わたしが思う、エロ芸術と、下ネタの違い

白鷺(楓賢)

本編

エロ芸術と下ネタは、しばしば混同されがちですが、私は両者には大きな違いがあると強く感じています。特に女性のヌードは、単なる性的な対象としてではなく、繊細で、完成された芸術作品だと考えています。ヌードが持つ美しさは、言葉では言い尽くせないほどです。か弱く、魅力的で、鮮明な表現の中に、人生の儚さや感情が詰まっているからこそ、人々を惹きつけるのでしょう。


ヌードの芸術には一つとして同じものがありません。作り手や鑑賞者によって、それぞれの視点や感性で異なった印象を与えるのです。ヌードというのは、それ自体が多様な表現を持ち、観る人によってさまざまな解釈を引き起こす芸術的な存在です。


一方、下ネタはその対極にあります。下品で、安易に笑いを取ろうとするものが多く、エロティックな要素を軽んじ、乱暴に扱います。残念ながら、現代のSNSやインターネット上では、こうした下ネタが氾濫し、まるでハエがたかるように、いたるところで目にすることができます。下ネタには品位がなく、私にとっては不快なものでしかありません。


私が特に強く感じるのは、エロ芸術と下ネタが一緒に扱われてしまうことです。グラビアやイメージビデオの中には、明らかに芸術性の高いものが多く存在します。衣装一つでその人の雰囲気がガラリと変わり、ポーズ一つで全く異なる印象を与えるものもあります。これこそが、美しさを追求する芸術であり、私が心から「すごい!」と思えるところです。


しかし、そんな美しいものを下ネタに変えようとする動きがどうしても許せません。美しいものをわざわざ汚し、下品なものに貶める必要がどこにあるのでしょうか。美しいものには、それをそのまま敬い、楽しむ価値があります。エロ芸術はまさに品があり、洗練された表現です。一方で、下ネタは品位を欠き、見るに耐えないものばかりです。


だからこそ、私はこの二つをきっちりと区別したいのです。会話の中で下ネタを連発する人には、軽蔑の感情が湧いてしまいます。人を否定することは本来なら避けたいところですが、嫌なものは嫌だと自分の中で線を引いています。グラビアやイメージビデオを愛することと、それを下ネタに結びつけようとする動きとは別次元の話です。


エロ芸術には高尚な美しさがあり、下ネタとは一線を画す存在です。私はこの違いを強調し、エロティックな美しさの価値をより多くの人に理解してもらいたいと願っています。

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