青い世界

海月^2

青い世界

「綺麗だねぇ。きれいな青だねぇ」

 貴方は夕焼けを見ながら言った。私はそれに同意する言葉を探したけれど、何を言っても貴方を傷つける気がして、だから口を噤んで、貴方の横顔を見ていた。夕焼けの赤が頬を染めて、優しい色が包んでいる。貴方にこの景色が見えることは一生ない。

「ねぇ。赤いって、どんな風なの」

「温かくて、でも排他的な一面も持っている不思議な色。でも、夕焼けの赤は優しいと思う」

「じゃあ同じだ」

 貴方は幼い子どものように純真な笑みを浮かべた。それに、貴方にバレないように安堵のため息を漏らした。なるべく傷つけないように、傷つけないようにとすることが間違っていると言う人もいるけれど、私にとっては守ることが正しかった。貴方を傷つけるどんなことからも守ってあげたかった。それは恋などど言う半端な感情ではなくて、私が幼い頃、私の中で決めた約束の為だった。

 だから、私の為にと手を離そうとする貴方に到底賛成できなかったし、貴方が離れようとする度、無理矢理にでも近づいた。多分、私が離れようが傍にいようが、貴方は傷付くのだろう。誰よりも優しい貴方は、些細な日常に傷ついてしまう貴方は、多分今、相反した感情を抱えているから。

「ねえ、貴方がこの青い夕焼けを見たらどう思うかな」

 きっと、火星の夕焼けを見たときとは違う、言い表せない感情が襲ってくるのだと思う。けれどそれが良いものなのか悪いものなのか、今の私にはまだ想像も出来なかった。

「美しいと、思えたら良いなと思います」

 このくらいなら願っても良いだろうか。視力が弱ってしまった貴方の傍で青い夕焼けを見てみたいだんて言えないけれど、それでも貴方の見える世界が美しければ良いと思うことくらいは許されるだろうか。

「大丈夫だよ。とても綺麗だから。火星の夕焼けとはまた違って見えるけれど、負けず劣らず綺麗だから」

 どんな思いでその言葉を発しているのだろうか。家の呪いをその一身に受けて尚、何故そんなことが言えるのだろうか。貴方は何も、悪くないのに。

「私が死んだら、次は誰に引き継がれるんだっけ」

「私の姉です」

「そっか。ちゃんと、支えてあげてね。みらいが見えないことは怖いから」

 貴方の声が段々と小さくなっていく。

「そしてもし、貴方がこの世界を見ることになったら、感想を教えて。その頃に私は居ないけど、精一杯生きて死んだ後で。青い世界を一緒に見ましょう」

「ええ、きっと」

 貴方の小さな呼吸音が、ふっと消えた。私の雫で歪んだ視界で、貴方の見ていた夕焼けが見えた気がした。

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