第2話

「何者かになりなるにはさ、経験が重要だと思うんだよね」


 放課後の教室に夕陽が差し込んでいる。オレンジ色の温かなそれは夏のせいかとても明るく、電気を付けずとも互いの顔がはっきりと見えた。先程まで多くの生徒がいて騒がしかった室内も、今では俺と彩しかおらず時計の針が動く音すら聞こえる。

 基本的にこの時間帯は部活があり教室に残ることなどなかったのだが、案外心地のよいものだった。そんな中で、彼女がビシッと切り出したのだ。


「確かに重要だな。んで、なんで教室で話すんだ? べつに帰りながらでもいいと思うんだけど。部活ないだろ」

「だって外暑いじゃん」

「その理屈だと朝話してたことに疑問が浮かぶんだけど」

「うるさいなー君は。細かい事気にしてたら将来ハゲるよ。そんなことより! 経験の話だよ。由夢はもうちょっと外で活動したほうがいいと思うの」


 ぐさりと彩の言葉が胸に突き刺さる。もちろんハゲる方ではない。

 外での活動……。なんて難題を掲げるというのだ彩よ。昔から俺という人間がいかに室内にばかり籠っているかを知っているはずなのに。


「い、家でも経験できることは多いし……」

「文字通り理由づけて夢でも見るつもりなの? 色々由夢いろいろゆめ。何かになりたいって願うんだったら、何かになった人たちと関わるのが1番の近道だよ」

「それは……」


 その通りだ。現状を変えたいと願うのならまず自分が変わるべきなのだ。と言っても、ほとんど家から出ることのなかった俺がすぐに案を出すことなどできるはずもなく。それを見かねたのだろう彩がいくつかの提案を出してくれた。


「初めは近くのショッピングモールとか行くのがいいかも。夏休みもそろそろ始まるし、私も丁度見たい服とかあったしね。その次はオーキャンとかにいくのもありかも。他には──」


 まるで自分のことのようかに考えてくれる会う彩に心の中で「なんで」と問い掛ける。昔からのよしみだろうか。それとも借りでも作ろうとしているのか。その心を読む超能力で気付いてくれるかなとも思ったが、話すことに夢中になっているせいか話題を変える素振りすら見せなかった。

 こういうときに限って能力を使ってこないんだよなぁと思っていたが、しかし思い返してみれば、答えは既に朝聞いていたではないか。

 「友達が悩んでいたら助けるのは当たり前」

 口で言うのは簡単だが、実際にやってみるのはそう容易ではない。

 他人のために動けるなんて、本当に羨ましい。


「由夢さーん。せっかく君の為に話してるのに、別のことに集中して聞いてないのはひどすぎじゃありませんかー」

「ごめんごめん。俺のためにそこまでしてくれるのが嬉しくてつい」

「ふふーん、もっと褒めて。ついでに君が何を考えてるのか教えてくれてもいいんだよ?」

「うっ……バレてる。まぁ、彩なら言ってもいいか」


 何故かキラキラとした目をしながら見つめてくる彼女。今朝の出来事を思い出してしまい、恥ずかしい気持ちになったが、なんとか堪えて口を開く。


「他人のために頑張れる人っていいなーって。朝さ、具体的な目標がないって言ったじゃん? あれ実は噓なんだ。本当は他人の為に頑張れて、いつでも笑顔でいれて、努力も欠かさない、そんな人になりたいなって思ってる。そしたら、きっと誰かにとっての何者かになれて、隣にいられるよなって」


 なりたい相手も、隣にいたい相手も君だけど。と心の中で付け加える。

 いくら実名を出してしないとはいえ、まるで告白でもしたような気分になり一気に恥ずかしさを感じた。なんだか今日は体が熱くなるばかりで、早くこの場から逃げ去りたい気分だ。


「ふーん、隣にいたい人って同じクラスの人?」

「まぁそうだけど……ってナチュラルに心読むのやめません!? 濁したのに!」


 もはや逃げるどころか爆発してしまいたい。


「……爆発すればいいのに」


 彩の発言から罪悪感のようなものを覚え、俺はそっと目を逸らす。

 日の傾きが徐々に急になってきたせいか、教室に差し込む暑い日光の量も比例して少なくなっていた。自分がいる席はとっくに影に飲みこまれているが、彩の座る席は未だ夕陽にさらされている。ふと、俺らの性格を表しているようだなと思った。自分では何もできない光り輝けない俺と、自ら考え動くことができ、笑顔が絶えない彩。同じ人で、高校生で、ずっと一緒だったのに、どうしてこんなにも差が生まれてしまったのだろう。見て、感じて、学んできたことがあまりにも違い過ぎたのか。

 ならば、彼女のような人にはなれないんじゃないか?

 超能力を持っていることは隅に置いておくとしても、人として持っているものが違いすぎるのだ。経験、知識、人脈、行動力。どれを取っても一朝一夕で身につくものではなく──


「なにぼーっとしてんの由夢。帰るよー」


 彩に声を掛けられはっとする。どうやらネガティブな思考に陥ってしまったようだ。既に彼女は出入り口付近に立っており、こちらを待っていた。すまんと謝りながらカバンを取り駆け寄る。


「考え事でもしてた?」


 何か言いたそうな目をしていた彩だが、俺はそれを無視して先に進む。

 心が読めるのだから当然今の心情はバレバレなのだろうが、この感情をどう扱うかは自分の問題だ。尊敬と羨望の入り混じった黒い感情とどう向き合うのかは。

 

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