真夏の咆哮

しゃむ

第1話



 じりじりと焼けるような日差しの下。熱された水蒸気が、空中に昇りきらずに溜まっている土の上。そこで俺は青空に腹を向けてぶっ倒れている。それも昨日から、ずっと。


 旅に出てから一週間、いや、もっとか?――完全なる行き倒れだ。ここ数日不調続きだったが、まさかこんな簡単に動けなくなるなんて。

 俺は物心ついたときからずっと土の下地下で暮らしてきた。陽の光も届かない、暗くて冷たいあの場所。でも俺らの一族は、大人になれば地上に出られるんだ。だから早く大人になって自分の羽で気の向くままに好きな場所へ旅に出ることが夢だった。暖かい太陽の光の下で。


 しかしどうだろう、俺は地面に落ちて無様にひっくり返って動けない。昨日から飯も食えていない。こうなってしまってはもう成す術がない。

 あぁクソ、視界が揺れる、俺はこんな所で死ぬのか……。


 短い地上生活だった。長年夢見たこの場所は甘くなかった。陽の光に照らされる地上は、楽園じゃ無かったんだな。

 飯を横取りする奴ら、俺を殺して身剥ぎしようと息巻く奴ら……なんだ、地下と大して変わらなかったじゃないか。ただ明るくて広い空があるってだけで。

 

 もっと生きたかった。本当は嫁も見つけて、子どももつくらないといけないんだ。一族の血を途絶えさせないために、それが俺ら一族の使命。

 子どもの顔を拝めるまで生きられないのは知っている。もともと俺の種族は短命なんだ。一生なんてたかだかくらい。少しの旅の期間でいかに使命を全うできるか。それが俺の命の価値だってのに……。


 あんまりじゃないか。それができないとなれば、俺は何のために生まれてきたんだ?生まれてこれなかった兄妹たち、こうやって日の光も拝めず無念に地下で死んでいった仲間たち。あぁ、こんなんじゃ彼らに顔向けできない。ごめんな、皆……。


 死の淵を彷徨いながら後悔と自責の念に駆られる。ぐるぐると回る思考を止めたのは、遠くから聞こえる地鳴りだった。ドオン、ドォンとゆっくり、細切れに。何か巨大なモノが近付いてくる。

 何とかその姿を捉えようと眼球をめいっぱい横へ向ける。霞む視界の隅に捉えた、地面を蹴る巨大な二足、宙に振られたもう二足。布を身にまとって頭に黒い毛の生えた……だ!

 地上に信じられないほどうじゃうじゃいる怪物。地下じゃ見たことない形をしていて、なんて合計四本しかないのに二足歩行。独特の言語鳴き声で喋る奇形の生物だ。

 俺らにほとんど無関心だったからキモいけど安全なヤツらだと思ってたのに……どうして?まさか……俺の息の根を止めるつもりか!


 なんてことだ、まさか弱ったところを仕留めに来る卑屈なヤツだなんて。あんなバカでかい化け物が二体も来られちゃ勝ち目なんて無い。


 二体は何かを話しながら段々と近づいて来てる。心臓が激しく脈打つのがわかる。でも、このまま何も遺せず死ぬなんて……そんな惨めなことがあるか。

 もうとっくに使い切ったと思っていた力が身体の奥からふつふつと湧き上がる。俺はまだ死ねない、まだ生きたい。使を果たすまでは……。――俺はまだやれる、まだ生きて、この残酷な世界に俺の証を刻んでやる――。


 硬直した筋肉を動かし、羽を目いっぱいバタつかせて地面を打つ。その反動で体を起こすことに成功した。あとは羽ばたいてしまえばこちらのもの。


 ――このまま死んでたまるか!!




****



「――ジッ、ジジジジジッ!!」

「うわっ!」


 不快な鳴き声と共にひっくり返っていたが跳ね、そのまま空へ駆けていく。


「ビビった~、セミファイナルかよ……」

「セミファイナルおもろ(笑)もう死にはじめるのか、儚いねぇ」


 土曜日の部活帰り。セミが飛んでいった空を見つめて、少年の一人がそう呟いた。もう一人も空を見つめやれやれと言ったように額の汗を拭う。


「はぁ……セミなんてキモイしうるさいから早く死んでくれるのは良いけどさぁ。ちゃんと死にきってからさ地面に落ちろよな!毎回ビビりながら横通るのやだよ俺」

「あはは、それな〜」


 その声を掻き消すように、生命を全うするセミの合唱がこだまする。アブラゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシ――彼らは一週間しか生きられないとの誤認識が広がっているが、例えばアブラゼミだと、幼虫から数えて七年ほどの寿命である。

 一生の多くを地中で過ごし、成虫になった残りの余生……それこそ一週間。子孫を残すために命を燃やすのである。

 地面に落ちたセミたち。力が尽き、死を待つのみの彼ら。が通りがかる時、彼らはこうして生命の灯火を再び燃やしているのかもしれない。



 


 

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真夏の咆哮 しゃむ @nekocat222

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