2 話したくない過去

 ラボにつくと、少女が私に向かって言った。

 

「そういえばお前さん、名前は何というんだ?」


 そういえば、名前を聞いてなかった。ついでに言うと自己紹介もしていない。

 まあいいか、ここで話そう。


「ああ、俺か? 俺はロジャー・アリエス。王立研究所の主任研究員だから、「博士」とでも呼んでくれ……こっちはリーン・カルドウェル、助手だ。君は?」

「……私はシェリル・タウンゼント。こっちは妹のフィリアだ」


 シェリルはリーンがおぶろうとしているフィリア(まだ気絶している)に視線を向ける。

 

「……フィリアは、どうするんだ?」

「王立病院のほうで寝かせておく。人間と魔族は体のつくりがかなり違うから、それぐらいしかできないが……リーン、この子をどっかで寝かせとけ」

  

 俺が指示するとリーンはフィリアをおぶって王立病院ロイヤル・ホスピタルへの連絡通路に向かった。


「大丈夫だろうか……」シェリルがボソッと言った。

「大丈夫。治癒魔法である程度は治ってるから」


 俺は励ましたが、シェリルの顔は暗いままだった。


「……話すのは客間でいい?」少し気まずくなったので、私は話を変えた。

「……いいよ」シェリルは答えた。


2「話したくない過去」


 俺は応接間へとシェリルを案内した。

 ほとんど使っておらず掃除もしていないので、部屋中ホコリまみれだ。


「全然掃除、してないが……いいか?」シェリルはうなずいた。

「じゃあ、あそこのソファーにすわって」


 俺は部屋の中心にあるソファーを手で指した。シェリルはソファーについたほこりを払おうともせず、そのまま座った。


「ハーブティーしかないけど……いるか?」

「いや、いい」


 俺はシェリルとテーブルをはさんで向かい合う形でソファーに座った。


「さあ、話を聞こうか……どうして魔界に行こうと思ったんだ?」


 魔界への入り口は、人間界に存在する霊峰「オービル山」の洞窟の中にある。

 1000年前魔族が封印されたときは、オービル山には聖職者や大魔法使い以外の一般人は入れなかったはずだ。

 今はどうなっているかしらないが、この子たちに何かしら闇があるのは間違いないだろう。


 シーン。しばらく沈黙が続いた後、シェリルが口を開いた。


「それは……話したくない」

「……どうして?」

「話したくないんだ! とにかく……これ以上聞くのはやめてくれ」


 シェリルは「絶対無理!」という顔をしている。

 そのあまりの形相に、俺は聞くのを遠慮した。


「……じゃあ、話を変えよう。未来の話だ。君はこれからどうしたいんだい? 人間界に帰りたいのか、それとも魔界で暮らしたいのか」

「……住ませて、くれるのか?」

「うん! 私も、人間を育てたいんだ」


 そういうとシェリルはまた泣き出してしまった。


「すまない、すまない……守られてばっかりで……」

「そんな……守られていいんだよ……」


 俺はポケットからティッシュを取り出した。

 

「ほら、ティッシュだよ」

「あ、ありがとう」


 シェリルはティッシュで目の周りを拭いた。そのあとは泣かなかった。


「それで……住ませて、くれるのか?」

「うん、確か部屋が2つ空いてたはず……だから別々の部屋でも行けるよ」

「そうか……」

「え、嫌?」

「いや大丈夫――ちょっと不安なだけだ」


 見た目は小学校中学年ぐらいなのに、とても大人びている。

 きっと人間界で凄惨な暮らしを送ってきたのだろう――どんな生活かは予想がつかないが、何となくそう思った。

 

「その空いてる部屋ってのはどこにあるんだ?」

「今から案内するけど、その前に条件がある」

「条件?」

「まあ簡単なものが、2つだけだ。一つ目は、この研究所の手伝いをすること。まあ大丈夫、そんな難しいことじゃない――荷物運びとか、そういったレベルだ。もう一つは、この研究所からは絶対に出ないことだ」

