第5話キタイ

「ようこそ、ウシミツ村へ」

草原の先には小さいが一つの村があった。

村に行くと同時にオレとリューとドグは熱烈な歓迎を受けた。

まぁ、オレは袋の中に閉じこもって音だけでそう感じただけだが。

話によるとこの村は魔族の影響でなかなか人が寄り付かず、外から来る人間は珍しいらしい。

わいやわいやとリューとドグの周りに人が集まる。

「おにーさん達はどこから来たの?」

「ほっそいねぇ、ちゃんとご飯食ってるのかい?」

「何これー何これー」

ちらりとオレも顔を出す。

すると、

一人の少女が人混みをかけ分けて前に出る。

「はじめまして、わたし、アンロって言いますあなたは……?」

黒髪がきらりと輝く。

歳は14くらいだろうか。

ふん、ガキだな。

「俺はリュー、で、この青いのがドグ」

ドグが軽く会釈をする。

アンロはキラキラと目を輝かせながらリューの手を取る。

「わたし、村の外の人と会うの初めてなの!たくさんお話ししたいわ!」

「いいよ、しばらくこの村にいることになりそうだし」

アンロは言葉を聞いて目を輝かせる。

「じゃあうちに泊まっていかない?宿が必要でしょ?」

「え、ありがとう助かるわ!」

ずい。

二人の間にドグが割り込む。

アンロは一瞬きょとんとした顔をした後にまりと笑う。

「あら嫉妬?」

リューも乗っかりニマニマと笑う。

拗ねたようにドグはそっぽを向いてスタスタ歩き出す。

「ちょ、どこ行くんだよ!」

アンロが追いかけようとするリューを引き止める。

「そっちはちょうど家がある方向だから、案内してあげる!」

リューはアンロにつられてドグを追いかけて行った。

………オレを一人残して。

オレはこっそり村の人間から離れ、袋から抜け出す。

ぷはぁ。

袋の中は呼吸が苦しい。

スゥ、と空気を吸い込む。

ふぅ。

それにしても。

オレは眉間に皺を寄せて難しい顔をする。

……これは、面倒なことになってしまったかもしれない。




「すっごぉい!こんな食べ物初めて見た!」

「なんと、外はパリッとしているが中はぐちゃぐちゃなんだぜ!」

リューはトマトを切って中を自慢げに見せる。

アンロはパチパチと拍手をして喜ぶ。

何してるんだこいつらは。

オレは呆れながら窓から二人を覗く。

ドグはアンロとリューの間に入るように座っている。

だからこそトマトを切る時、汁は全てドグにかかる。

まぁ自業自得か。

ドグは何か言いたげな目をしながら飛んだトマトの汁を拭き取る。

そんなドグも気にせずどうでもいい自慢話が続く。

こいつアンロがなんでも反応してくれるから調子に乗ってるな。

本来の目的である北の魔族に会い、魔王の所在を調べることも忘れているだろう。

全く。

割って入りたいが、アンロがいる手前入れない。

アンロは嬉しそうに、にこりと笑う。

「本当に楽しい!やっぱり世界は広いなぁなんて思っちゃった」

「アンロも出てみればいいじゃん」

アンロはやんわり首を振る。

リューは不思議そうな顔をする。

「あの子を、一人にするわけにはいかないから」

あの子?

そう聞く間もなくアンロが立ち上がる。

「そろそろドグが嫉妬しちゃうからこれでお話会は終わりね」

「別に嫉妬してない」

はいはいと笑いながらアンロが扉を開ける。

「わたしはちょっと出かけるからどうぞゆっくりしていってね」

ばたん。

アンロが出ていったのを確認して、オレは窓から部屋に入る。

どうやらこの部屋が今日泊まる場所らしい。

机が一つと本棚が隅に置いてあるシンプルな部屋だ。

まぁ、そんなに綺麗ではない。

ドグが先にオレに気づく。

「リューさんうりゅう来ました」

「あ、よかったよかったごめんな!すっかりお前のこと忘れてた!」

リューもオレに気付き笑って謝る。

オレはふんと鼻を鳴らす。

「それにしても、小汚い部屋だな。あのアンロとかいう女の部屋なのか?」

「いや、元はアンロの姉貴が使ってた部屋らしい」

元は?

