第4話ドグとリュー

「リュー、ちょっと降りてきてくれない?」

下から声がして俺は目を覚ます。

まだ眠気が抜けない頭で言葉を処理する。

朝からなんだよ……。

なかなか開かない目をこすりながら、階段を降りる。

「おはようリューこれ朝食ね、あんたどうせろくにご飯食べてないんでしょ?」

下に降りるといい匂いがした。

パンに目玉焼きを乗せたやつ。

俺の好物だ。

ありがとう、と俺はマイカーさんからパンを受け取る。

パンを、半分にたたみ、早速口に突っ込む。

口をもごもごさせながら、マイカーさんを見る。

「で本題は?また卵か?」

「あんたしゃべりながら食べるのやめなさいって言ってるでしょ」

「ガキ扱いすんなし」

マイカーさんが後ろに目配せする。

マイカーさんの後ろを見ると仰々しく誰かが椅子に座っていた。

あの後ろ姿、まさか。

嫌な汗が流れる。

できるだけ余裕に見えるように歩いて、近づく。

「朝っぱらからなんの用だよ、ババァ」

ふりかえると、機嫌の悪そうな顔がこちらを睨め付けていた。

赤髪から覗く瞳がこちらを射抜くようにみている。

俺の叔母であるパナだ。

俺は幼い頃に父と母を亡くしているから、実質親みたいなものだ。

ちなみにパナは30年間独身だ。

「今朝、隣町で原因不明の建物の倒壊があったらしい。」

挨拶はなしですか。

オレはパンを飲み込み、答える。

「……被害は大丈夫だったのか?」

「町外れの廃墟だったらしい。その時間も夜遅かったからな負傷者もゼロだ」

「よかった」

イライラしたようにパナが机をダンと叩く。

あー壊さないで欲しいんだけど。

あまりの衝撃で目もすっかり覚めた。

「お前だろこれ、昨日隣町で何してた?」

俺はすっと目を逸らす。

そんな俺を問い詰めるように体を乗り出す。

「今日はずいぶん寝たみたいだね」

急に気持ち悪いくらい優しい口調に変わる。

ぞわぞわしながら答える。

「ちょっと夜更かししたかな」

「あーーそうだね、よっぽど遅くまでだらだら起きてたか激しい運動をしたか、もしくは両方かな?」

「…ちょっと眠いから二度寝してくる」

背を向け部屋に戻ろうとする。

が、

いつのまにか肩を掴まれていた。

強い力で、有無を言わさず座らされる。

「いてっ」

思いっきり椅子に尻をぶつける。

抗議の意味でパナを見上げると、

朝の暖かさも忘れるほど冷たい目でパナがこちらをみていた。

やべガチな時の顔だ。

「あんた、魔具を壊したね。

あたしを舐めるんじゃないよ、嫌な感じがぷんぷんしてんだよ」

今どきぷんぷんて。

オレは目を逸らす。

が、顔を掴まれ強制的に前を向かされる。

「こっちを見な」

俺は諦めて、昨日の出来事を話した。

手についたひび割れた腕輪を見る。

黒いモヤのようなものが腕輪を覆っている。

これは俺の象徴だ。



「振り向くな」

首に金属のヒヤリとした感覚が当てられているのを感じる。

後ろにいるであろう奴が呼吸を押し殺したまま、じっとただ俺の首元を狙っている。

獣のように、ただ殺意を込めて。

「見るなって言われると見たくなっちゃうけ、ど!」

がっと、勢いづけて振り返り、手元の武器をはたき落とす。

勘で当てたが、ビンゴ。

ばっちり武器は手元を離れる。

即座に遠くに蹴り飛ばす。

武器に気を取られている隙に懐に飛びこみ、地面に倒す。

地面に倒した奴は、何をされたか分かっていないようで長い前髪の奥の瞳を大きく開いている。

暗くてよく顔は見えない。

「お前が黒い狗?」

俺が聞いてもこいつは何も答えない。

黒い瞳はただ俺を、じっと見つめている。

獲物の隙をじっと狙っている獣のように。

俺は動かないように、手を押さえながら、他に何か武器を持っていないか確かめる。

「お前、いつからここにいんの?」

「……………」

無視、か。

まぁいいか。

男、黒く汚れた長い髪が顔を隠すように覆い隠している。

まさに黒い獣だ。

「街の奴らがこの道を通ると黒い狗に襲われるって騒いでたから、退治する為に来たんだけど、それお前だな」

「…………」

俺は蹴り飛ばした武器を指差す。

「この針、毒針だろ。何本仕込んでんのさ。」

「………………」

体を覆う黒い布からじゃんじゃん長く鋭い針が出てくる。

約15センチ。

しかもこの毒針、少し魔力がこもってるな。

だがこいつのものじゃない。

魔具か?

「………」

サァァァァ

葉と葉が擦れ合う音。

俺の呼吸音と、風の音が混ざり合い、夜の街に流れる。

………さぁどうしようか。

俺は隣町から黒い狗を捕まえてほしいってわざわざ頼まれてきた。

なんか殺されるみたいな目をしてるけど、

別に俺はこいつを殺すつもりはないし、ただ話を聞きたいんだけどな。

動くと逃げそうだしな。

さぁどうするか。


瞬間。

俺の手首に、黒い狗が噛みつく。

ぐっ!!

