運命とは存在するのだろうか。

@su-pi-man

第1話

 「運命」なんてものは存在するのだろうか、と思考をめぐらせながら、重たい足を前に出し続ける。すでに、ずっと前に、結論は出ているというのに。しかし、僕はそれを認めたくなかった。

 

 

 今日はまだ六月になったばかりだというのに暑い。歩道は生徒で密集していて、余計に暑さを感じてしまう。明日から夏用のズボンにしようかと思いながら、信号が変わるの待つ間に素早くハンカチで汗を拭く。信号が青になり、密集から抜けようと少し急ぎ足になった。

 そのとき、僕の体を何かの影が覆う。後ろの甲高い悲鳴、を掻き消すほどのエンジン音。右を向くとまずナンバーが見えた。そしてゆっくり、のはずはないがだんだんと僕に迫ってくる物体の全貌を見る。トラックだ、と認識した瞬間に、鈍い音、衝撃が伝わる。高校生に成長したばかりの体は、もちろん、トラックに耐えうる体ではない。僕の体は宙を待った。

 これが、僕の「運命」だったのだろうか。

 

 今日はまだ六月になったばかりだというのに暑い。歩道は生徒で密集していて、風当たりも悪く、余計に暑さを感じてしまう。先ほど、明日から夏用のズボンにしようかと思ったのだが、クリーニングに出していないので無理だな、と素直に諦めつつ、信号が変わるの待つ間に素早くハンカチで汗を拭く。信号が青になり、密集から抜けようと少し急ぎ足になった。

 が、その足をふと止めた。。そのすぐ前を、まさに目の前を猛スピードでトラックが横切る。半歩でも体が出ていたら、衝突していただろう。周囲で驚きや不安の言葉が飛び交う中、僕は動じることなく横断歩道を渡る。

 「運命」なんてものは存在しないのだと、改めて認識した。

 

 教室に入るとほとんどの生徒は予鈴すらなっていないのに、席に着いていた。入学して二ヶ月が経つが、クラスのコミュニティは正直よろしくない。スマホを見たり、勉強したりして、一言も喋ろうとしない生徒が多い。一方、グループをすでに形成し、大声で楽しそうに喋っている生徒の姿もある。ちなみに、僕は前者だ。自分の席に着くと、慣れた手つきで本を取り出し、読み始める。僕は昔から本を読むのが好きだ。物語の内容はどれだけ過去に戻っても変わることはない。そういう僕の意思に関わらず、不変であり続けれるというところが魅力的だ。

 本鈴が鳴り、先生が教室にのっそりと入ってくる。動きが遅く、またゆったりとした口調で、会話をするにもワンテンポ遅れて喋ることから、回線が遅い先生、「カイ先(線)生」と生徒の間では呼ばれている。

「出席確認するぞ〜。いないのは、緒方だけか?」

 と言い切ると、待ってましたと言わんばかりに扉が勢いよく開き、緒方が教室に入ってきた。。

「すみません!自主練してて遅れました!」

 爽快感あふれる声で謝るので、くすくすと笑いが起きる。緒方は人柄がいい。誰にでも気軽に話しかけるし、気配りもできる。おまけにスポーツ万能、中学時代に陸上で全国に出ているらしい。彼はクラスの中心人物になりつつある。。

「じゃあ、全員揃ったところで大事な話があります。」

 相変わらずテンポの遅い喋りだが、その声は緊張感を帯びた。

「今朝、うちの生徒が信号無視したトラックと衝突し、病院に運ばれました。みなさん、信号が青だからと言って安心せず、しっかりと周りを確認して登校するように。」

 僕は次のページをめくろうとしていた手を止めた。ある考えが浮かんできたからだ。その事故は、自分がトラックを避けてしまったから起きたのではないだろうか。そう考えると、自分がその生徒を怪我させたようで後味が悪い。トラックの痛さを実際に味わっているのだから、なおさらその生徒に同情する。

 仕方なく、また自分は過去に戻った。

 

