第4話 リリエッタの顔も……
「わたくしは領主の妻です。女主人にこのような対応をすることが、この地ではまかり通るのですか?」
リリエッタには実家から連れてきた侍女が二人いるが、言い方を変えれば二人しかいない。
彼女たちも人間であり、人間には休息が必要だ。
朝の洗顔もそうだが、湯を使うときにはそれなりの人手がいる。
入浴時に冷え切ったお湯――そもそも最初から加熱されていない可能性がある水を持ってこられ、リリエッタは静かに咎めた。
女主人、と
「領主様に見捨てられている、お飾りの妻ではございませんか。この砦に置いてもらえるだけ、ありがたいと思っていただかないと」
リーダー格の侍女が口の端を吊り上げる。
侍女の中では、飛び抜けて髪や肌の手入れが行き届いている。歳の頃もリリエッタとそう変わらない。
王命がなければ、彼女が領主の花嫁候補だったのかもしれない。
「歓迎されていない客人をもてなす余裕はございません。ここで生きていきたいなら、わきまえてください」
主人に対して正気とは思えない無礼だが、周囲はそれを窘めるどころかクスクスと笑った。
今までも勤務態度に問題ありだったが、ここまでふてぶてしくはなかった。
朝のクリフとのやり取りが、使用人の間で広がっているのだろう。
「……この砦にわたくしを女主人と認めている者はいるのかしら」
「いるわけないでしょう。みんな『厄介なお客様』に迷惑しています」
「でも口頭での『みんな』なんて信用できないわ。……そうね、わたくしを女主人と認めない人間がどれくらいいるのか確認したいわ。早急に署名を集めて頂戴」
「は?」
「砦内の情報の伝達は早いようだから二日以内に提出してね。結果をクリフ様にお見せして、今後の対応を考えます」
激高もしくは、傷付く姿を想像していた侍女たちは、ふんわりと応じるリリエッタに虚を突かれた顔をした。
*
翌日。
怠惰な者たちだったが、公然とリリエッタを叩けるまたとないチャンスに嬉々として動いた。署名は一日も経たずに提出された。
「なんだこれは」
「わたくしを女主人と認めない者たちの署名です」
渡された紙の束には、冒頭に何に関する署名か明記されている。
「見ればわかる。俺が聞きたいのは、何故そんなものがあるのかということだ」
「現状を理解していただくためです」
「随分手をかけた当てこすりをするんだな。君がそんなに嫌みな人間だったとは思わなかった」
「……クリフ様はこれを見てなお、そのような結論に至るわけですね」
「周囲に受け入れられないのは、君の努力が足りていないからだ。あれこれ要求して、通らなければ攻撃する。そんな人間に領主の妻は務まらないぞ」
クリフは昨晩も初夜を放棄した。
彼に抱かれたかったわけではないが、蔑ろにされたことでリリエッタの心は冷え込み――容赦はいらないと、今は熱くたぎっている。
だが表面上はいつものリリエッタだ。やんわりと微笑み、言葉にも乱れはない。
「――お二人とも、今の会話をお聞きになりましたわね」
この部屋にいるのは領主夫妻だけではない。
不在がちな領主と、外からやってきたばかりの領主夫人に代わって、砦の運営を取り仕切っている執事長と、王太子の側近であるエルギも同席している。
「執事長。火の世話などどうしても手が離せない場合を除いて、砦で働く者をすべて集めてください」
「おい、使用人の仕事の邪魔をするな」
「上の者がどういったスタンスなのか知らなければ、そちらの方が使用人を混乱させます。効率的かつ誤解のないように周知するには、集会を開くのが一番です」
笑みを浮かべているが一歩も引く様子のないリリエッタに、クリフは「南部の人間はこれだから……」と不満を漏らした。
何をもってして「これだから」なのかは言わなかったが、きっと自己主張が強いとか我が儘などと思ったのだろう。
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