「なんでだ?」

「――残念なことに、魔族の中には「落ちてきた人間は真っ先に殺すべき」と言っている連中がいるんだよ……代表格は国王陛下だ」

「国王陛下!?」シェリルは明らかな驚きの顔を見せた。

「大丈夫か、それ……私をかばっていることがばれたら、お前たちも処罰を食らうと思うが」

「大丈夫だよ。最悪の場合実験体にするとでもいえばなんとかなるから」

「……やっぱり実験体にするんじゃないか」

「それは最悪の場合だって」

「というか、どうしてそんなことをしてまで私をかばうんだ? お前ら側のメリットは何もないのに」

「それは……」


 俺は少し迷った。さすがにここで「タイプだから」とは言えないな……

 仕方がない、俺は事実を織り交ぜた嘘で乗り切ろう。


「俺は人間が好きだからだな。俺は一度だけ人間を見たことがあるが、とっても愛くるしかった……もう死んじまったがな」

「え……?」

「それに俺、寂しがり屋なんだ」

「……リーンがいるじゃないか」

「……リーンは小言ばっかり言うからさ、話してたら疲れちゃうんだ」

「私も小言は言うが」

「それぐらいは大丈夫だ。リーンはレベルが違う……まあとにかく、行こう」

 

 俺はそう言ってホールへのドアを開け、シェリルもそれに続いて出ていった。


  ▽ ▼ ▽


 俺はリーンに向けて居場所を伝えるメモを残して、「居住区域」へと続くエレベーターに乗り込んだ。

 居住区域とは、その名の通り俺とリーンが生活しているところである。

 ラボは王立病院の地下にあり(ここでの地下とは「外からは見えない」という意味である)、全部で6つの階層から成り立っている。

 居住区域は地下四階にあり、エレベーターか非常用階段でいけるが、テレポートで疲れているのにわざわざ非常用階段を使う理由はない。


「……本当に、大丈夫なのか?」シェリルは不安と恐怖を笑顔で取り繕った顔をしていた。

「大丈夫だって……安心して、俺は君のことが好きだ」


 俺は満面の笑みで告白した。


「……黙れこのロリコン」


 シェリルはそう言ってそっぽを向いたが、顔が赤くなっているのが横顔からでもわかった。

 そんなことをしているうちに、居住区域についたようだ。

 エレベーターが開いてまず見えるのは、リーンがわざわざ自分で壁紙を張ったり、家具を揃えたりした(場所柄業者をよべないのだ)きれいなリビング兼ダイニング。

 このリビングから3方向に通路が伸びており、個人それぞれのスペースにつながっている。3方向もある理由は、昔たくさん研究員がいたときの名残だ……今は俺とリーンしかいないが。


 俺は3方向のうち一つの通路の、いちばんリビングに近い空き部屋にシェリルを案内した。


「今日からここが、君の部屋だよ」


 俺はそう言ってドアを開けた。途端に、ほこりの香りがドアの向こうからあふれだしてきた。


「全然掃除してなかった……掃除機持ってくるから、ちょっと待ってて」


 そういって俺は日用品倉庫からワイヤレス掃除機と雑巾をもってきた(最新技術を開発するラボには似合わないアナログ的な道具だが、それでも万能掃除アイテムの魅力にはあらがえないのだ)。

 だが、シェリルは俺が持っているワイヤレス掃除機を見て、驚いた顔をした。


「……これが、掃除機なのか?」

「そうだが」

「コードはどこにあるんだ?」

「コード? これ、コードレスだが」

「コードレス? 魔界にはコードのない掃除機があるのか?」

「まあ、そうだが……人間界にはないのか?」

「ああ、人間界じゃ掃除機はコードにつなぐのが普通だ……魔界の技術は、進んでいるんだな」


 どうやら、人間界の技術レベルは魔界よりかなり低いらしい。

 コードレス掃除機がないということは、スマホとかもないのだろう。

 今になっては、スマホがない生活など考えられないが……


「そうか? すまないが、俺たち魔族は今の人間界を全くもって知らないんだ……結界があるから」

「ふーん……あ、博士は雑巾をやってて」


 そういうとシェリルはコードレス掃除機を奪うように持っていき、電源を入れて床のほこりを吸い始めた。


  ▽ ▼ ▽


 15分ほど掃除すると、ほこりまみれだった部屋はあっという間にきれいピカピカになった。

 家具もなかったので、俺がベッドと机を倉庫から持ってきた。

 ビフォーの写真とアフターの写真を見比べてもいいぐらいきれいになった自信がある。

 掃除道具ロッカーに道具を入れ終わったところで、リーンが王立病院から戻ってきた。時間がかかったのは、入院手続きとかがあったからだろう。


「お帰り、リーン……フィリアはどう?」

「そ、それが……目覚めはしたんですけど、なんか様子がおかしいんです」

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