星明かりさえ無くなれば

永井彩月

星明かりさえ無くなれば

世界の終わりは、きっと暗闇だ。

街の灯りも、煙草の火も消えて。星の光もなくなってしまうその時。

世界はそっと、眠りに落ちるように消えていくのだろう。


車を止めて、カバンの中にあるはずの缶コーヒーを手で探りながら、そんなことを考えていた。

私は哲学的なことに時間を使うタイプじゃない。

ただ、いつだったか。親友が「世界の終わりは白だと思う?黒だと思う?」と聞いてきたことを思い出しただけだ。

詩的な表現すぎて一瞬訳が分からなかったし、彼女は突然言いたいことを言い出す悪い癖がある。脈絡なんか関係ないといわんばかりに話しだすのでいつも数秒反応が遅れてしまう。

でも、私は彼女のそういうところがきっと好きだ。

そんなことを思ったところで何か少しむなしくなってしまって、再び缶コーヒー探しに戻った。

今度はちゃんとそっちに目線を向けて探す。そうするとすぐに見つかった。

熱かったコーヒーはすっかり素手で問題なく持てるほどに冷めている。

そのまま缶コーヒーを開けて、一口飲む。

...苦い。けど、飲めないわけじゃ、ない。

なにせ今日は眠りたくないのだ。苦いくらいがちょうどいい。

この眠気をどうにかするにはどれくらいのカフェインが必要なのだろうか。そもそも自分にカフェインが効くのかもわからない。効かないという人も一定数いるらしいし。

私はあまり夜更かしをしない。

私は大学があるし、夜更けまで熱中できる趣味や夜中に電話をかけてくる友人がいるわけでもないから日が変わる前には眠くなって寝てしまう。なんて健康的。

そんな私が夜遅く車を走らせて、こんな平地まで星を見に来たなんて言ったら彼女はらしくないねと笑うんだろうか。


車の中から空を眺める。ああ、本当にきれいだな、なんて思った。

都会の夜とは違う。やけに明るくて鬱陶しい光はなくて、やさしい星の光だけが見える。

そんな情景にまで彼女を思い出してしまうなんて、私は本当に末期かもしれない。

彼女はこの星たちのように優しくて、きれいで...素敵な人だから。

だから、いつか彼女に恋人ができることもわかっていたんだ。

私が彼女の一番大切な人にはなれないことも、それが嫌で嫌で仕方なかったことも、それでも彼女が幸せであることを願ってしまう意味も、全部、全部なんとなくわかっていたんだ。


...私は。

まだ目を背けてしまう。こんな感情、恋以外の何物でもないというのに。

それでも私は、自分の感情をつかめなかった。

ずっと。曖昧なんだ。恋の形はしているけれど、ずっと私の中に靄として存在していて。

なんとなくそれでいいやなんて。今日、失恋をするまで考えていた。

君が「いいニュースがある」と言って持ってきたそれは、

私にとって悪いニュースでしかなかった。

本当にうれしそうに、その奥に少し恥じらいを見せる「親友」の笑顔は、私が見てきたものとは、全然、違っ て。

「相手はどんな人間だ」

「本当に君のことを大事にしてくれるのか」

「君のことを生涯幸せにする覚悟があるやつなのか」

なんてことを、言ったっけ。はは。

...本当にダサいなぁ。

君は一瞬ぽかんとしたけれど、すぐに笑顔に戻って、「過保護だなぁ」なんて的外れなことを言って。

煙草を取り出して、火をつける。これを口につけて、吸って、吐き出すだけ。

でも、それをする前に、目の前の火の輪郭がぼやけた。

一つ、瞬きをする。そうすると瞼から一つ、水滴が落ちてきた。

...あぁ、そうか。私は泣くほど悲しいのか。

悲しい、のかな。

彼女に、友人としてしか見られていなかったのが悔しくて、私の知らないところから彼女を奪っていった誰かに怒りが沸いて、それでも彼女のことを幸せにしてくれるのなら、なんて思ってしまうのが虚しくて。

