第17話 Final

 床で胡坐をかく丈二とその正面に座る麗奈。


「ちょっとすみません……」


 周囲の人質たちに突然配慮をし出して煙草に火を点ける丈二。

 その様子にも麗奈は驚いている。


「どうしたの急に……?」


「ここ一応禁煙だからさ、でも面と向かって話すなら吸ってた方が落ち着く」


「そうじゃなくて……っ!」


 麗奈が気になっているのは丈二の今の態度そのもの。

 このままではまるで諦めてしまいそうな様子だ。


「俺さ、お前とちゃんと話したくて。この旅での事とか振り返ろうと思ってさ」


「えぇ……?」


 麗奈の様子を少し気にしながらも煙草を吸う丈二。

 心を落ち着かせているのが分かる。


「どうだった、この旅してみて?」


 煙草を持つ手で指さして来る。


「私は……言ったじゃん、お兄さんと会えたって」


 以前車の中で言われた事を振り返る麗奈。


「それで、俺と会えて何か思う事はあったか?」


 丈二の顔をあまりよく見られない。

 なので自然と過去を振り返る事となる。


「一瞬でも自由を感じられて良かったよ」


 そして顔を上げて丈二を見ながら答えた。


「あぁ、本当に一瞬だったなぁ」


 そう言った後、煙草をまた吸う丈二。

 何か思いに更けているようで。


「俺も思ったんだ、この旅でお前と会えて良かったって」


 突然まじめな顔でそんな事を言ったため少し恥ずかしくなる麗奈。


「お前と会って思ったんだよ、向き合わなきゃって」


 思い出すのは観覧車やライブハウス、そして朝焼けの海での出来事。


「結果ダメだったけどさぁ……」


 煙を優しく上に向かって吐きながら言う。

 まるで煙に情景が浮かんでいるかのように見つめていた。


「でも偉いよ、向き合えただけ」


 自分と丈二を見比べた麗奈は素直に彼を褒める。


「お母さんに拒絶されてたとき思ったんだ、私なら抱き締めてあげるのにって」


 丈二はその言葉に感謝を返す。


「実際そのあと抱き締めてくれたしな、それでかなり救われた」


 そして丈二は結論を麗奈に伝える。


「一回失敗したけどさ、向き合った事でお前の大切さに気付けたんだよ……」


 顔を赤くしながら恥ずかしそうに愛情を伝える。

 すると麗奈も反応して顔を赤くした。


「こうやって大切なものに気付くため、現実逃避してたのかもな」


「同じ仲間に出会えたから……」


「そういう事」


 現実が辛くなった時は逃げていい。

 同じ仲間に出会える機会となるから。


「逃げるのも悪くない、最後に向き合うならな」


 少しずつ笑顔になっていった丈二。

 そのタイミングで煙草を一本吸いきる。


「よし、じゃあ行くか」


 火を消して立ち上がる。

 そして麗奈に手を差し伸べた。


「お前も親と話してみろ。気持ち伝えてさ、ちゃんと自分の意志あるんだから」


 少し考えている麗奈に更に伝える。

 丈二と違い彼女には他人への執着がない、心は自立している。


「もし辛いこと言われたら俺が抱き締めてやる!」


 麗奈も笑顔になり丈二の手を取る。

 そして立ち上がりお互いに向き合った。


「そうだよね、お兄さんがいてくれるもんね!」


「あぁ、俺だって現実だからな」


 そして二人は人質にされている人々へ向き直り頭を下げた。


「すみませんでした、もう帰って大丈夫ですっ」


 その声に驚きながらも人質たちは一瞬の間の後、ゾロゾロと外へ向かっていった。



 ☆



 外で待機している警察や特殊部隊。

 その一同は目の前の光景に驚いていた。


「人質がどんどん出てきます……!」


 グループホームの出入り口から人質とされていた人々が解放されていくのだ。

 比較的元気そうな職員に警察が話を聞く。


「何があったんですか⁈」


「突然解放してくれるって……」


 職員もまだ戸惑っているようだがこれは絶好の機会だ。

 警察たちは突入の準備を整えた。


 そして一方丈二と麗奈は人質の解放を玄関付近で見守っていた。

 するとそこへある人物が。


「あ、母さん……」


 丈二の母が外へ出ようとしていたのだ。

 少し考えてから丈二は彼女へ歩み寄る。


「母さん、大丈夫……?」


「あぁ、大丈夫……」


 鎮静剤を飲まされたのか少し朦朧としている母親。

 丈二は認識できていないだろう。

 チャンスだと思い丈二は母親に伝えた。


「見つけたよ、“俺の天使”」


 かつて母親が言っていた大切な人の総称。

 丈二も遂に見つけたと伝える。

 そのまま返事はせずに母親は職員たちに外へ連れていかれたが丈二は満足だった。


「私、天使?」


 少し冗談めかしく麗奈が聞いてくる。


「あぁ、一番向き合うべき人って意味だぞ」


 想像するような翼の生えた天使ではない事を伝えると麗奈は頬を膨らませた。


「もうっ……」


 しかしそんなやりとりも丈二は心地よく感じる。

 優しく微笑みながら麗奈の頭を髪がクシャクシャになるまで撫でた。


「わぁっ……!」


「いいだろ別に」


 そして人質が全員外へ出た事を確認してから二人も外へ向かって歩き出す。


