反応がなかった。

 「父さん!」と今度は大きく叫んだ。

 父さんはハッとして僕の方を振り返った。

 「なんでお前がここに。危ないから下がっていなさい」

 「なんでそんなことするの」

 「父さんなあ、よく考えたんだ。俺は生きてちゃいけないんだよ。バイト先に電話がかかってきたんだよ。お前が俺のことでいじめられていたと。私は妻を失い、息子を傷つけた。もうこの世に居場所がないんだ」

 僕はこういう時、なんて返せばいいのかを心得ていない。だけど、思ったことは言える。

 「父さんが死んだって現実は変わらないし、逃げるなんて僕は許さない。母さんだってそんなこと望んでない。だから戻ってきて」

 「お前に母さんの何がわかるっていうんだ。お願いだから母さんのもとに行かせてくれ」

 「僕さっきまで、母さんと話してたんだ。信じないかもしれないけど」

 その時、衝撃を受けた父さんは、柵の内側に転げ落ちた。

 「それは、本当か」彼は泣いていた。

 僕は父さんを支えながら、

 「僕は家出している間、本当に色んな人と出会った。いろんなものに触れてきた。今の僕には、あの時の返事ができる」

 僕はこれまでのことを思い返した。それぞれの人の考え方や価値観に触れてきた。そしてそれらが僕を終着点へ導いてくれた。

 「僕なりの生きる意味とは、自由だ。自分の好きなことに没頭したり、使命を果たそうとしたり。生きるということに縛りはないんだ。だから僕は、僕のやりたいようにやる。これは僕だけの人生だから。この世に二人として同じ人はいないんだから、自分の人生を思いっきり楽しむ。それが僕が出した答えだ」

 やっと見つけた、僕の生きる意味。

 「母さんは、父さんに生きていて欲しいって言ってたよ」

 父さんの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。


 それからというもの、父は会社を立ち上げ、今は自殺防止を訴えているらしかった。それが功を奏すかは僕にはどうでもよかった。ただ父さんがいきいきとしているだけで嬉しかった。

 僕はというと、夏休みが明けてから、学校で友だちが増えた。友人Bとは、今では親友になることができた。友人Aも人が変わったように、執拗に謝ってきた。完全には許せなくても、いつかは許せるように、僕も努力するつもりだ。何なら、少し感謝さえしている。あの旅に出させてくれたことを。自分の生き方がわかると、心が軽くなった。

 生きる意味とは、それぞれ異なる。だから難しい部分もある。価値観や考え方は人それぞれなのだから。だから誰もその人の編み出した答えを否定してはいけない。いろんなことが人それぞれだが、ただ一つ言えることは、自分の人生を楽しめるのは自分だけ。さまざまなものに触れて、知って、生きていってほしい。生きるを楽しんでほしい。それが僕の願い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今、生きているということ @kobayashi4869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