オレの疑問に答えるようにリューが説明する。

「なんか小さい頃は兄貴もいたらしいけど、親が死んだ後兄貴と姉貴が村を出て行っちまったみたいで今は一人なんだと」

ドグが真顔で突っ込む。

「急に重いですね」

リューは頭を掻く。

「まぁ、詳しい事情はわからないけど寂しいんだと思う。だから俺たちと話したかったんじゃないかな」

ドグは何か言いたげな顔をしてから口をつぐみ荷物を広げ始める。

全く人間はよくわからないな。

思い出したかのようにリューが呟く。

「そういえば、アンロって髪綺麗だよな」

「何言い出すんですか」

「いやあの黒見るとどうしてもさぁ、あれがよぎらね?」

「あぁ」

「「ガレイ」」

ぞわり。

嫌な顔が浮かぶ。

できればあの変人黒髪にはもう会いたくないな。

ろくなことがなさそうだ。




部屋を一通り片付けた後、オレ達は村で聞き込みをした。


「あーあいつには手を焼いているよ夜も眠れやしない」


「畑がねー時々荒らされてるのよ絶対あの魔族よ」


「花道の洞窟」


「あそこには誰も近づかないよ、なんせ」


「魔族が潜んでいるからね」



ドグは村人に聞いた話を紙に一通りまとめるとオレ達に見えるように体を起こす。

「こんな感じですかね、大体」

「なるほどな、とりあえず花道の洞窟って所にいるんだな!」

まぁ、そうだが、そんな簡単に言われると否定したくなる。

ドグは外をちらりと見る。

「もう遅いですし、捜索は明日にしましょう」

特に反対もなく、1日目の聞き込みは終わることになった。

コンコン。

ノックとともにアンロが入ってくる。

「あのさ、よかったらなんだけど、夕食一緒に食べない?」







パチパチ。

火を囲んで、リューとドグ、それにアンロはリューが持ってきたトマトを焼いて食べる。

特に会話をするわけではなく時間が過ぎていく。

オレはそんな三人を遠くから見守る。


ふとアンロが笑う。

「こうやって、誰かとご飯食べるの久しぶり」

リューがアンロに笑いかける。

「ここにいる間なら一緒に飯食えるぜ」

「ありがとう」

にこりとアンロは笑う。

しばらく火を眺める。

ぱち。

木が燃える。


赤く燃える木の枝がだんだんと炭になっていく。

「わたしたちって無力よね」

ふとアンロがつぶやく。

「え?」

アンロは燃え盛る火を見つめながら話を続ける。

「私たち人間は、魔具を使わないと火を起こすこともできない。だけど魔族は魔法でなんでもやれてしまう。」

熱々のトマトにかぶりつく。

じゅるりと中身のドロドロが出る。

手についたトマトをペロリと舐める。

「時々、この二つが協力すればなんでもできるんじゃないかって思うの。

まぁ、もう魔王との戦いは終わったんだけどね」

ぱちぱち。

がぶり。

「ねぇ、なんでリューたちは魔族について聞き回ってるの?」


リューは少し間を開けた後答える。

「俺何でも屋みたいなのやってて、困ってることを解決したりしてるんだ」

「………ふーん」

じゅわり。

アンロは最後の一口を突っ込み飲み込む。


「花道の洞窟の場所教えてあげようか?」

「え?」

「探してるんでしょ?村の人達から聞いた」

服の埃を払い、アンロは立ち上がる。

「わたし知ってるから、明日連れて行ってあげるよ」

リューは嬉しそうに目を輝かせる。

「ありがとう!」

アンロはにこりと笑い、リュー達に背を向ける。

「おやすみ」






次の日。

アンロに連れられてオレたちは魔族が住んでいると思われる“花道の洞窟”へ向かった。

家が密集する場所とは離れた方向へ歩き続けている。

人がと終わらない道なのか、けもの道という感じで足場がすこぶる悪い。

「……本当にこの道で合ってるんですか?道と言っていいのかも分かりませんが」

怪しむようにドグがじとりと前を歩くアンロを見る。

「もう少し歩けばひらけた道に出るわ」

……匂いが強くなってる。

同じ魔族の匂いを感じ取った。

ならばこの先にあいつがいることは確実だろう。

足元に気をつけながら歩き進める中、アンロが口を開く。

「……ねぇ、ずっと気になっていたんだけどその袋の中身って何?」

ぴくりとオレは少し反応する。

リューは袋に入ったオレをそっと背中に隠す。

「あーなんか魔具、みたいなのが入ってるだけだけど」

「うそ」

アンロは立ち止まり振り返る。

アンロは薄い笑いを浮かべていた。

「そこに入ってるの、魔族でしょう?」


アンロが足元をだんっと踏み込むと、足元にぽっかりと穴があき、吸い込まれる。

少しの浮遊感を感じた瞬間、さっきと同じようにまた足が地面につく。

衝撃でオレは地面とぶつかる。

いたい!!