 家を出る前に戻った僕は、自分が今朝通った交差点からさらに一つ進んだ、事故現場になるであろう交差点に向かって走った。何度も言うが、六月とは思えないほどの暑さで、走ると汗がとまらなかった。息を切らしつつ、交差点に到着した。あの暴走トラックがあのまま走ってくるなら、事故はこの横断歩道で起きるはずだ。信号機の側で待機する。誰が衝突してしまうのか注意深く周りを見渡す。すると、一人の女子生徒に目が止まった。自分の後方から長い髪をなびかせながら、自転車で向かってくる。右方向を見ると例のトラックが破竹の勢いで迫ってきている。事故に遭うのはこの子だと、瞬時に分かった。彼女の視点からでは建物で死角となりトラックの姿は見えない。どのようにして自転車を止めようかと考えているうちに、気づけば彼女はもう目の前に来ていた。とっさに僕は彼女のハンドルを握る腕を掴み、強く引っ張った。自転車の転倒する音と短い悲鳴が聞こえた。彼女を引っ張った勢いでぐるんと一回転してそのまま二人で倒れ込んだ。それと同時に背後でトラックが通り過ぎた。

 彼女は唖然として、トラックの後を目で追っていた。何が起きたのか把握できていないようだ。確かに、知らない男子に唐突に自転車から引きずりおろされるなんてどう考えても理解できないだろう。僕は起き上がり、「怪我ないですか。」と聞きながら彼女に手を差し出す。驚きすぎて喋れないのか、ただ頷くだけで、僕の手を取る。小柄な体で、身長は僕よりも十センチメートルほど低く、今回はしっかりと手を握り、体を引っ張って起こしてあげると、わたあめを持つような気分がした。この人がトラックに当たっていたらと思うとゾッとした。そして、彼女が自転車を起こしている間に何も言わずに自分はまた学校に向かって歩き始めた。あ、あのー、という彼女の呼びかけにも聞こえないふりをしてそそくさとその場を去った。

 本日三度目の登校であった。

 

 教室に入ると、本鈴が鳴った後に来るはずのカイ先生の姿がすでにあった。そして、本鈴が鳴り、先生はお馴染みの口調で出席確認を始める。

「いないのは緒方だけか?」

 と聞くが、ここでも先ほどとは違い緒方は登場しなかった。

 こういう複数の人間の行動が若干違っているということは、過去をやり直すとよく発生する。どうすると行動が変わるのかはよく分かっていない。

 また事故が起きたという報告があるのではないかと緊張していたが、そのような話はなく、無事に朝礼は終わった。が、ほんの少し残念な気持ちもあった。また退屈な時間だけが過ぎていくのだなと。

 もう何が起きているのか分かっただろうが、僕は過去に戻ることができる。そのことに気づいたのは、中学二年生の時だ。体育祭のリレーで首位を走っていたのだが、盛大にずっこけ、僕のクラスは最下位になってしまった。みんなからの目線が冷たく、もう一度やり直したいとひたすらに思っていたら、リレーが始まる直前まで時間が戻っていた。その日から僕は俗にいうタイムトラベルができるようになったのだ。

 

 

 暴走トラックから数日が経った。最後の授業が終わり帰る準備を始める。

「この後男子でカラオケ行こうぜ。いける男子集まれい!」

 と緒方が松葉杖を振り回しながら、教室中に響き渡る声で呼びかける。どうやら練習中に足を骨折してしまったらしく、現在松葉杖を使って歩いている。練習できずに落ち込むかと思っていたが、案外そうでもないようだ。

「へいへい男子ノリが悪いなー。星野は行かないのかー?」

 突然自分の名前が上がり、本を落としそうになる。

「あー、やめとくよ。」

 素っ気なく返事をし、教室を後にして、図書室に向かった。カラオケに行くよりも本を読みたかった。それにこの学校の図書室は利用者が全くいない。一人であの大部屋を貸し切って読む本ほど気分がいいものはない。

 しかし、今日はそんな僕だけの特別な時間を過ごせそうになかった。図書室にはすでに一人の女子生徒がいた。珍しいと思って見ていると、彼女もこちらを向き目が合う。あ、と互いに声が漏れた。先日の自転車の生徒だった。

