第5話 両親の台詞を読み返してみよう☆(最終話)

 急な召集にざわめいていた使用人たちは、数分もすれば水を打ったように静まりかえった。


「この度の結婚は、国王陛下の命によるものです。これは王の命令に刃向かう者のリストであり、領主は彼らを見逃しています。北部――少なくともこの砦では、王家の決定に異を唱えることを容認しております。国の安寧を脅かす、危険な思想の持ち主です。王太子陛下にご報告ください」


 衆目を集める中、リリエッタはエルギに署名を手渡した。


「おい! なんでそうなるんだ!?」

「残念ながらこの地の領主は、王命の重さを理解していないようです」


 リリエッタはクリフを無視した。


「正当な血の持ち主ではありますが、危険人物を北部の代表として頂くのは問題かと」

「誰が危険人物だ!」

「初夜を拒否し続けているのは、王命に抵抗されているからでは?」

「違う!」

「では男性機能を失っていらっしゃるのですね。そういうことなら早く仰ってくださいな」

「そっ、そんなわけあるか!」


 公衆の面前で不能扱いされて、クリフは怒りと羞恥で赤くなった。


「男性機能が正常なら、ますます問題です。危険思想の持ち主でないなら、己の振る舞いがどんな結果をもたらすのか想像もできない浅慮な人物ということになります。余計な火種を生まないよう、直ちに去勢させて養子を迎えなければ」

「んな!?」

「どうやらクリフ様に、領主の任は荷が重いようです。これだけの不穏分子を野放しにしているのがその証拠。彼には防衛戦線に集中してもらい、後継者が育つまでは、領主の仕事はわたくしが肩代わりいたしましょう」


 お飾りの妻にされたので、お飾りの領主でお返しする。

 お前は一生前線で戦ってろ。

(執務室に)オメーの席ねぇから。戻って来んでよろしい。


 あんまりな提案に、クリフだけでなくエルギも絶句した。


「署名とは誰にも強制されず、本人が自らの意思で行うものです。リストに名前がある人物をこのまま雇い続けるわけにはいきません。反乱を未然に防ぐために、適当に分散させて西部の鉱山に送りましょう。あそこはいくらでも人手が欲しい場所ですからね」


 国の西部には、魔石を発掘している鉱山が何ヵ所もある。

 魔道具の普及に比例して動力源となる魔石の需要は年々高まっているが、発掘作業中は瘴気に晒されることになるので、従業員が廃人にならないよう勤務時間には上限がある。

 短時間でも大なり小なり精神汚染されるので、好んで働くような場所ではない。


「横暴だ! 君にそんな権限はない!!」

「わたくしの権限は関係ございません。王命に違反した者たちを罰するのは王家です。――ですよね?」


 これでなんの罰も与えなければ、王の沽券に関わる。

 リリエッタとて今、口にした要求がそのまま通るとは思っていないが、お咎めなしで終わらないよう釘を刺した。


 迂闊なことを言えないエルギは、罰については触れず「私は殿下にありのままを報告するのみです」と告げた。


「クリフ様。この先も領主でありつづけたいと願われますか? わたくしを妻として尊重し、よき夫となられるつもりはございますか?」


 一方的に断罪すれば、恨まれかねない。リリエッタは追い詰められたクリフに、選択肢を与えた。


「それは……」


 戦場では素早い判断が求められるが、リリエッタに奇襲で外堀を埋められて答えあぐねているのだろう。

 考えなしに「誰がなんと言おうと領主は俺だ!」とか「ちゃんと妻として遇しているだろう」などと言い放てばそれまでだったが、クリフは踏みとどまった。


「この場でわたくしを女主人としてお認めになると宣言してください。王家から沙汰が下るまでの間、責任を持って砦の運営と、使用人の再編成にあたらせていただきますわ」


 王太子がどんな処罰を与えるかわからないが、リリエッタは暫くこの場所で生活することになる。

 力を惜しまず、少しでも居心地を良くするつもりだ。


「……ッ領主の妻としての権限を与えよう。責任を持ってことにあたってくれ」

「承りました」



 サウス夫妻の予想は的中した。

 おっとり、ふんわりした印象のリリエッタだが、実は姉妹で一番苛烈な性格をしている。

 敵には容赦がなく、子供の頃は揶揄ってきた少年を片っ端から泣かせてきた。

 成長するにつれ、怒りをコントロールする術を身につけたリリエッタ。

 反射的に言い返さないようグッとこらえ、諸々セーブして発言しているから聞き役になっているように見えたり、のんびりした印象を与えているにすぎない。

 おだやかな微笑みは、単なる顔立ちの問題であり、リリエッタは適当に愛想笑いをしているだけだ。


 こうして結婚からわずか三日で、砦の実権を握ったリリエッタは遠慮なく辣腕を振るった。

 使用人の大量解雇と求人は、ことの次第を北部全域に知らしめた。



 王家の返答を待つ間、クリフは生きた心地がしなかった。

 魔獣との戦いは一瞬の油断が命取りになる。

 集中できない人間がいても迷惑だ。

 すっかり嫁の尻に敷かれたクリフは、仕事をするリリエッタに付き従うことになった。

 領主として資質に問題ありとして沙汰を待っているので、領主の仕事はできない。

 他にやることがないので、リリエッタの護衛をすることになった。

 領主と領主夫人、両方の仕事をこなすリリエッタをクリフは誰よりも近い場所で見続けた。


 本当のところ二人がどのような夫婦であったかは当人のみぞ知るだが、十代目ブリーデン当主は養子をとることはなく、ただ一人の妻との間に五人の子供をもうけたと記録に残されている。

 クリフ・ブリーデンが断種を免れたのは間違いない。

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王命の意味わかってます? @leandra

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