色づきつづける銀杏

藤泉都理

色づきつづける銀杏






 はらり、はら、はら。

 はらりはら、はら。

 ぽて、て、てんてん。


 今年も季節は巡る。

 きちんと確かに、巡り廻る。


 黄色に染まった銀杏の扇形の葉が落ちていく。

 山吹色に染まった銀杏の円形の実が落ちていく。


 はらり、はら、はら。

 はらり、はらはら。

 ぽてて、てんてん。てん。






 放生会ほうじょうや

 春の博多どんたく・夏の博多祇園山笠とならび博多三大祭りに数えられる筥崎宮放生会は「万物の生命をいつくしみ、殺生を戒め、秋の実りの感謝する」お祭りです。その起源は「合戦の間多くの殺生すよろしく放生会を修すべし」という御神託によるもので、千年以上続く最も重要な神事です。また、一年おきに福岡市無形民俗文化財指定の御神幸(御神輿行列)が行われ、七日間の期間中は参道一帯に数百軒の露店が立ち並ぶ、九州随一の秋祭りです。


 放生会供養祈願祭。

 私たちの生命は、他の生命の犠牲の上に成り立っています。日頃は意識することは少ないですが、これら物言わぬ生命のおかげで、私達は生かされています。筥崎宮・放生会供養祈願祭は、あらゆる生き物の霊を慰め、感謝の気持ちを捧げるとともに、さらなる商売繁盛、家内安全を祈る神事です。期間中は、やむを得ず殺生した生き物や、家族同様に生活したペットなどのみたま祭りなどを受け付けております。


『日本三大八幡開運勝利の神 筥崎宮のHP』より参照。






 死者の霊魂を呼び寄せ、召喚した霊魂から知識を賜り、その知識から吉凶を読む者、ネクロマンサーは、普段は死んだ魚のように光を一切合切吸収している濁った眼から、些かの輝きを放っていた。

 今年もまた、足を踏み入れたのである。

 九月十二日から九月十八日まで、福岡で行われている筥崎宮の放生会へと。


「鳩みくじ、仲秋大祭放生会限定クリア御朱印、新生姜、社日餅やきもち、飲食露店、縁日露天、お化け屋敷に見世物小屋。ふぅ~ふふふ。残念ながら、硝子で創られた玩具、息を吹きかけると、ちゃん、ぽんと鳴る放生会ちゃんぽんは販売されてはいないが、筥崎宮おはじきは販売されているとのこと。情報の洪水に吞まれ塵芥となることなく、すべからく掌握した。今年もよくやった、わし!これで今年も全部まとめてゲットだぜい」

「耳に胼胝ができたましたし。今年の六月二十一日時点で、筥崎宮おはじきは初穂料が一万三千円の額装しか販売してないらしいから止めておけばいいのでは?」

「ふぅ~ふふふ。わしが何の為にネクロマンサーとして、教会からの依頼をすべからく受けて金を稼いできたか。わかっているかね?弟子クン!」

「あ~はいはい。この放生会で散財する為でしょ」

「へいその通り!さあって。まずは本殿・拝殿に行って、お参りを済ませてのち、社務所に行って、鳩みくじと仲秋大祭放生会限定クリア御朱印と筥崎宮おはじきをゲットして、露天通りに戻って新生姜、社日餅やきもちもゲット、一週間という短い期間をかけてすべての飲食露店、縁日露天、お化け屋敷に見世物小屋を網羅するぞ弟子クン」

「え?」

「え?」


 ネクロマンサーは目を大きく見開いてのち、ゆっくりと瞬いた。

 隣に居たのは、参道を共に歩いているはずの弟子ではなく、見知らぬ人間だったのだ。


「えっと」

「失敬。お坊ちゃん。わしとしたことが。連れ合い人を見失ったようだ。ふぅ~ふふふ。探しに行くか」


 戸惑う見知らぬ人間に、ネクロマンサーはウインクをしては懇切丁寧に対応した。


「あ。社務所に行って事情を話せば、アナウンスしてもらえるはずですよ」

「ふぅ~ふふふ。助言感謝します。でも一度戻って探してみますよ」

「そうですか。見つかるといいですね」

「はい」

「それじゃあ、失礼します」

「はい。ありがとうございました」


 小さくお辞儀をして去って行く見知らぬ人間に手を振ってのち、ネクロマンサーは過ぎ去りし道を戻って行った。


「弟子クン。金魚すくいがしたいのか?」


 十分後。

 金魚すくいの屋台の前で立ち止まり、金魚すくいをしている人たちを立って後ろから見ていた弟子にネクロマンサーは話しかけた。


「いえ。昔、母親に止められたことを思い出しまして。飼育できないんだから止めなさいって。嫌だって泣き喚いても折れてくれなくて。私も意地になってもらっていたお小遣いを屋台のおっちゃんに投げつけて、やるって言ったんですけど。母親が屋台のおっちゃんからお小遣い分を取り返して、スーパーボールすくいの屋台まで私を引きずって、これにしなさいって、屋台のにいちゃんに小遣いを投げつけたんですよ」