 彼女は座っているテーブルから一つ隣のテーブルで、僕は本を読み始めた。十分ほど経ってからであろうか、すみません、と小さい声がした。僕はまたも聞こえていないふりをした。すると、今度はかなり大きな声で、すみません、と彼女は喋った。さすがに聞こえないふりは無理があると思い、彼女の方を向く。

「先日は助けていただきありがとうございました。トラックと激突しそうだったのを防いでくれたんですよね。」

 彼女の声はハキハキとしているが、小さかった。

「そんなつもりはないですよ。たまたまです。」

「しかし、あなたの行動はまるで私がトラックと衝突してしまうことが分かっていたかのようでした。なぜでしょうか。」

「…僕は過去に戻れるんですよ。だから未来であなたの身に何が起きたのかを知っていた、なんてね。」

 二人の間に沈黙の時間が流れる。冗談のつもりがまさか本当だと思ったのだろうか。

「いや、冗談ですよ。人が過去に戻れるわけないじゃ…」

 ふと、彼女を見ると、僕の話を聞かずに夢中になって何かを書いていた。何をそれほど熱心にと興味が湧き、そっと書いてるものを覗き込んだ。それは僕が見慣れているものだった。縦二十、横二十のマスの中に文字が次々に入っていく。その真剣さは僕の何かを惹きつけていく。彼女が書いていたのは小説だった。しばらく彼女は書き続けていたが、真横に僕がいることに気づき、書く手を止めた。

「あ、すみません、あなたの話も聞かずに無我夢中で書いてしまい…。」

「普段からこういうことをしているんですか。」

 書きかけの小説をまじまじと見つめながら尋ねる。

「そうですね。趣味としてよく書いています。いつもは家で書いてるんですけど、図書室の様子を書きたくて、今日は図書室で書いてました。」

 とまた書く手が動き出した。再び没頭する姿を見て、なるほど、これが天才というやつか。

「今、こうして書けているのはあなたのおかげです。」

「はい?」と彼女の顔を見ると彼女の目も僕をしっかりと見ていた。

「先日助けていただいた時に、これは話のタネになると思っていたのですが、構造が全く思い浮かばなかったんですよ。今日、あなたがタイムリーパーだとおっしゃって、物語の展開を創作することができました。ありがとうございます。」

 先ほどの小さい声の持ち主とは思えないほどハキハキとした口調だった。どうやら僕がタイムリーパーだとは本気で思っていなさそうだ。そうして彼女はまた執筆を再開した。僕はしばらく眺めていたが、また元の席に戻り、読書を再開した。

 そうして各々の時間を過ごし、下校時刻になった。彼女は道具を片付け、席を立った。それを見て、僕はずっと思っていたことを口にした。

「あの、あなたのその小説、読ませてもらってもいいですか。」

 それを聞くと、彼女の表情が笑顔になった。

「もちろんいいですよ!ぜひお願いします!ずっと読者の意見を聞きたいと思っていたんですよ。」

 と彼女は僕の両手を掴み上下に激しく振る。

「今は持ち合わせていないので、明日ここに持ってきますね。ではまた明日。お気をつけて帰ってください。」

 と僕が挨拶を返す間も無く勢いよく図書室から出て行った。と思ったら、すぐに戻ってきた。

「そういえばまだ名前を言っていませんでしたね。私は三年の大石月です。」

「あ、僕は一年の星野仁です。あの、また明日、図書室で!楽しみにして待ってます。」

 今度はしっかりと挨拶をすることができた。では、と彼女は今度こそ帰って行った。

 初めて、学校に行く楽しみができた。

 

 

「今日はミステリーです。またいっぱい意見をくださいね。」と原稿用紙の束を渡してくる。僕はそれを執筆している彼女の向かい側に座って読む。彼女の趣味を見て約一ヶ月、こういったことを続けていた。彼女の書いた小説を見ては、感想を述べ、意見を出し、彼女は何の文句も言わずにそれを聞き入れ、そうしてあれやこれやと話し合った。久しぶりに楽しいという感情に浸ることができた。

 過去に戻れるようになって、最初は楽しかった。何でも思いのままにでき、望んだ形の現実にしてきた。しかし、しばらくして楽しくなくなってきた。みんなは何事にも準備し、努力してそれに臨む。しかし、僕は何もしない。ただやり直しているだけだ。そうして、他人の優位に立つことにだんだんと気が滅入ってくるのだ。そうして何が楽しいのかわからなくなっていた。

