国の思惑

やざき わかば

国の思惑

 この世界には、『剣の国』『武の国』『術の国』『芸の国』『商の国』という人間の治める国と、突如出現した、魔物たちが住む『魔王国』の、六カ国が存在していた。


 『魔王国』が誕生してすぐ、世界最大の軍事国家『剣の国』が攻め込んだことがあったのだが、二日で剣軍が追い払われて以来、膠着状態が続いている。


 人間側五ヶ国も、幾度となく協議を重ねているのだが、一向に結論が出ないままになっている。それもそのはず。


 『剣の国』の大軍勢があっさりと撃退されたうえ、兵士のほとんどが生きて捕らえられ、捕虜とされたのだ。これはつまり、『殺すまでもなく無力化できる』ことに他ならない。


 また、見た目が人間とはかけ離れているし、言葉での意思疎通は難しいと思われた。のこのこと話し合いに赴いたら、問答無用で殺されて食われるだろう。


 この日の五国間会議も、なんのプラスにもならずに終わった。


 それぞれの代表がそれぞれの国へ帰る。だが、『商の国』の代表者だけ、帰るふりをして途中で進路を変え、馬車を『魔王国』へと走らせた。


 普通に門番の前を通り、城の中の、魔王への謁見室へ通される。


「商の国の者よ、久しいな」


 低いがよく通る声が、謁見室に響き渡る。魔王の声だ。


「ははっ! 魔王様もご機嫌麗しゅう」

「よい。堅苦しい挨拶は抜きだ。して、例のものは持ってきてくれたか」

「こちらに。学術書に歴史書、魔術書、文学作品に娯楽小説、マンガなどなど、あらゆる書物をお持ちいたしました。大量なので、非常に重量がございますが」

「助かる。我々もこの世界に来てから日が浅いのでな。その場所を知るには、その場所の本を読むのが手っ取り早い。早速、城の図書館に寄贈しておこう」


 ホクホク顔の魔王に、商代表は恐る恐る質問を投げかける。


「それで魔王様。私の希望したものは」

「用意してある。武具が5000、魔法の杖が2000だったな。すこし色を付けておいた。質の良いものばかりのはずだ」


 商代表の前に、様々な品物が並べられた。経済には強いが、軍事が心許ない『商人の国』。しかしそんな弱みを他の人間国家に知られたら、どうなるかわかったものではない。


 だからこそ、最強の『剣の国』を簡単に退けた『魔王国』に取引を持ちかけたのだ。ここの軍事力は確かだ。しかも他の国が接近してくることもない。なにしろ、ここは「言葉が通じず、話し合いも出来ない野蛮な魔物たちが住む国」なのだから。


「どれもこれも、素晴らしい。魔王様、ありがとうございます。書物だけでなく、金貨も持ってきておいて良かった。こちらもお納めください」

「いやしかし、本と引き換えという約束だったはずだ。それは受け取れない」

「そんなことを言わずに。こちらは人間の通貨ですが、各国共通でございます。持っていれば、いつか役に立つこともございましょう。ぜひ、受け取っていただきたく」


 魔王が渋々、大量の金貨も受け取った。


「そうだ。ではその礼と言ってはなんだが、今夜は我が城で晩餐会といこう。ちょうど、質の良い食物と酒が手に入ったのだ。ぜひ、振る舞わさせてくれ」

「嬉しゅうございます。そのお申し出、喜んでお受けいたします」

「よし、決まった。しかし、私はこのあとも少々、用事が入っている。控室で待っていてくれ」


 通された控室は、豪華だが落ち着いており、嫌味がなく、さりげない華やかさの内装や調度品で仕上げられていた。そのうえメイドが二人、傍に控えて葉巻や酒など、様々に世話を焼いてくれる。


