黒の憧れと読心少女
凪風ゆられ
第1話
セミの鳴き声が聞こえてくると、夏が来たことを実感する。
そこから、目が眩むほどの光を持つ太陽、澄み切った青空、高く昇る入道雲など夏の形が俺の世界に出来上がっていく。
そんな中で何も持たない自分が一人立っていた。
「──なんて思ってるでしょ。
「うわ、なんでそんなに具体的なんだよ!? 特に最後!」
「だって超能力者だしぃ? 小学生の頃からずっと一緒だしねぇ」
語尾を伸ばしニヤニヤと顔を歪める。
「イラつくのにどっちも否定できないのがもどかしいな……」
俺の隣にいる
ただし、アニメや漫画のように何を考えているのか完璧に把握できるというわけではなく、感覚でそれとなくどんな感情でいるのかが分かる程度らしい。ならば何故俺の心情について細かく言い当てられるのかと言うと、これもまた彼女の言う通り、昔からの付き合いのせいだろう。約十年も隣に居続ければ、否が応でも相手の考えていることなど想像できてしまうものだ。まぁ、これは少々異常だろという気もしなくはないけど。
「悩みごとでもあるなら聞くよ? ほら、信号も赤だし」
先程の煽り立てる声とは打って変わって、心配そうな声色で話し掛けてくる。
他人に弱みを見せるのは言語道断──なのだが、その意思も彼女の前では全く意味をなさない。いくら噓に噓を重ね話題を逸らそうとしても、内の焦りは完全に見透かされているのだ。
数メートル先にある信号機は真っ赤な光を放っている。ここの横断歩道は、待たされる時間が長いくせに、渡れる時間がほんの数秒という欠陥構築で有名だった。普段ならば、そんな信号に引っかからないよう遠回りをするために家を出るのだが、丁度今朝彩が遅れてきたおかげでここを通らざるをえなくなったのだ。珍しこともあるものだと思っていたが、まさかその時点で彼女の策にハマっていたというのか?
会話の流れ、場所、極めつけは彼女自身の能力。ここはもう素直に話すしか道はないだろう。
「今から口にするのは、暑さでやられた人の独り言として聞いて欲しいんだけどさ」
「隣に私がいるのに独り言なんて可哀想だね」
「うっせ。俺にもプライドってもんがあるんだよ」
コホンと咳払いをし、二人しかいない場を整える。
「ずっと何者かになりたいって思ってるんだ。周りのみんなは自分の好きなこととか、やりたいこと見つけて未来に向かって進んでるのに、俺だけ一人突っ立って何も見つけられないでいるのが怖くて、寂しくてさ。それに何も持ってない人よりも、何か夢中になってる人のほうが好かれるよなあって」
「途中までシリアスな雰囲気だったのに、最後のせいで台無しじゃん。なに、結局モテたいってわけ?」
「そういうわけじゃないけど、否定もできない……」
彩は俺の言葉が言い終わるや否やじっと見つめてきた。照り付ける日差しが彼女の瞳をくっきりと浮き出させる。黒い瞳に映る淡い一点の光は、俺の目を掴んで離さんとするほどの不思議な力を感じた。そういう気などないだろうに、俺と言う人間はたったそれだけのことでもドギマギせざるをえなかった。いよいよ恥ずかしさすら湧きあがってきたころ、ようやく彩は俺から目を離した。
「由夢がよければだけどさ、手伝おうか? その何者かになるってやつ」
「え……具体的な目標とかないけど」
「それでもいいじゃん。深い意味とかないからね。友達に悩みがあったら一緒に考えて動くのは当たり前でしょ? お、青になったし行こっか」
何事もなかったかのように歩き始める彩。
意外な言葉だ。彼女のことだから「がんばれー」とか声を掛けて話を終わらせると思っていた。どういう風の吹き回しなのか気にならないわけでもなかったが、彩の厚意をむやみやたらに詮索するのは失礼かと思い、黙っていることにした。むしろ心配してもらい、そのうえ手伝ってもらえるのだからお礼をいうべきなのだ。
「なあ彩──」
「お礼とかいいからね。私はすべきだって感じたことをしただけだし」
「でも」
「もー、そんなに言うなら今度の祭りでなんか奢ってよ。行くでしょ?」
「まぁ行くけどさ」
はいこの話おーわり、と口にしながらさっさと横断歩道を渡りきってしまう。
心が読めるのはやっぱりずるいよなぁ、なんて羨ましがりながら俺も彼女の後を追った。
彩には言っていないが、何者かになりたいというのは少々噓が含まれている。
俺は
常に笑顔で、なんでもこなせて、努力を惜しまない彼女のような人間に。
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