3 妹のトラウマ

「目覚めはしたんですけど、なんか様子がおかしいんです」


 リーンがそういうと、シェリルはリーンにとびかかって叫んだ。


「様子がおかしいって、何がおかしいんだよ!」

「落ち着いてください」リーンは向かってくるシェリルの体を、背中に生えている翼で払いのけた(リーンの翼は全方向自由に動かせるのだ)。

「ちゃんと話をきいてください――まずフィリアは目覚めたんです。死んではいません」

「よかった……生きているなら、まだ……」シェリルは何とか冷静になったようだ。

「……でも、様子がおかしいって……」

「これは私の推測ですが、おそらくフィリアは……PTSD、だと思われます」

「PTSD!? ……そ、そんな、そんなわけ……いや、「あれ」がある……」


 シェリルは明らかに動揺している様子だった。同時に俺も動揺した。

 PTSD!? 言動からして何かしらの闇があるとは思っていたが、まさかそこまで深い闇があったなんて……思いもよらなかった。

 そう俺が思っているうちにシェリルは気を取り直し、今度はリーンから距離をとって叫んでいた。


「じゃあ、俺をフィリアのところにつれてってくれよ!」シェリルは懇願した。

「でも、入院してから1週間は面会はできないことになっていまして……」

「そんなのいいから! とにかく、私はフィリアに会いたいんだ!」

「だめです!」


 シェリルはまたリーンに向かって突進するがあえなく吹き飛ばされ、大きくしりもちをついた。

 

「い、いてて……」

「とりあえず、今はやめとけ」俺はシェリルに助言した。

「今行くのは危険だ。まだ日勤の看護師も働いているし、その中には人間排斥主義者のやつらもいる。ばれたら殺されかねない」

「だ、だが――」

「俺が何とかするよ。今日の夜にはこのラボでフィリアと会えるさ」

「え……?」

「俺がフィリアを退院させてやる」

「そうか、約束だぞ?」

「ああ、約束だ……リーン、行こう」俺はリーンに向かって言った。

「……この子はどうするんですか」


 そう言われて、俺ははっとなった。

 今のラボの「正式な」研究員は、俺とリーンしかいないのだ。リーンと俺がフィリアの所に行けば、シェリルはここで留守番となる。


「――いいじゃないか。見られたら困るものなんてないんだし」

「私がいやですよ……女であれ男であれ、私の部屋に入ってくる奴は絶対に許しません」


 うーん……リーンだけに行かせる?

 いや、俺のほうがフィリアのことを気にかけている(だってタイプなんだもん!)。リーンだけに行かせるのは、俺が我慢できない。


「……じゃあ、俺だけが行く? リーンはここでテレビでも見ながら見張ってて」

「えっ? まあ、いいですけど――」リーンはシェリルのほうをちらっと見る。

「――少しでも怪しい行動をしたら、どうなるかわかってますよね?」

「ひぃ……」シェリルはおびえた声を上げた。

「おいおい、子供にそんなこというなって――」俺はリーンに注意した。

「――じゃあ、俺、行くから。部屋番号はどこ?」

「救急病棟の203号室です」

「ありがと」


 俺はそういうと、エレベーターに乗り込んだ。


(過去について深入りはしない方がいいな……)俺はエレベーターの中でそう思った。


  ▽ ▼ ▽


 俺は受付に行き、受付のおばさんから面会の許可をとりにいった。

 おばさんは少し怪訝な顔をしていたが深入りはせず、俺は無事フィリアのいる203号室へとたどりつくことができた。

 203号室は4人部屋だった。

 フィリアは手前入ってすぐのベッドにもぐりこんでいた。


「フィリア」俺が言うと、フィリアはおびえた表情になって起き上がった。

「リーンさんはどこ? ていうか、なんで私の名前を知ってるの!?」

「シェリルから聞いたんだ……俺はロジャー・アリエス。この角と白衣を見ればわかる通り、魔族の研究員さ」

「ま、魔族って……お願い、殺さないで――っ!」

「大丈夫だって……俺は君のことが好きだから」


 そういうとフィリアの顔がぽおっと赤くなった。


「え、好き――? で、でも、それより、お姉ちゃんはどこ?」

「俺のラボだよ。今は居住区域でリーンと一緒にお留守番だ」

「ラボ!? もしかして、実験体とかにされたり――」

「それはないから、安心して」


 俺は(実際に顔を見たわけじゃないけど)満面の笑みを浮かべた。

 するとフィリアの顔から恐怖が消えた。どうやら、信用してくれたみたいだ――


「これからラボに連れてって、元気なシェリルの姿を見せてやるよ」

「本当? ――ていうか、ラボってどこ?」

「普通の職員が入れない、この病院の地下エリアさ」

「なら、そこに行けばお姉ちゃんと会えるのね?」

「そうだ――君が行くっていうより、俺がつれてくよ」

「ありがとう……魔族って、意外と優しいね」


 俺の予想通り、やはり人間界では「魔族は狂暴で恐ろしい生き物だ」と教えられているらしい。

 だが、ここでフィリアの誤解も解けるだろう。


「まあな……魔族は人間を憎む狂暴な生き物だ、というのは結局は人間側のプロパガンダにすぎないのか……」

「え? ……な、なんて言ったの? 今」

「なんでもない。ただの独り言さ」

「ふーん……」

「――話変えるんだけどさ、君はこれからどうしたいんだい?」

「え? ――そ、そんなの、選択肢が多すぎるよ……」


 フィリアの「選択肢が多すぎる」発言に、俺は(笑ってはいけないのに)笑いそうになってしまった。

 ちょっとこの子、アホの子要素あるな……

 よし、もう少しかみ砕いて説明するか。


「大きく分けて選択肢は2つある。このラボで一緒に暮らすか、それとも人間界に戻るかだ」

「……」フィリアは少し黙った。それから続けた。

「……お姉ちゃんは? お姉ちゃんは、どうしたいって言ってたの?」

「シェリルなら、ラボで暮らしたいって言ってたよ」

「……なら、私もラボで暮らす」フィリアは小さな声で言った。

「よし、そう来たか! ――でもその代わり、ちゃんと働いてほしいから」

「は、働く?」

「大丈夫だよ、そんな意気込まなくたっていい――荷物運びとか、そういった感じだ。そのかわり、ご飯と寝床と服を保証する」

「おおっ! それなら私、働きたい!」フィリアの目が輝いた。

「なら決まりだ! ――さっそくだが、ラボに行くぞ。忘れ物はないか?」

「うん!」

「よし、じゃあ行こう」


 俺はフィリアを連れて、シェリルとリーンのいるラボへと戻った。

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魔界研究所の人間姉妹〜人外科学者、どタイプを理由に双子を拾う~ あじゃぴー @seijo-ami

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