貴方が昼寝をしようとしていたら、昔よく遊んであげていた妹の友達がやってきた

モノクロウサギ

タイトル通り

──ある夏の午後。冷房をフル稼働させた自室のベッドの上で、貴方は昼寝の準備に入っていた。


『……あのー、お兄さん。いますか?』


 しかし、部屋の扉をノックされたことで、あなたは身体を起こすことにした。


「あ、どうも。えっと、マトモに話したのは久しぶりですね。憶えてくれてます? ……あ、そうですそうです! 由美ちゃんと遊ぶために、昔からちょくちょくお邪魔させていただいた奏です。はい、何度も遊んでもらってた!」


 扉を開けると少女がいた。昔ちょくちょく構ってあげていた、貴方の妹の友人であった。


「あ、要件ですか? 実は今日、由美ちゃんと一緒に夏休みの宿題をやってたんですけど……今さっき、由美ちゃんが寝ちゃいまして」


 奏が告げた妹の醜態に、貴方は思わず頭を抱える。


「え? 叩き起して良い? いやいやいやっ! 流石にそんなことできませんよ! ちょっ、なら自分が蹴り飛ばしに行く!? お兄さんストップ! ストップストップ! 別に良いですから! そうじゃないですから!」


 兄として当然のフォローを入れようとした貴方だったが、奏に強く押しとどめられたため、溜息を吐きつつ今一度ベッドに腰を下ろすことにした。


「……えっと、それでですね? 由美ちゃんもお疲れみたいだし、私もちょっと休憩を入れようかなー、って思いまして。で、お兄さんが今日いらっしゃると由美ちゃんが言ってたのを思い出したので、久しぶりにお話ししたいかなぁ……って。その、駄目、ですかね?」


 恐る恐るといった様子で要件を伝えてきた奏に対し、貴方は少しばかり逡巡したあと、自分で良ければと頷きを返した。

 顔馴染みとはいえ、年上の男と話し合って何が楽しいのかと疑問に思ったものの、妹の無礼もあったので、貴方に断る選択肢はなかった。


「あ、大丈夫ですか? ありがとうございます! 実はウザがられたら嫌だなって思ってて……え? 妹の友達にそんなことしない? ……あはは。ですよねぇ。お兄さんは優しいですもんね。それじゃあ、隣失礼しまーす」


 そう言って奏が、トスッと貴方の隣に腰を下ろした。なお、貴方の部屋にはちゃんとした椅子がある。


「近い、ですか? いやいや、こういうのは並んでお話するから楽しいんじゃないですか。それにほら、昔はお膝の上に乗ってたこともありますし? 今更じゃないですか。お兄さんからしたら、私も妹みたいなものでしょう? ……それとも、もしかして意識とかしちゃってます?」


 ニヤっと口角を上げてからかってくる奏に対し、貴方は首を横に振って答える。

 妹と同じ思春期の娘さんであるし、念のため確認しただけである。本人が良いのなら、貴方としても特に拒絶するほどのことではなかった。


「カッチーン。そこまでバッサリ否定されると、ちょっとムカってきました。……じゃあ、こうしちゃいます!」


 バサリと、部屋の中に布の翻る音が響く。奏がベッドにあった布団を掴み、貴方を巻き込んでくるまったのだ。


「どうですか? これなら少しは意識してくれますか? ……良いじゃないですか、これぐらい。お兄さんにとっては、私はそういうの対象じゃないみたいですし?」


 むくれながらも、さらにグイグイと奏が密着してくる。これには貴方も動揺した。子供扱いが気に食わなかったとしても、流石にこの行為は過激がすぎる。


「というか、地味この部屋寒いんですよ。クーラー強すぎません? だからちょっとくっつかせてください。……温度上げる? は? 何言ってるんですか?」


 ガバッとリモコンを奪われた。さらに追加で密着された。貴方は天を仰いだ。


「嫌なら嫌って言ってくださいよ。それなら私も離れてあげますよ? ……ノータイムで嫌って言わないでくださいよ! じゃあってなんですか『じゃあ』って! 暑いし気まずい!? そこまで言うならこっちも徹底抗戦しますからね!?」


 さらに密着された。というか抱き着かれた。そしてダメ押しとばかりに押し倒された。貴方はもう面倒くさくなってきた。


「本当にもう! お兄さんはデリカシーがなさすぎます! 久しぶりだし、もう子供じゃないんですって証明したかったのに! こんなにツレないんじゃ、強引に行くっきゃないじゃないですか! ……はぁー!? 猫被り切れてなかった!? だからそれはお兄さんのせいでしょー!?」


