ほとけのざ
足を進めるたびに自分の影が小さくなっていく。目でそれを追っていると、やはりその光景は目の前に現れた。
鳥居の前には少女が行く手を阻むように立っていた。それにしてはあまりにも弱々しい。俯いている彼女は白いワンピースを着ており、露出した肌には痛々しいほどの傷ができている。それでも唯一、腕だけが綺麗な肌のままだった。
対峙するように立つ僕は、三日前の彼女と同じ白い病衣を着ていた。両腕はとっくに傷だらけになっている。
「なんでよ……」
彼女は振り絞るように声を上げる。
「あとちょっとだからさ、今になって来ないでよ」
彼女の言葉が胸に突き刺さる。一体どんな気持ちでこの数日間を過ごしたのだろうか。どんだけの苦味を飲み込んできたのだろうかは想像できるはずがない。
「分かってんでしょ」
「意味わかんないよ」
彼女はわかってるくせにと独り言を呟いてから、話し始める。
「私はあの日を消した」
その願いは胸に突き刺さるように響いた。自分の願いを思い出す。
『彼女の願いを叶えて』
東京へ行きたいという数年前の言葉を勝手に信じていた自分に反吐が出る。成長してないのは自分だけだった。行き場をなくした憤りは手を握りしめる他、解消法がない。彼女の背中を押したのは紛れもない、僕じゃないか。
「あの日に一人死んだんだ。けど、急除隊に発見されたのは次の日。死んだ事実は残るけど、『その日』に誰が死んだのかは分からない。だから、一人生きて、一人死ぬ。死ぬのは、死に近いと実感している方」
彼女の地面は木々の影のように、水玉模様が浮かんでいる。
「ごめん」
「謝んないでよ」
「……ごめん」
「そんな言葉いらないよ!」彼女は手で目を塞ぎ、地面に倒れ込む。駆け寄ろうとしたところで彼女は再び口を開く。「あの時、死ぬのは私だったんだよ」と掠れる声で言った。
言葉が足枷となり、身動きが取れない。
「違う」
自分の手は針のように傷が至る所にできていた。その手はとても人が触れてはいけないものだと直感で分かる。
「わたしはやっぱり君を救えなかった。お兄さんのことも、今回も、何ひとつ救えなかった」
息苦しい。けれど、自分は何一つできることがない。
「違うよ」
「じゃあさ……」六華は目を見開き、歯を食いしばってこちらを睨む。「じゃあ、その死んだ目は何!? 君が最後に心から笑ったのはいつ? 私の前を走っていく君は? 三久斗を返してよ!」
地面を蹴った。すかさず背中に手を伸ばし、抱きしめる。
「……ありがとう」
口角をあげる。今まで簡単だったことなのに、今となっては少し難しい。
彼女の顔は赤くなっており、涙を流しながら嗚咽を繰り返し、声を上げていた。こんな姿を見るのは初めてだった。彼女はあれから自分の前で導いてくれていたことにようやく気付かされる。
そっと背中から手を離し、片膝をついて右手を前へと伸ばす。
「最後ぐらい、エスコートさせて」
六華は目をこすりながら、無言で手を合わせた。
電波塔を後にし、一歩一歩足を進めていく。会話はなく、どうしようもならない静寂が僕らを包み込んでいた。
「もう少しだな」
場を和ませるには不器用すぎる言葉が風に吹かれる。あの時は一瞬だったからこそ恐怖なんてものは感じなかった。けれど改めてそれを実感すると、足がすくむ。
鳥居の階段に差し掛かったところでついに足が止まった。
自分は正しかっただろうか。あらゆる感情が混ざって、堪えていたものが段々と溢れ出てくる。
その瞬間だった。服を引っ張られ、僕は自然と六華の方を向いた。かっこいいのは言葉だけで、僕の顔はしわくちゃだし、涙が止まらなかった。エスコートするはずが、みっともない自分をひけらかしてしまった。そんな姿に六華は笑みを浮かべる。
「みっともない……」
突然、六華の顔が夕陽を塞いだ。影となった僕は夕陽以上に温かいものを感じる。最初で最後のそれは、大人の味がした。脳が働かない、何も考えられない。
気づいた時、地面から足が離れていた。
六華は僕の胸を力いっぱいに押した。全身の力が抜けている僕は、再び体勢を崩しながら鳥居を潜る。
「ほんと、みっともない顔!」
何かが切れる音がした。目をしっかりと開き、現実を見つめる。図々しいなんてほどじゃない、身勝手すぎる。けれど、僕は彼女に、六華に生きててほしい。
神社の前に立って、両手を合わせる。自分の手を見ると、地面が透けて見えていた。走馬灯のようにこれまでの日々が駆け巡る。
「私があげた一週間はどうだった?」
六華が優しくも揶揄うような声で僕に聞く。そこで僕は口の中にある甘い嫌味を吐き出した。
「甘ったるすぎたよ」
634±1 すゞな すゞしろ @suzu-suzu
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