第4話

「やめなよ、嫌がってるでしょ!」


 髪を短く切りそろえた女の子が、目の前にいる男の子たちに言い放つ。後ろから見ていることしかできなかった『僕』は彼女の様子を見れなかったけど、多分怒っていたような気がする。互いに睨み合いが続いたのち口喧嘩に発展した。女の子の方は一歩も引くことなく言葉を並べ続け、やがて勝てないと悟ったのか男の子たちはどこかへ逃げていった。


「大丈夫? ケガとかしてない?」


 先程まで怒っているときのお母さんのような感じだった女の子だが、『僕』の方を向くとすっかり優しい雰囲気になっていた。


「うん、大丈夫だけど……どうして僕のことを助けてくれたの?」


 『僕』のことをいじめてきた子たちは、クラスではとても上位にいる人たちだ。そんな彼らに歯向かうと言うことは、『僕』と同じ目に合ってしまうかもしれないことを意味する。だから、今に至るまで誰も助けてはくれなかったし、誰にも助けを求めようとも思わなかった。


「君の名前をバカにしてたから……かな」

「僕の名前? 由夢なんて女の子みたいでカッコ悪いじゃん」

「そうかな? 夢があるなんてすっごく素敵だと思うな。だって何かを目指す人ってかっこいいじゃん!」


 正直彼女の言うことはいまいちピンとこなかった。だけど、目の前にいる女の子の行動力とかいじめてくる子たちを追い払うところはかっこいいと思った。上手く言葉にはできないけど、自分とは比べ物にならないほど、すごい存在ということだけは分かる。


「そろそろ休み時間も終わるしクラスに戻るね」

「あ、うん。助けてくれて、あ、ありがとう」

「どーいたしまして。またなんかあったら二組に来てね。宵宮彩よいみや あやはいますかーって言えばすぐに行くから」


 またねーと手を振りながら去っていく宵宮。彼女の背中を見て、初めてこんな人になりたいと思った。誰かを傷付けることなく、他人を助けることができる人に。





 目が覚めた瞬間、夢だと知らされた。

 たとえ夢の中であろうと、現実と寸分違わず憧れの姿のままでいた彩はさすがだなと思いながら、未だ謝ることすらできていない自分が嫌になる。

 腕を伸ばしスマホを手に取って時間を確認すると、時刻は午前九時。

 お腹は空いていないが、勉強をやる気にもならなかったので、彩に送る謝罪の文を考え始めた。しかしいくら考えても、どれも我儘な感じがして即却下の嵐だった。結局何の進展もないまま時間だけが過ぎていき、気が付けばあの日の会話が頭の中で繰り返されている。

 ふと零れた言葉は、噓ではない。正直羨ましいと思っていた。羨望と言うよりかは嫉妬が近い感じで。そのことについて彩はとっくに気付いてたのだと思う。それで何も言わずに気付いていないフリを今までしてくれたのだから、彼女には本当に迷惑を掛けてしまった。きっと彼女はその超能力を用いて、他人とも良好な関係を築き上げているのだろう。彩は案外他人思いの人なのだ。


 他人、他人──じゃあ、本人の意思はどうなんだ?


 なんとなく疑問に思ったことだった。

 常に隠された本音を自分の意志とは関係なく知ってしまう彩。そんな彼女は俺らよりも言葉と感情に対して敏感なんじゃないか。もっと言えば、本音と建前に挟まれながら、まるで初めから超能力など持っていなかったかのように笑い続ける彼女は一体誰が気に掛ける? きっと誰もいないだろう。隣に居続けた俺ですら、彼女自身の行動だと思っていたのだから。

 そう気づくと、今まで憧れていた部分も初めから彩に備わっていたものではないことに気付き始める。彼女も一人の人間なのだ。超能力こそあれど、その中身は高校生の女の子なのだ。心が読める故に傷ついてしまう己の心を守るために、笑っているが彼女だって周りと同様、些細なことで傷つくだろうし、喜ぶ。心の底から笑っている時もあれば、本音が分かってしまったことを隠すために笑うこともあるだろう。

 ずっと一緒にいたのに今更考え付いたことに後悔しながら、すぐにメッセージを送ろうとしたが、カーソルは点滅を繰り返すだけだった。考えてみれば謝罪の言葉も完成していないのに、それにプラスしてなどできるわけもないのだ。

 しばらく黙考した後、数日後に地元の祭りがあることを思い出す。

 祭りの日に呼び出して謝るのはかなり場違いだが、これ以外案がないのも事実だし、ここで動かなければ結局俺は『強欲』な人間のままだ。


『謝りたいことがあるから、今度の祭りに来てくれませんか』


 メッセージを送ってからすぐにマシな言葉はなかったのかと思ったが、送ってしまったからには消すわけにもない。次はよく考えて発言しようと心に誓いスマホを置こうとすると丁度、彩から返事が来た。


『時間と場所はいつも通りでいいよね』


 マジか。

 こんなにも早く来たこといも驚いたが、一番は彩が自分の案に乗ってきたことだ。『もっとマシな日があるでしょ』とか言われると思っていた。


『うん。ありがとう』


 心情が言葉に乗らないよう無難に返事を済まし画面を閉じる。

 伝える日は決まったものの、肝心の内容はうまく纏まっていない。多く言いたことはあるので、できるだけ伝わりやすいよう、話す内容は今のうちに考えおかなければ。俺は彩のように超能力者ではないが、その気持ちを想像して手助けをするくらいはできるかもしれないから。


 

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