痛みが体に走る。

と同時に俺の拘束を解き、獣のように俺に突進する。

俺は咄嗟に腕をクロスしてガードする。

ガッ

背中を強く強打する。

まぁ、痛みはそこまでだけど。

俺はちらりと手を見る。

やば、ヒビが。

衝撃で腕輪にヒビが入っていた。

ズグン。

噛まれたのは右腕。

で、腕輪は左。

噛まれた腕を庇いながら左も庇うのはむずいか。

黒い狗は警戒するように俺から距離を取って黙ってこちらの様子を伺っている。

それは正解だ。

野生のカンってやつか。


自分の呼吸が荒くなるのを感じる。


心臓の鼓動が速くなる。


血が巡る。


出血のせい?


違う。


恐怖? 


違う。


これは、きっと。

「俺は……」

 

体が熱くなって何も聞こえない。


「俺は………獣じゃない!!」


突進。

避けろ。

避けなくては、体、動かせ。

あ、

勝手に、手が動く。

 

避けてくれ!!

黒い狗よりも、深い黒い黒い暗い闇がオレの腕を覆う。

視界が暗くなる。

「………ダメだ!!」

黒い狗が驚いたように目を見開く。

俺は無我夢中で腕を地面に強く叩きつける。

俺は力の止め方をまだ知らない。


衝撃音。

地面が抉れ、風圧で周りを強く揺らす。

ガラガラガラ

崩壊音。

それをきっかけに意識が途絶えた。




 

目を覚ますと、黒い奴は気を失っていた。

周りの建物は崩壊していて、木々だけが静かに立っていた。

血まみれの腕がずぐんずぐん痛む。

壊れた腕輪から薄く黒いモヤがかかっている。

………大丈夫だ、あそこまで黒くない。

俺は自分のボロボロな両腕を見てはは、と笑みをこぼす。

噛みつかれた右腕より左腕がボロボロってどういうことだよ。

ふと倒れている黒い狗に目を向ける。

無意識に手を伸ばす。

何か気配を感じたのか俺を避けるように立ち上がり、距離を取る。

警戒心が増しているな。

まぁ、そりゃそうか。

警戒する黒い狗に声をかける。

「お前、名前なんて言うんだ」

「………」

「名前、教えてくれよ。」

体を起こして向き合って座る。


冷たい風が頬を撫でる。

少し傷口がちくりと痛む。




「俺は………獣だ。ただ、獲物を殺す、獣」

俺は一瞬、それがこいつの声だって気づかなかった。

獣。

獣、か。

俺はこいつのことを何も知らない。

どんな思いで、なぜここで人を襲うのか。

髪から覗く瞳が悲しいくらい黒く見えた。


そうか、と俺は笑う。

「お前が獣なら、俺は、悪魔だな」

俺はポケットに入っていた、ハンカチを差し出す。

「血、出てるからこれでふけ。俺帰るから」

よろよろと立ち上がる。

さ、帰ろう。痛いし。

ふと、思い出し振り返る。

「あ、人襲うの禁止な。じゃないとまた来るぞ」

 

ちょうど月の光が差し込む。

黒い狗の姿が映る。

青い髪から覗く瞳は俺を見ていた。

「お前、顔見せた方がいいぞ。

そんなんじゃ何も見えねーぞ」







「………てんのか、………おい……聞いてんのかい!」

「いてっ!」

頭をばしっと叩かれる。

俺はパナを睨む。

パナは、ヒビが入ったリングと包帯が巻かれた腕を見て、顔を険しくする。

「だいたい状況は分かった。で、あたしになんか言うことがあるだろう?」

視線がぶつかる。

俺は視線に耐えかね、目を逸らす。

「大事な魔具こわしてすんまそ」

「このバカ!!!!」

ぶたれる!

俺は腕で頭を庇う。

が、何も攻撃はこなかった。

ちらりと片目を開く。

パナは自分の上着を脱ぎ、俺に羽織らせる。

「とりあえずこれでも羽織って腕をかくしな。」

「ちょっ」

ぐいっと顔を掴まれる。

「口開けな、うん出血はしてないね、手以外は特に大丈夫そうか……」

「ちょっと待ってくれよ、なになに」

パナはいつになく真剣な目で俺を見る。

睨まれるでも、責められるわけでもない視線に俺はどう反応していいかわからず顔を伏せる。

「リュー」

パナが俺の名前を呼ぶ。

「………何」

ほおを優しく包まれる。

少しざらざらした両手は意外に小さく、弱々しい。

「……無事で良かった」

俺はやっと迷惑と心配をかけたことに気づいた。

ごめんの一言をいう前に顔をぎゅっと潰される。

「もう無茶すんじゃないよ、早く手出しな。腕輪直すから」

はいはいと俺は腕を出す。


コンコン

「はーい」

気を利かせて別の部屋にいたマイカーさんが返事をし、ドアを開く。

少し混乱したように一言二言話した後、マイカーさんがこちらを向く。

「リューあなたにお客さんらしいわ」

ん?誰だろ

パナに一度許可を取り、ドアに近づく。

「………あ、黒い狗」

青髪をばつ印のピンで止めた黒く汚れた男。

軽く会釈する黒い狗。

これがドグとの初めての出会いだった。



「リューさん、着きましたよ」

ドグの声で目を覚ます。

魔馬が引く車の心地よい揺れで寝てしまっていたみたいだ。

周りを見ると一面草原が広がっていた。

真緑。

草のいい匂いがする。

うりゅうが前を指差す。

「この先の集落に北の魔族、馬牙芽がいる」

うりゅうはニタリと笑う。

「死ぬなよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る