 大石さんとの図書室での時間はそんな僕の鬱憤を隅々まで吹き飛ばしてくれる。彼女の書く小説は今まで読んだどの小説よりも面白く感じた。幅広いジャンルを彼女は書いており、そのどれもが面白かった。泣けるものあれば、苛立ちを感じるもの、爽快感あふれるものもある。彼女の創り出す世界は、僕に色とりどりの感情を与えてくれる。

「今日のも面白かったです。まさか主人公が犯人とは思いませんでした。でも、もう少し人物関係がはっきりしている方が衝撃をもっと伝えることができると思うます。」

「なるほど…。そうですね、関係性が分かりやすい方が誰が誰に対してどんな感情を抱いているかわかりやすいですもんね。毎度のことながら、星野さんの意見はとても参考になります。」

 彼女は僕の意見をすぐにメモする。自分の意見を参考にしてもらえることは僕の中の優越感を満たす。

「今書いてる方の進捗はどうですか。タイムトラベルの話、早く読みたいです。」

 というと彼女は両手で髪の毛を掴み、櫛で髪をとかすように手を動かす。

「いや〜、あまりよくないですね。軸は恋愛話で行こうと思っているんですけど、終わり方がイマイチしっくりこなくて。」

「どういうあらすじなんですか。」

「まず、男が江戸時代にタイムトラベルするのですが、そこである女性と運命の出会いをするんですね。」

 その言葉を聞いて、不満な気持ちが流れ出る。

「大石さんは『運命』ってあると思います?」

 僕は彼女の話を遮り、つい口に出してしまった。この疑問は僕の中で常に渦巻いているものである。彼女は少し考えてから、強い口調で喋る。

「私はあると思います。だってその方がいいじゃないですか。そうした神秘的な考え方があった方が世界が綺麗に見えます。」

「そうですね。確かにあった方が世界は美しいかもしれない。でも、もし、運命を捻じ曲げることのできる存在がいたとしたら。例えば、そう、まさにタイムリーパー。そのタイムリーパーによって大石さんの運命が意のままに操られていると考えると、運命なんてないのだと思いませんか。」

 彼女は僕の言葉を噛み締めるように頷き、またしばらく考え込んだ。そうして、五分ほど経っただろうか。僕がいらぬことを聞いてしまったと後悔し始めた頃、彼女はついに顔を上げた。

「確かに、私は自分の運命を操作されているのかもしれません。ですが私は『運命』を信じることができます。現に私が星野さんと出会ったことは運命だと思っています。例えそれが仕組まれたものだったとしても。なぜなら、操作されたと知る術がないからです。なので私はそのように操作されることも運命のうちなのだと思います。」

 そう言われて納得する部分とそれでもやはりと思う部分があった。実際に、本来なら僕と大石さんが会うことはなかった。僕がトラックを回避したことで、過去を変えたことで出会うことができたのだ。それでも、本人がそれを操作されたと感じないと、それも含めて運命なのだと考えているいうことに救われる思いがした。

 今まで僕は何人もの運命を変えてきたのだろうと思う。それが幸福につながるものもいれば、不幸につながるものもいただろう。でも、そうだ。元からそう決まっていたのだ。僕によって捻じ曲げられることもすでに決まっていたことなのだろう。

「…ありがとうございます。確かにそう考えると運命ってありそうですね。それを聞いて何だか救われた気がしました。」

「ふふふ、君は本当に不思議な人だ。本当にタイムリーパーなんじゃないかと思うよ。」

 図書室は、夕日で赤く照らされながら、二人の笑い声だけが響いていた。

 

 それでも、これは「運命」だと言い切れるのだろうか。

 次の日、本鈴が鳴るとカイ先生が見たこともないほど疲れ切った顔で教室に入ってきた。クラスの何人かは何かあったのだと気づく。

「えー、クラスのみなさんに大切なお話があります。緒方君が自殺しました。」

 ゆっくりと喋るのでみんな聞こえているはずだ。しかし、全員が心の中で聞き返したはずだ。あの緒方が、と。先生はゆっくりと話を続ける。

「彼が松葉杖を使っていたのを知っていますよね。実は、あれはただの骨折じゃありません。もう足を動かせないだろうと診断されていたのです。彼は陸上を続けることができないことに絶望し、帰らぬ人となってしまったのです。」

