第6話 ただ側に

俺が生まれた時にはすでに魔王の恐怖が日常化していて、恐怖っていう感情が当たり前のようにあった。

恐怖が当たり前になっても不思議なもんで恐怖は消えてくれやしない。


でも俺は当たり前が当たり前なことが怖かった。

そして戦った。





“魔族と人間が共生する世界にしたいの”


アンロがそう言った時、俺は少し希望を持ったんだ。

戦って、俺は戦って良かったなんて、勝ってよかったなんて思わなかったから。

そう。

思えなかったから。

だから俺にはアンロが眩しく見えた。

新しい道を切り開いてくれたように、感じたんだ。


のに。



今目の前に立ちはだかる、新しい未来を語る少女は、どんな顔をしている?


風に揺れる黒い髪が少女の顔を隠す。

もう、キラキラと笑う少女の面影はない。

ただ静かに、魔族の頭の上からこちらを見下ろしている。


「アンロ!!」

俺はただ名前を呼ぶことしかできなかった。


ドグがさっと俺に近寄る。

「大丈夫ですか?」

俺を馬牙芽から守るような位置に立ちながら、俺を引き上げようとする。

だが残念ながら俺は頭から下が今埋まっている。

引っ張り上げるために掴む場所がない。

「く、首つかんでいいですか?」

「やめろ絶対首取れるから!」

言い合いをしていると、間髪入れずに馬牙芽が俺たちを踏み潰そうと足を振り上げる。

やべ、手、動かして逃げないと。

動かそうとするが腕輪が当たり動けない。

これ以上動かすと壊れるな。

くそ、ドグは?!

ドグが素早く服に仕込んであった毒針を馬牙芽の脚に刺す。

ぐさ。

少し体制を崩し、くらりとよろける。

間髪入れずドグが馬牙芽の脚に針を刺す。

足もとを駆け回り、体制を崩すように蹴りも入れるがなかなか効かない。

速く。速く。

踏み潰されたら終わりだ。

この巨体だから、打撃で倒すには力が足りない。

だが、毒針は効いていた。

打ち込み続ければ、身体中に毒が回り、動きを封じられるかもしれない。

その前にドグが死ななければいいが。


体を動かしてみるがやっぱり抜け出せそうにない。

もう一度地面が割れるほどの衝撃がくれば、地面が崩れて抜け出せるかもしれない。

だがその前に踏まれて死ぬかも。


俺がそんなことを考えている間もドグが毒針を打ち込み続ける。


花がまた散る。

風に巻き上げられ無惨に踏まれた花が寂しげにまた地に落ちていく。


………そうだ。

話、話をしなくちゃ。

俺らは戦いに来たんじゃない。

魔王の生存の確認。

これが最優先なんだから。

目的を再確認し、俺は思いっきり息を吸いドグに向かって叫ぶ。


「一発こーーい!!!」

ドグは少し目を見開いた後、こくりと頷く。

さすがドグ察しが良い。

俺はドグが生み出す衝撃に備える。

腕輪とピアスが壊れないことを祈る。


ドグは素早く馬牙芽の足元を抜け、馬牙芽が見える位置まで出てくる。

馬牙芽はドグを踏み潰そうと足を振り上げる。

ドガン!!!!


ビキビキビキと地面にヒビが入り、俺の周りの土が脆くなる。

ナイスアシスト!

俺は一気に上半身に力を入れ、地面から抜け出す。


やっと地に足がつく。

腕輪とピアスに触れるが問題はなさそうだ。

ひとまず安心。

俺は改めて馬牙芽を見る。


脚四箇所ずつ、毒針。

心臓、首元の二箇所。

動きを見るところこの巨体にはまだ毒は回りきっていないらしい。

だけど、動きは確かに鈍くなっている。


様子を伺うように馬牙芽はこちらを見ている。

警戒してくれてるらしい。

俺はふぅと、ゆっくり息を吐く。


パナ、俺の叔母から教えてもらった精神統一の方法。

深呼吸。

のちに、目を閉じ、風の音を聞く。

体から感じ取る音、光、熱、全てを意識する。

そして、ゆっくり目を開く。


不思議なくらい周りは静かに映る。

俺は足に力を込め、勢いよく地面を蹴る。


目で終われないようにできるだけ早く、一発で仕留められるように、走る。


馬牙芽の前脚を駆け上がるように上り首元までくる。

首元にしがみつき、思い切り拳を振りかぶる。

アンロがあり得ないというように顔を歪めているのが見えた。

ドォォン!!!!