「贅沢だがそれを感じさせない。来客を緊張させないようにしているのだろう。我が国もこうありたいものだ。この魔王国との取引、なんとか続けていかなければ」


 がちゃ。


 控室の扉が開く。魔王様が来られたかと思いそちらに目をやると、先程まで共に協議をしていた『芸の国』の代表者と目が合った。


「え?」

「は?」


 両者、驚きのあまりしばらく固まる。


「き、奇遇ですな商代表どの。なぜこちらに? 拉致にでもあわれましたか」

「いやいや芸代表どの、それはこちらのセリフですよ。道にでも迷われましたか」


 それだけではなかった。次に訪れたのは『術の国』の術代表。その次が『武の国』の武代表。そして最後に『剣の国』の剣代表が部屋に入ってきた。全員、何が起きているのか理解が出来なかった。


「待たせてすまないな、皆の衆。では晩餐会を始めるとしよう」


 六人は大広間で、円卓を囲む。晩餐会という名の宴席が始まった。が、五人の代表は未だに事情が飲み込めないらしく、ぎこちない。


「どうだ、この肉は美味いだろう。芸代表が、わざわざ私に贈ってくれたのだ。こうやって皆と食べることが出来て嬉しい」

「え?」

「ん?」


 『武の国』が喉から手が出るほど欲しかった、『芸の国』直産の肉。さすがは芸術から料理まで、あらゆる文化を尊ぶ『芸の国』。生産される食材も一級品であり、栄養素も高い。


 体術が盛んで、基本的に武器の類は使用しない。よほどの場合のみ、暗器を使う程度という『武の国』は、武術家、暗殺者、盗賊、間諜などを数多く排出する国である。表立った軍隊はないが、軍事は全て特殊部隊が担う。


 文字通り、身体が資本の国。だからこそ、『芸の国』の産出する肉や野菜といった食材は、喉から手が出るほどほしかった。だが、それを直接申し出ては、弱みを握られることになる。


 ずっとそれで悩んでいたのに、こうもあっさりと『魔王国』に贈るとは。武代表は、やるせない怒りに押しつぶされそうになっていた。


「そうだ。『武の国』との交換留学制度によって、我が国にもたらされた体術、武術

、さらに体操なども、我が国民に広く知られるようになり、愛好者も少なからずいるようだ。感謝する」


 武代表は、急に話を振られたことに驚き、魔王に向き直る。


「こちらこそ、『魔王国』に伝わる体術を教えていただいて、感謝の極みでござる」

「は?」

「ん?」


 『術の国』は魔法や法術、ESPといった、「常識の理から外れた理」を扱うことに長けている。荒唐無稽かもしれないが、それらは古代から連綿と受け継がれた「理論」に裏打ちされた、立派な科学なのである。


 しかし、『武の国』には、「気功」や「禅」、「神楽」などという不思議な技が伝わっている。その真髄を知ることが出来れば、『術の国』の理論体系はさらに盤石なものになる。だが、それを直接申し出ては、弱みを握られることになる。


 ずっとそれで悩んでいたのに、こうもあっさりと『魔王国』と理論のやり取りをするとは。術代表は、自分で信じられないほどの怒りに満ち溢れていた。


「『術の国』からの、『日常生活に使える魔法一式』の解説書も、我が国の国民に大人気で、エネルギー問題もあっという間に解決出来た。こちらからの返礼は、それに見合ったものだろうか?」

「これは恐れ多い。頂いた魔法術式の体系、魔族の魔法学など、素晴らしい知識を与えてくださった『魔王国』には、感謝しかありません」

「ちっ」

「お?」


 前述したとおり、『商の国』は軍事が乏しい。剣技も魔法も、他の国に遅れを取っている。だからこそ、『術の国』の魔法にも注目してきた。しかし、もちろんそんなことは相談出来ない。だから『魔王国』から武器と杖を融通してもらったのだ。


「そうだ。商代表に譲った武器類だが、あれは元々『剣の国』からの贈り物なのだ。なので質の良さは保証しよう。魔法の杖もな」

「は?」

「え?」


 『剣の国』は名前の通り、軍事国家である。つまり軍事費によって常に国庫はカツカツなのだ。かといって国民の税金を上げるにも、限界がある。軍が主体となって、剣術大会や軍楽隊によるコンサートなど、イベントを行ってなんとか切り盛りしているほどだ。