 クラスのみんなは信じられない事実を受け止めるのに必死だった。すると何人かが先生に質問を始めた。

「あいつ、練習中に怪我したって言ってました。でも練習中にそれほどの怪我ってするもんなんですか。」

「それもみなさんに話さないといけません。実は彼の怪我は、六月の初旬に交通事故で負ったものなのです。本人からは練習中での怪我ということにしてほしいと言われていました。」

 僕の中に黒く、重い渦が巻き起こる。汗がフツフツを湧き出てくる。僕は恐る恐る先生に尋ねた。

「か、関係ないことかもしれませんが、交通事故とは、その、何と接触したのでしょうか。

 先生は一度俯き、そして僕たちの方を見て言う。

「信号無視のトラックと衝突したそうです。」

 

 

「どうしました、星野さん。顔色が非常によくありません。」

 大石さんの声で正気に戻る。いつの間にか放課後になっており、僕は図書室にいた。僕が今日どのように過ごしたか全く覚えていない。

「く、クラスメイトが一人自殺したんです。」

「…それは辛いですね。でもあなたが気にすることはありません。別に原因が星野さんにあるわけじゃない。」

「違うんです!僕が、僕が緒方の運命を変えたんですよ!あいつは今年も陸上で全国に出て活躍するはずだった…。だけど、僕がそれを捻じ曲げたんです…。本当は僕が死ぬはずだったんです…。これは…、僕のせいで死んだも同然です…。」

 みっともないほどに涙を流しながらわめいた。きっと大石さんも何を言ってるのか分からないのだろう。しかし、大石さんはキッパリと言う放った。

「それは違う。言ったろう。そう捻じ曲げられることも含めて運命なのだと。だからその死を君が背負う必要はない。」

 そう言われると気持ちが和らぐ。

 しかし、僕の中ではすでに決意していた。なのに、自分はためらっているんだ。この図書室での、大石さんと過ごす時間が、なくなってしまうかもしれないことに。この関係性が、なくなってしまうことに。いくらただのクラスメイトとはいえ、人の命よりも自分の幸福を願う僕自身に嫌気がさす。そのことがこの決断を強くした。

「大石さん、この一ヶ月は僕の人生の中で一番の時間でした。」

「そうか…、本当に君はタイムリーパーなんだね。そして、君は緒方の代わりに死ぬつもりだ。他に…、本当に他の選択肢はないんだな…。」

と大石さんまで涙を流し始めた。

 実際にあらゆる選択肢を考えた。トラックを止めればいい。いや、どこからきているかも分からないし、僕は、自分が目覚めていた時間にしか戻れない。そのトラックを探し出すのは至難の業だ。そうだ、大石さんの時みたいに、緒方を止めればいい話だ。だが、間に合わないかもしれない。大石さんを助けて、緒方も助けるとなると間に合うかどうか際どい。さらに、きっとどれだけ避けてもあのトラックは事故を起こすのだろう。また他人を必ず不幸にする。

 ならば、予定通り僕が死ねばいい。

「小説書き続けてください。あなたは才能がある。」

そうして戻ろうとした。そのとき、かすかに聞こえた。大石さんの声が。

「私は待ってる。君は必ずまた私の小説を読むだろう。そういう『運命』だ。」



 「運命」なんてものは存在するのだろうか、と思考をめぐらせながら、重たい足を前に出し続ける。すでに、ずっと前に、結論は出ているというのに。しかし、僕はそれを認めたくなかった。

 「運命」なんてものはない。どれも自分が選択した結果だ。自分の意思で決めたことだ。

 重たい足取りで交差点へと向かった。



数日が経った。僕は生きていた。大した怪我もなく、退院も早くできた。だが、大石さんと会った日は病院にいて、図書室に行けなかった。もう会うことはないだろう。そう思いつつ、図書室に向かう。するとそこには珍しく一人の女子生徒がいた。


「運命」は存在するのだろう。

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