激しい音を立てて馬牙芽が倒れ込む。


気絶するくらいの力には抑えた。

半魔の力は使っていないし。

ドグが心配しながら駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

「あー平気平気埋められた時はどうなるかと思ったけどな」

笑って答える。

ドグは少しほっとした顔をした後真面目な顔をして聞く。

「それにしても、あっけなかったですね。」

ん?

ドグが少し鋭い目をして倒れた馬牙芽を見る。

「僕の毒針は、微弱な魔力で強化されているものの、そんなに強いものではないですから。」

「大きさを抜いたら、タイガーより弱かったかもな」

それとも、弱っていた?

無理をして戦っていたのか?

倒れた馬牙芽のすぐそばにアンロ。

馬牙芽に必死に話しかけている。

「ねぇ、馬牙芽、ねぇってば。

なんなの、一撃って、ねぇ馬牙芽起きてってば」

ポロポロと涙を流す。

黒髪に影が落ちる。

「馬牙芽までわたしを置いてくの?」


ドグが小声で俺に聞く。

「気絶してるだけですよね、止めはさしますか」

俺はわざと大きな声で答える。

「俺たちは魔王について聞きたいだけだ。

だから、また馬牙芽が目を覚ましたらちゃんと謝って、とりあえず話したいって俺は思ってる」


赤く腫れた目がこちらを見る。

その顔には壊れかけた笑みが浮かんでいた。


「………勝手なやつ」

アンロは力が抜けたようにしゃがみ込む。

空を仰ぐ。

空は痛いほど青くすんでいて、アンロは空から目を逸らし俯く。


「8年前、まだ魔王の戦いが終わっていない頃、うちの村に魔族が逃げ込んできたの。」

俺は耳を傾ける。


「みんなボロボロだった。魔族も、人間も、お互いがお互いの命を心配してさらにここで戦争が起こりそうなくらいの雰囲気だった。

そんな時わたしの親が、魔族と村の人の間に立って、争いはやめよう、これから私たちが作るべきなのは助け合い生きる平和の未来だって言ったの。

わたしの親は村の人たちをなんとか説得して魔族達の体力が回復したら出ていかせることを条件にしばらく花道の洞窟に匿うことにした。

でもきっとそれを良くないと思う人がいたのね。


すぐに騎士団が来て、わたしの親を反逆者として魔族ごと殺したの。」


俺は上手く唾が飲み込めなかった。

喉が痛い。

暗く辛い瞳が俺を刺す。

「さらに、使えそうだからって理由でわたしのお兄ちゃんとお姉ちゃんを連れていったの。

わたしは小さかったし、才能も何もなかったから置いてかれた。

殺す価値もないって。

騎士団は、国は、わたしから全てを奪った。

正しさのかさを着て、違う正しさを着るわたしたちは悪として切り捨てた。

………だからいらないの。」


「平和な未来に、騎士団も、王国も必要ない。

国の犬達はみんな死んじゃえばいいの。

…………ねぇ、リュー」


アンロは涙を流したまま笑う。

「あなたは、国の犬なんでしょ?」

違う。

とは言えなかった。

俺は元々騎士団にいた。

今はやめているが、元騎士団長のググラに言われて魔王の居場所を探している。

俺は半魔だ。

呪いがある限り普通の人間としては生きられない。

俺は、アンロにかけるべき言葉を思いつくことができない。

シャボン玉のように、弾けてすぐに消える。

どんな言葉も、アンロには届かない。


俺は、どうすればいいかわからなくなった。


ピクリ。

馬牙芽の耳が少し動く。

意識を取り戻したらしい。

目をゆっくりと開ける。

「馬牙芽……」

アンロが優しく馬牙芽の額を撫でる。

びちゃ。

