第3話
夏休みが始まった。が、特にこれと言ったことはなかった。
部活動に参加し、適当に課題を済まして、彩からの誘いに乗りどこかに行った程度だ。自分から誰かを誘ったことも、一人でも出かけるといったこともしていない。
彼女には「何者かになりたい」だなんて零したが、行動はなにも起こさなかった。そして、そんな自分に嫌悪しないわけなかった。頭では理解している。彩が何かしてくれることを待ち続ける受け身なままでは何も変わらないと。だけど、それだけだった。いくら考えたところで動かなきゃ意味がない。
そんな答えの分かりきったことをグルグルと感が続けていたある日。
彩からメッセージが来た。
彩:『元気してるー? 今日友達映画行くんだー。そっちはどう?』
由夢:『どちらかというと元気』
『だけど超ヒマなんだよね』
彩:『どっか行ったりしないの? 暑いけど』
由夢:『一人だとどっか行きたいとことかなくてさ』
彩:『うわ。何者かになりたいんじゃなかったのか』
由夢:『そりゃなりたいけどさ。思いつかないものは仕方なくない?』
彩:『そこをどーにかするのもやることの一つでしょーが』
『じゃあ今度学校で話しよ。君の部活も夏休みは午前中だけだったよね』
情けないと思った。その言葉を期待していた自分が。
本当ならばこちらから提案すべきことを、彩に言わせてしまった。しかしそれを表に出すわけにもいかず、適当に日と時間を決め彩とのやり取りは早々に切り上げた。
♢
部活の終わる時間がいつもより早かった俺は、先に教室で彩を待つことにした。先程まで誰にも使われていなかった教室は、夏の日差しをたっぷりと溜め込んでおり、これでもかと言うほどの暑さを誇っている。いるだけで即熱中症になりそうな状況に、俺はすぐさま冷房をつけ近くの席で涼むことに。
時計に目をやると約束の時間までまだ余裕があったので、彩が来るまで昼食を取ることにした。
冷房の重苦しい音と共に弁当を食べるのが苦痛になり替わってきた丁度その時、教室の扉が勢いよく開かれた。彩が来たのだろう。
「由夢来るの早くない? 来てないと思って職員室行っちゃったんだけど」
「今日は部活終わるの早くてさ。連絡しとけばよかったわ。すまん」
「そーだそーだ。ま、おかげで教室が涼しいから許してしんぜよう」
彩も俺同様、周囲の席を適当に引っ張り座る。一息ついたあと、カバンから市販のパンを取り出し食べ始めた。普段は弁当を持ってきている彼女がパンを食べるなんて珍しい。そういえば朝会わなかったが、遅刻でもしたのだろうか。
「だいだい君の考えてる通りだよ。朝寝坊しちゃってねー。ギリギリ部活に間に合ったからセーフだったけど、そのせいでコンビニで昼食買うハメになっちゃた」
「彩が寝坊なんて珍しいな。あと心読むのやめてね。下手に考え事できないんだが」
「仕方ないじゃん目の前に由夢がいるんだからさ。そもそも純情可憐な女の子がいるのにえっちなこと考える君が悪くない?」
「それはそう──いや誰もえっちなこと考えてるなんて言ってないんだけど!?」
パンを咥え両手で耳を塞ぐ彩。俺の大声に対してうるさいと目で訴えながらも、もぐもぐとパンが吸い込まれていく姿を見て思わず笑ってしまう。彼女は空になった袋をきっちりと結ぶと、こちらへ真剣な眼差しを向けてきた。
「でも実際、私の目の前にいたらいたら分かっちゃうんだよ。君が何を思っていてるのか」
「……」
「だからはっきりと言うね。君は──強欲だ」
冷房が稼働している音が聞こえる。
遠くからセミの鳴き声が聞こえる。
どこかの教室が閉まる音が聞こえる。
自分の鼓動が聞こえる。
彩の口にしたことは正鵠を射ている。それ故、何も言い返せなかった。
「何もせずに願うだけ願って、いざとなったら他人頼りで受け身なだけの人間。これって強欲でしょ? 怠惰も混ざってるけど、どっちにしろ、君は自覚できている分もっとひどいけど」
分かっていた。けれど、自分じゃない他の人に言われると想像よりも重く心に響いた。それをずっと一緒にいた彩に言われたのだから余計に。
俺が彩のような人であったなら、こんなことにはならなかっただろう。理想と現実に差に悲観的になったとしても、ギャップを埋めるために行動できただろう。
きっと、きっと彩ならば。
「彩は、いいよな。なんでもこなせて、前だけ見れて。その超能力のおかげで、人間関係だって思うがまま。俺たちみたいに怯える必要がないんだから。俺はそんな彩が本当に羨ましいよ」
ふと思考から零れた言葉だった。
そして気付くには遅すぎた。
「なにその言い方。私が何もしてないって、本気で思うの? 自分が情けないからって人に八つ当たりするのは違うでしょ」
ぎろりと睨まれる。彩からこれほどまでの嫌悪の念を向けられるのは初めてだった。今の今まで互いに笑いあってばかりで、一度も険悪な雰囲気になったことがないのだ。若干怯みながらも、違うと否定しようと口から出てくるのは、どれも言葉にすらならない中途半端なものばかりだった。再び言い返すこともしなかった俺を見て呆れたのか、彩は席を立つ。パンの空袋を捨てたあと、こちらを一瞥し教室から出ていった。
去り際の彼女の瞳に痛みが映っていたのが、俺ですら分かった。
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