瞼から、涙があふれてくる。そんな感情をあげたらきりがなかった。

失恋をすると、何もかもが終わったような感覚になるという。

日の光も、誰かの声も関係なく、自分の世界のすべてが終わったような感覚。

...これが、世界が終わったような感覚、か。

そんな感情を押し付けるように、私は灰皿に煙草を押し付けた。

そのまま車のライトを消して、外に出る。街の灯りは、ここからは見えない。

このまま、星明かりさえ無くなれば、私は眠るように、終わることができるだろう。


「お願いだ、消えてくれ。」


星たちはどんなに願っても、消えてくれない。

当然だ。そんなことありはしない。星たちは私の破滅を後押しするような存在ではない。

ただただ輝いて、人の心に寄り添うものだ。

ほらみろ。あんなにも輝いて、あんなにも...。


あれ。

彼らはこれほどなく輝きながら、地へと落ちてきていた。

...流れ星、だ。たくさんの。流星群と、言われるような、そんな景色。

はは、あはは!!!

さっき私が願ったことは、叶えてくれなかったくせに。

違うことを、願えとでも、言っている のか。

それなら何を、願ってやろうか。

そうだ。あの子の彼氏が不幸な事故にでもあって、あの子が私のもとへ帰ってくるように願おう。

そうして私が彼女を幸せにする。そしたらこの苦しみもなくなる。

そうすれば、そう、すれば......


「...あの子、が、世界が終わったような苦痛を味わいませんように」


あぁ。何を言っているんだろう、私は。

彼女が今の彼氏と別れて、私のもとに帰ってきてくれる方が、都合がいいというのに。

でも、それでも。

さっきと同じ言葉を、繰り返す。そうして3度目の詠唱が終わったとき、私は崩れ落ちた。


「あぁ。あ、ああああああああああああ!!!!!!!」


泣きじゃくる、泣きじゃくる。

子供のように泣いた。

いやだ!いやだ!!!彼女がほかの人のものになるなんて嫌だ!!!

好きだった。好きだった好きだった好きだった!!!!

どうしようもなく、どんな時でも、彼女の幸せを願ってしまうほどに!

振り向いてほしかった!好きだと、言ってほしかった!!私だけに笑いかけてほしかった!!!

そのまま芝生に倒れこんで、泣き続けた。

涙も、声も枯れて、泣き疲れて芝生の上で眠ってしまうほどに。


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あの後、私が目を覚ましたころにはもう、夜は明けていた。

星たちもいなくなって空も黒から、青へと変わっている。

充分泣いて、喚いて、叫んで。そうしていたからか、もう心は大分落ち着いていた。

芝生のにおいが、心地よいと思えるほど。

起き上がって、服についた土をはらう。そうして、車に乗り込んだ。


車を走らせながら考える。これから、どうしようか。

大学では同じ講座を取っているし望んでいなくても顔を合わせることになる。

彼女の恋人についても知ることになるだろう。

もういっそのこと、好きだったと打ち明けてしまってもいいかもしれない。

どうするかは、未来の自分次第だ。とりあえず、完全に心が落ち着くまでは彼女と遊びに出かけることはないと思うが。


昨日の流星群を思い出す。本当に、きれいだった。綺麗だったから、私は呪いを口にせずに済んだ。まぁ、あの願い事はある意味自分への呪いかもしれないが、彼女の幸せを願い続けるという誓いにもなったのかもしれない。

もし私の願いが叶わなかったとしたら、私が幸せにするだけ。

もし、願いがかなった時は...彼女の結婚式の友人スピーチで、この話でもしようか。

二人が幸せにこの日を迎えられたのは自分のおかげだと冗談を言って、そうして、彼女に大好きだと伝えよう。

その時にはきっと、親友として、彼女を祝福できるはずだから。

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星明かりさえ無くなれば 永井彩月 @Nakaisatuki_0319

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