大きな口がアンロを噛んでいた。

ゴフッと血を吐くアンロ。

アンロは顔を動かし馬牙芽の瞳を見る。

「ばが、め?」


何をした。

何が起こった。

いろいろなことが起こりすぎて頭がうまく回らない。

アンロ、アンロがこっちを見ている。

鼻から血が出てる。

骨も折れている。

噛まれると同時に骨が折れる音がした。

助けなきゃ。

俺が?

俺がだ。

じゃなきゃ、もう俺は。

俺は必死に走り、馬牙芽の口を開く俺が出せる精一杯の力で口を開かせる。

ドグが遅れてアンロを馬牙芽から引き剥がす。

俺はアンロを離したことを確認してすぐにアンロの方へ駆け寄る。


浅い呼吸を繰り返している。

背骨も砕かれ、肺に穴が空いているのだろう。

嫌な予感が頭をよぎる。

「医療向けの魔具はないです、僕たちは魔法も使えないですし」

「うりゅうは?」

俺はうりゅうの姿を探す。

うりゅうは少し体をぴくりとさせて、首を振る。

魔族は魔法を使うことができるが、なんでもできるわけじゃない。

でも俺たち普通の人間は、その魔法すら使えないんだ。

俺は自分の無力さを呪う。

アンロが震えながら俺の手を握る。

そして口をぱくぱくさせ何かを伝えようとする。

アンロに耳を近づける。

「……馬牙芽じゃ、ない」

俺はアンロの目を見る。

アンロは目に涙を溜め、よく見えない目で遠くを見つめているようだった。

俺は馬牙芽の方を見る。

もう力尽きたのか倒れている。

今になってドグの毒針が効いたのか。

もう馬牙芽はぴくりとも動かない。

……気配がなくなった。

嫌な、禍々しい感じの魔力が。

悪寒がした。

あの嫌な感じの魔力。

俺は知っていた。

魔王だ。

あれは、魔王の魔力だ。

馬牙芽だと思っていたそれは魔王だった?

アンロを見ると弱い呼吸をしながら俺を見ていた。

アンロは教えてくれたんだ。

俺が知りたいと言った魔王のことを。

最後に。

ぼたぼた。

目から涙が溢れる。

やばい止まらない。

「ごめんアンロ、俺まだお前になんも、なんも言えてない……」

半魔の呪いのことも。

昔騎士団にいたことも。

俺の家族のこと俺自身のこと。

何も、俺は何も言ってない。

俺がアンロにとって嫌な奴だと知っても、どうすればいいかわかんなくて、ずっと悩んでたんだろう?


俺、なんにも気づけなかった。

今でも、どうすればいいか俺はわからない。


アンロがにこっと笑う。

「……嘘つき」



約束をした。

それは傷つけない約束。

だけど俺はそれを破り、馬牙芽は死んだ。

鮮やかな花畑の真ん中で、黒髪の少女は静かに眠った。


「リューさん……」

ドグは何かを言いかけるが口を閉じる。

俺は涙を拭き、立ち上がる。

「帰ろう、家に」



『なぜ馬牙芽を選んだ。あいつは弱っていた。人間と長く関わりすぎた。』

話が通じるやつがあいつしかいなかったもので。

『言い訳か』

オレはブンブンと首を振る。



『あいつは生かす、あいつはいい種になる』

オレには頷く選択肢しか残されていない。

バクバクする心臓をおさえて、オレは頷く。


まだ、この地獄は続くのか。

オレは嗚咽を飲み込んだ。

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2024年9月20日 11:00
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煌々 @ryu_ruru46

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