 それに引き換え、『商の国』はとにかく羽振りが良い。商いが上手い。資源も豊富にある。きっと、金の面で苦労などしていないだろう。


 なら、『剣の国』からアプローチをかけて、なんらかの取引を行えば良いのだが、金がないなどと他国に知られると、名声も地に落ちる。『魔王国』に一度派手に負けているのだ。これ以上、恥を晒したくない。


 そして『商の国』は、贈られた武器類は『魔王国』のものだと信じていた。何故、『剣の国』のものを寄越したのか。これでは、軍備がままならないという弱点を、他国に晒すことになってしまうかもしれない。


「恐れながら魔王様。この武器は『魔王国』製ではないのですか」

「そうだ。我ら魔物は人間と違って、剣や杖を必ずしも必要とする個体が、あまりおらんのだ。いたとしても、我が国で鍛冶を営むドワーフ族で賄えてしまう」

 

 それを聞いた剣代表。


「では何故、おっしゃっていただけなかったのか。それでしたら、我が国の武器など押し付けなかったものを」

「いや。質が良いのは確かだし、うちでも使おうと思っていたのだ。だが、商代表の願いにも、答えてやりたくてな。それに、『剣の国』には我が国の剣士や職人たちが、剣や武器の技術を供与するためにそちらへ渡っているではないか」


 そう、『剣の国』は『魔王国』に負けてからすぐ、頭を下げて取引を持ちかけたのだ。負けたのであれば、自分を負かした相手にすら教えを乞う。強さへの飽くなき探究心である。


「は。貴国から来られた皆々様の技術、働き、知識には舌を巻く思いであります。こちらも、そのありとあらゆる全てを、吸収していきたい所存」

「けっ」

「あ?」


 『芸の国』があからさまに不満を表す。彼らの国は、芸事が盛んである。芸術、芸能、文学、建築、料理、農業、畜産。その多岐にわたる事柄の達人たちが、彼らの国にはうじゃうじゃ存在している。


 しかし、武器や防具は門外漢である。詳しい知識、ノウハウが伝わっていないのだ。『剣の国』に頼ろうにも、彼らは一度『魔王国』に負けているのである。


 ならば、『剣の国』より強い『魔王国』にすがるのは自然なことだ。今日、芸代表はその話を進めようとしていたのだが、なんと一度負けたはずの『剣の国』が、すでに技術供与を受けているのだという。


 単にタイミングの話であるだけだし、それに先客がいるからもう教われない。ということではないのだが、なんとなく気に入らない。


 それぞれの思惑がドロドロと絡まり合い、晩餐会はお通夜のような暗さと、闘技場のような闘争心が渦巻く場となってしまった。


 魔王が言う。


「そういえばお主等は、『魔王を含めた魔族は、言葉が通じず、話し合いが出来ない野蛮な種族』と申していたそうだな」


 五代表は驚いて身体を震わせる。なぜ知っているのか。


「こちらは精霊の部下もいるのでな。全て筒抜けだよ、お主等の話は。それはそれとして、少し思ったことがあってな」


 恐る恐る、魔王の言葉を待つ五代表。


「話が出来ていないのは、お主等人間たちのほうではないか。くだらんプライドやしがらみなど捨てて、一度本音で話し合ってはどうなのか」


 魔王の言葉に感銘を受けた五代表。


 そこから晩餐会は、五つの国の代表による、本音の話し合いの場となった。魔王はそれをしばらく見届けたあと、寝室へと戻っていった。満足げな、穏やかな笑みを浮かべて。


 そして数日後。人間側の五大国家は、人間同士が戦う戦争への狼煙をあげた。


 魔王はその様を見ながら一言。


「本音で話し合ったら、取り返しがつかなくなることもあるんだな。人間って、難しい」

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