袋から外の様子をそっと覗く。

うわぁ。

思わず声が出るほど、綺麗な花畑が目の前に広がっていた。

花畑の奥には小さな洞窟が見える。

「ここが、花道の洞窟?」

アンロが花にそっと触れる。

「そうよ、ここが馬牙芽のお家」

「ばがめ?」

リューが首を傾げる。

「北に住む、魔王軍生き残りの魔族だ」

オレの言葉にアンロは満足そうに笑う。

アンロは袋から抱き抱えるようにしてオレを出す。

「やっぱり、あなたも馬牙芽とおんなじ魔族なのね」

やめろ離せ!!

つい反射的に喋ってしまったのが悪かったか。

いやこの女、最初から気づいていた。

アンロは人形を抱きしめるようにオレを抱える。

まだ状況が飲み込めていないリューの前にドグが立つ。

「お前、魔族側か。どうりで嫌な感じがしたわけだ。」

ドグがアンロを睨みつける。

アンロはにこりと笑顔で返してみせる。

「ふふ、わたしね、初めてあなたたちに会った時、仲間が見つかったかと思って嬉しかったの。馬牙芽と同じような匂いがしてたから、すぐに魔族と一緒っていうのは分かった。だから仲良くなりたくていっぱい話しかけちゃった」

リューはわけがわからないという顔をする。

「馬牙芽って魔族と知り合いなのか?

アンロ、お前は何がしたいんだ?」

「昨日話した通りだよ」

アンロは首を少し横に傾ける。

「魔族との共生、それがわたしの夢。」


アンロは踊るように、無邪気な子供のようにくるくると花畑の中を回る。


「馬牙芽はわたしの大切なお友達」


「魔族なんて関係ない」


「馬牙芽はね、わたしに花の冠を作ってくれるの」


「食べ方は汚いけど、いつもとっても美味しそうに食べてくれた」


「大人は魔王との戦争をいつまでも引きずって馬牙芽を追い出そうとする」


「馬牙芽と向き合いもしないで」


足を止め、リュー達の方を見る。


「ねぇ、貴方達は馬牙芽をどうしたいの?」


リューは、まっすぐアンロの目を見て答える。


「魔王についての情報を聞きたい、用が終わったら帰る」


「……ほんとうに?」


「約束する」


アンロとリューの視線がぶつかり、

そしてはじける。


「絶対ね」


アンロはリュー達に背を向ける。

すぅ、と息を吸い込み、言葉とともに吐き出す。

「ばーーがーーめーー!!!!」

小さな体から発せられた大声が洞窟まで届く。

瞬間。

離れた距離からでもわかる禍々しい魔力は、どこか美しいとすら思える。

ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる気配にオレは何か嫌なものを感じる。

風で毛並みが揺れる。

高さ約3メートルくらいだろうか。

太く強い四本の足しか小さな俺たちには見えない。

あんな小さな洞窟にどうやって入ってたんだ。

魔法か?

見上げるようにして馬牙芽を見る。

馬牙芽は私を一瞥した後、アンロに顔を近づける。

「うわっ」

馬牙芽の小さな所作一つ一つが風を巻き起こす。

「馬牙芽、貴方にお客さん。

魔王について話を聞きたいんだって」

ぎょろり。

馬牙芽の眼球がリューに向けられる。

オレとドグは無視か。


リューはまっすぐ見返し、

少し首を曲げる。

「なぁ、俺あんたと前に……」


瞬間。

衝撃音とともにリューが地面にめり込んでいた。

何が起きたかわからずオレは目を見張る。

周りの花が散り、地面にリューが刺さっている。

不思議なのはリューがいてーと言っているだけですんでいることだ。

リューは地面から体を抜こうとするが、なかなか深くまでささって抜けない。

「やばいはまったわ」

アンロが慌てて馬牙芽をみる。

「何をしてるの?」

馬牙芽がアンロに顔を近づける。

「アンロ、こいつは私たちの敵だ」

アンロはしばらく固まったあと、ゆっくりとリュー達の方を向く。

「……たんだ」

ぽたり。

アンロのほおを伝って涙がオレに落ちる。

「二人とも、国側の人間なんだね」

アンロの顔にはもう笑顔はなかった。

ただただ悲しみのような憎しみのような感情が瞳に宿る。

「アンロ?」

アンロはオレを手放し、馬牙芽にそっと触れる。

「言ったよね。私の夢、魔族との共生。

この国は共生を許してはくれない、私たちの敵なの。」

馬牙芽がアンロを背中に乗せる。

アンロの口が動く。


バイバイ

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