「うん。そうだったね。そういえば、一年に一回、聞いたような聞いてないような気がするよその思い出話。投げつけなくて普通に渡せばいいじゃんって、毎回思っていたような気もする」

「ええ。そうですね。でも全部一円玉だからそんなに痛くはないと思いますよ」

「うん。そうか。数えるのが大変だね。って思ってもいた気がする。それで、スーパーボールすくいで我慢したんだっけ?」

「いえ、ヨーヨー釣りで妥協しました。夢中になって遊んでいたんですけど、地面に叩きつけちゃって、割れちゃって」

「うんうん。祭りあるあるだね。やりたいならやればいいよ。金魚すくい。金魚の飼育に精通している死者を呼んで、飼育方法を教えてもらえばいいし」

「いえ。いいですよ。今は別の生物の飼育で手一杯ですから」

「へえ。キミ、何か生物を飼育してたっけ?五年くらい一緒に居るけど、見たことないなあ」

「………」

「え?何?わし?わしを飼育してるの?」

「ええ。面倒な道に足を踏み外さないように、目下飼育中です」

「え?まじ?だったらさ。キミのお金もわしのものってことで遠慮せず豪遊していいってことだよね?」

「安心して豪遊してください。私、宵越しの金は持たない主義ですので。ゴチです」

「え?え?え?なに。なになになに?わしがキミの分も奢れって?」

「毎年、ゴチになります」

「………あ~そっか。そういえば。この時。くらい。か。キミに奢るの」

「はい。この時以外のあなたの財布の紐はきっちり閉められているので。ゴチです」

「うんうん。まあ。いいよ。奢る。だから、もう離れないように。探す時間が惜しいから」

「ああ。すみません」

「しかし、すごい熱気だ。異常気象に加えて、この人だかり。先にかき氷。いや。だめだ。お参りをしてから。お参りを………弟子クン。ここは、しょうがないですねと言って、わしの手を引いて、本殿・拝殿に行くところでしょうが。何を一人でかき氷を食べちゃってんの?」

「食べないと熱中症で倒れちゃいますよ」

「キミは倒れないでしょうが」

「この異常気象です。私ほどの体力莫迦でも熱中症で倒れる可能性は大です」

「キミほどの体力莫迦でも倒れる可能性があるなら、わしほどのひょろ人間はもっと倒れる可能性があるじゃないか?」

「ええ」

「………ふぅ~ふふふ。キミ。わしの飼育者のくせにいけないなあ。甘言で惑わすなんて」

「いえどちらかと言えば、厳言だと思うのですが」

「ふぅ~ふふふ。いやいやいや。このわしが異常気象如きに負けるネクロマンサーだとお思いでか?わしは負けぬ。待ち望んだ恒例行事をスケジュール通りにこなすんだい!」

「あ。離れるなって。自分から言ったくせに」


 弟子は器用に人の合間を縫って駆け走るネクロマンサーの背中を見ながら、しょうがないと一気にかき氷を食べ干して痛む頭を抱えながら追いかけようとしたその時。

 眼前に一枚の銀杏の葉が舞い降りてきた。


「あなたが私の人生に入り込んできて、もう、五年。かあ」






 はらり、はら、はら。

 はらりはら、はら。

 ぽて、て、てんてん。


 今年も季節は巡る。

 きちんと確かに、巡り廻る。


 黄色に染まった銀杏の扇形の葉が落ちていく。

 山吹色に染まった銀杏の円形の実が落ちていく。


 はらり、はら、はら。

 はらり、はらはら。

 ぽてて、てんてん。てん。






 銀杏の花言葉は「長寿」「鎮魂」「荘厳」






「あなたに似合いの植物ですよね」


 器用に人の合間を縫って戻ってくるネクロマンサーを見て、しょうがないと弟子は駆け寄ったのであった。











(2024.9.12)



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色づきつづける銀杏 藤泉都理 @fujitori

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