 奏に耳元で叫ばれたことで、貴方はことさら大きな溜息を吐いた。妹とともに振り回された記憶が蘇ってきたのである。


「大体です……っ、うぇっ!? ちょっ、お兄さん!?」


 昔のことを思い出した貴方は、かつてしていたようにギュッと奏のことを抱き寄せた。こうすると大人しくなったなという経験則である。


「あっ、あの! ちょっとこ、これは想定外というか!? きゅ、急にどうしたんですかお兄さん!? ま、まさか本当に私のこと……!?」


 貴方の予想通り、ヒートアップしていた奏が大人しくなった。違う意味でヒートアップしているような気がするが、貴方が指摘するようなことはなかった。面倒くさかったのだ。


「うひゃっ!? ちょっ、耳元で溜息吐かないでください! お兄さん本当に癖が強いというか、何でこんな予想外なことばっかりっ、トントン背中叩くなコラ! 赤ちゃんですか私は!?」


 似たようなものである。少なくとも貴方からすれば。


「……何なんですか本当に。こんなの完全に子供扱いじゃないですか。そりゃあ、お兄さんと私はそこそこ歳離れてますし、対等な感じは難しいとは思いますよ? でもこれはあんまりじゃありません? ……ふにゅ」


 貴方の胸にグリグリと頭を押し付けながら、奏が不満を口にする。なお、そんなこと言いつつ口元が弛んでいたのだが、貴方は見なかったことにした。何度も言うが面倒くさかったのである。


「一応言っておきますけどね、私コレでも凄いんですよ? 同級生からモテモテなんですよ? まず客観的に見て美少女ですし、性格だってめっちゃ良いって評判なんです。何度も告白だってされてます。全部断ってますけど。その理由、分かりますか? 分かりますよ……ちょっと。人が大事な話をしてる途中で、なに盛大な欠伸をかましてくれやがりますか」


 奏がジト目で睨んでくるが、残念なことに貴方がそれをマトモに受け止めることはなかった。正確には、できなかった。

 是非思い返してみてほしい。奏が部屋を訪ねてくる直前に、貴方が何をしようとしていたのかを。……そう昼寝だ。


「え、わりと真面目に眠い? 若干思考も怪しい?」


 それも昼寝は成立一歩手前だった。微睡みの中を揺蕩い、意識が完全に落ちる寸前で奏がやってきたのである。

 妹の不始末が原因だったので仕方なく対応に当たっているが、実際のところ貴方の眠気は天井付近を彷徨っていた。


「つまり、今までのアレコレも寝惚けてやったと? そう言いたいんですか? この熱い抱擁もそう言って誤魔化そうって言うんですか? ……あったかいじゃねぇんですよ! そもそも答えになってないし!」


 奏がなにやら文句を言っているが、すでに微睡みに身を委ねはじめている貴方に届くことはない。

 そもそも体勢が悪い。知らなかったとはいえ、奏は貴方をベッドに押し倒してしまった。

 眠気に襲われている中で、横になったらどうなるかという話である。さらにはガンガンに効いた冷房。布団。心地よい人肌。こんなの数え役満としか言いようがない。


「ちょっと! ここまでやって怖気付いたのかなって思ったのに! まさか本当に違うんですか!? ガチで寝惚けてたんですか!? さっきまでの流れは、私の気持ちを受け入れる的なアレじゃないんですか!? ……いやだから背中をトントン叩かないでください! ぐずってるわけじゃないんですけど!!」


 貴方の思考能力はそろそろ本格的にヤバくなってきた。もはや貴方自身、半分ぐらい自分が何してるか分かっていない。


「一応話は聞いてた? あの、分かってます? それだと、自分がめっちゃ馬鹿みたいな誤魔化しかたをしてたって自白してますからね? やっぱりお兄さん、かなり最初の方から真面目に聞いてなかったですよね?」


 ぶすくれた様子で、奏が貴方の胸を叩く。だが悲しいかな。今の貴方には、ポカポカと叩かれる衝撃も眠気促進のアクセントとなっていた。

 ちなみに補足しておくと、途中まではなんだかんだで、歯を食いしばって意識を保っていたりする。貴方が本格的にヤバくなったのは、奏が自画自賛を始める直前ぐらいである。


「もう本当にムカってきます。……何が一番嫌って、こんな酷い扱いを受けても、お兄さんを嫌えない自分が嫌です。普通、こんな酷いことしたらビンタされてもおかしくないんですよ?」


 サラリと奏が貴方の髪を撫でた。こそばゆい感覚に引っ張られ、どうにか貴方が薄目を開けると、目の前に奏の顔があった。

 それはほぼゼロ距離。元々密着していたが、さらに奏が距離を詰めてきたのである。


「だからお兄さん。これは仕返しです」


 不満を滲ませつつも、されど呆れと慈しみのこもった声。羞恥からか顔には朱が差しつつも、茶目っ気と色気の混ざった表情。

 微睡みに沈み、意識が途切れるその瞬間に見えた光景は、あまりに蠱惑的で。


「Chu。……絶対に逃がしませんからね? ──それじゃあ、お兄さん。お休みなさい」


 唇に触れた柔らかい、そしてどこか湿った感触を最後に、貴方の意識は途切れたのであった。

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