第5話

 夏祭り当日。

 俺は約束の時間から十分ほど早く着くように家を出た。毎年、集合時間に遅れているつもりはないのに、彩のほうが俺よりも早く着いているのだ。しかし今回は自分から誘った上に、謝罪することがメインの日だ。彼女よりも先に着いていなければならない。

 徐々に暗くなっていく道を歩いていくと、待ち合わせ場所である近所の小さな公園が見え始めた。よかった、今年は俺の方が先だ。そう思ったのも束の間。街灯がまだついていないせいで見つけるのが遅れたが、誰かがいる。黒の浴衣を着ているところから女の子だろうか。念の為、スマホの時計を確認してみたが予定時刻まで余裕はある。さすがに人違いだよな、と思っていたものの、公園に着くや否やそんな淡い期待は砕け散った。たとえ周囲が暗くいつもよりも顔が見えにくくとも、なんとなく雰囲気で分かってしまった。


「は、早いね。まだ十分くらい時間あるけど……」

「毎年このくらいの時間にはいるけど、もしかして気づいてなかった?」

「え、初耳」

「ひどいね由夢くんは。乙女の事情を梅雨知らずだなんて。それで、私を呼び出して何をするつもりだったっけ?」


 緩んでいた雰囲気が引き締まる感覚がする。

 ここが正念場だ。


「あの日のこと、そして今までのことを謝りに」

「そっか」


 一度深呼吸し、全身を落ち着かせる。


「まず初めに、傷つけることを言って──すまなかった。俺は自分のことばかりを見て、彩のことを全然考えてなかった。心が読めるっていうのは他の人たちよりも、言葉に、感情に、態度に敏感なことに今まで気づけなかった。そして彩が努力して今に至ることを考えもしてなかった。本当にごめん」


 頭を下げた。すると、偶然街灯が点いたのか、視界には自身の影と照らされた地面が映る。当然だが彩の顔が見えないので、彼女がどんな心情でいるのか皆目見当もつかない。しかし今はそれでいい。謝罪の意を見せることが今回の目的であり、ご機嫌取りをしにきたわけではないのだ。


「すぐには許さないよ」


 彩の声が頭上から聞こえる。


「私は由夢のことを信用してたし痛かったよ。でも、悲しいって思ったと同時に嬉しいとも思ったんだ。なんていうかさ、あの本音をぶつけてくれたってことは、なりたい人の中に私がいたのかなって」

「それはそうだけど、あれは尊敬とかじゃなくて嫉妬みたいなもんだし……」

「それでも、だよ。顔上げてくれるかな」


 彼女に言われ下げていた頭を上げる。

 久しぶりにきちんと見る彩の姿は見慣れているはずなのに、どこか俺と同じ人──つまり、特別ではなく普通の女の子に見えた。遠目で見た通り黒の浴衣を着ており、朝顔の柄が入っているせいか、普段とは真逆のお淑やかさを感じる。


「みんな心では思ってても口にしないことがたくさんあるんだ。本音と建前ってやつ。それを言うか言わないかは自由だけど、私は言ってくれた方が嬉しいんだ。こんな私でも信用してくれるんだって。嫉妬とはいえ、君は羨ましがってくれたし」

「だけど、俺が彩を傷つけて裏切るようなことをしたのは変わらない。本人に聞くのもあれだけど、どうしたら償えるかな」

「償うって、あはは。そんな仰々しく言わなくても、あはははは」


 なにがそんなにおかしいのかゲラゲラと笑う彩。笑うたびに揺れる髪に街灯の光が小さく反射する。彼女が特別な存在ではないことに気付いたせいだろうか、たったそれだけの動作でもドギマギしてしまう。


「んー、そうだねぇ、じゃあさ、これからも私の隣にいてよ」

「……そんなんでいいのか? もっとこうパシリとかを想像してたんだけど」

「それも考えたよ? だけど、償いっていうからには人生を賭けてもらわなきゃね」


 そういうものか? とも思ったが本人が言うのだから仕方ない。俺には拒否権などないし、何か引っかかるものがあるのなら、納得できるように自分が動けばいいのだ。今日行動できたのだから、次もできないわけない。


「さ、そろそろ祭り行こ。もう人がいっぱいいるだろうし」


 彩に手を引っ張られ公園を出ていく。すぐそこの横断歩道を渡れば、祭りの会場までは一直線だ。

 何故浴衣で来たのか疑問があったが初めから行くつもりだったらしい。一番近くのイベントがある日を選んだだけのことが、こんなことになるとは。……考えてなかったわけではないけど。


「なぁ彩」

「なにー? 由夢」

「俺さ、彩を支えられる存在になるよ」

「そっか。じゃあ、期待してるね」


 俺と彩は青信号の歩道を越え、手を繋いだまま祭りへと向かった。

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黒の憧れと読心少女 凪風ゆられ @yugara24

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