「あーあ、刑務所かぁ」


「多分すぐ出れるよ」


「待っててくれるか?」


「もちろん」


 外へ向かって歩いて行く二人。

 丈二は最後にこんな事を告げた。


「そしたら俺らの人生、ようやく始まるぞ」


 その言葉を聞いた麗奈は優しく微笑んだ。

 そして玄関から外へ出る。

 そこでは大勢の警察や特殊部隊が待ち構えていた。


「犯人が人質を連れて外へ!」


 警察や特殊部隊は無線でそんなやりとりをしている。

 直樹や麗奈の両親もその光景に驚いていた。


「なぁ麗奈、俺がムショにいる間は一人で辛い現実に向き合わなきゃならねぇ」


 そして麗奈の方を向きポケットに手を入れる。

 その様子を見た警察は焦った。


「マズい、銃を出すぞ……!」


 無線で特殊部隊に伝える。

 しかし丈二たちは何も気づいていない。


「どうしても辛くなったらこれで元気出せ、すぐ返してもらいに行くからさ」


 そう言ってポケットからあるものを取り出そうとする。

 その瞬間。


「スナイパーっ!」


 警察の声と共に一発の銃声が響いた。

 麗奈は何が起こったのか理解できていない。


「え……?」


 ただ目の前では丈二が倒れていた。

 肩から血を流している。


「あ、あ……」


 数秒経過してから何が起こったのか理解した。

 思い切り叫びながら丈二に駆け寄る。


「お兄さんっ!」



 ☆



 肩を撃たれて倒れた丈二に駆け寄る麗奈。

 その姿に人々は目を奪われた。

 誘拐され人質にされたという認識からは想像も出来ない行動に出たから。

 それはまさしく彼を想っての行動だったから。


「お兄さんっ、死んじゃ嫌だぁ……!」


 涙が溢れて止まらない。

 そこへある影が。


「大丈夫だ、急所は外してる」


 それは直樹と共にいたベテランの刑事だった。

 丈二の命に別状がない事を麗奈に伝える。


「本当っ?」


「あぁ、この仕事長いから分かるんだ」


 そして準備していた救急車から隊員が下りてきて丈二を担架に乗せて運ぶ。

 車両に乗るまでの間、麗奈はずっと丈二に寄り添っていた。


「ねぇ大丈夫?」


「あぁ、痛てぇけど……」


 何とか意識を保っていた丈二はポケットから出そうとしていたものを渡せずに後悔している。


「ごめん、渡せなかった……」


「良いの、私頑張るからっ。お兄さんが出てくるまで頑張るから!」


 そんな麗奈の言葉を聞いて丈二は優しく苦しそうに微笑んだ。

 そのまま救急車に乗せられる。

 そして麗奈の隣には直樹の姿が。


「麗奈さん?」


「はい……?」


「俺、車の持ち主」


「あぁっ」


 直樹の存在に気付き気まずい気持ちになる。

 彼の車で好き放題してしまった。


「アイツ、良いやつだった?」


 すると直樹は麗奈のした事は気にしないかのように問う。


「え、はいもちろん」


「そうか、よかった」


 そう言って直樹は救急車に乗ろうとする。


「あーいろいろ面倒な手続きが待ってるぞー」


 そして乗り込むと最後に麗奈に伝えた。


「待っててやってくれよな」


 その言葉を最後に扉は閉じられ救急車は出発した。

 その車両を見つめていると麗奈は地面に何かが落ちているのを見つける。


「あ、これ……」


 それは丈二のスマホだった。

 ポケットから落ちたのだろうか。

 するとベテラン刑事が声をかけてくる。


「君はこっちだ、一度所で話を聞く」


「はい」


 大人しく着いていき彼の車に乗ろうとする。

 すると車の前に両親がいた。


「麗奈……」


 心配そうな父親に麗奈は告げる。


「私、好きに生きるから。自由にさせて」


 それだけ告げて車に乗る。

 しかしドアを閉める前に最後に伝えた。


「でももうこんな事はしないから、お父さんに縛られないって意味」


 そして麗奈を乗せたベテラン刑事の車も発車する。

 それを見つめる麗奈の両親。

 母親は父親に告げた。


「子供っていうのは思ったよりずっと大人なのね、私たちの方が自立しなきゃ」


 その言葉を父親は強く実感していた。



 ☆



 救急車の中で丈二は直樹と話していた。

 冗談めかしく直樹が今後の話をする。


「大変な事が待ってるぞ、色々請求されるだろうなぁ」


「ちゃんと働いて払うよ、自由はやるべき事やってからだ」


 そのような言葉を丈二から聞けるとは。


「そんなこと言うなんて、麗奈さんのお陰か?」


「あぁ」


「あんないい子いないぞ」


 そして丈二は麗奈を想い直樹に伝える。


「俺さ、自分から思ったんだ。アイツのために頑張りたいって思えた」


 この旅を経て一番思った事、たどり着いた答えだ。

 直樹もその言葉を聞いて安心する。


「そうか、自分からか」


 しかしまだ残っている事はある。


「でもまずはこれからの事頼むぜ? 俺も手伝うからよ」


「あぁ、任せろ」


 そして二人は安心しながら病院へと向かうのだった。


 ……一方でベテラン刑事の車に乗る麗奈は。


「それ、岬 丈二のスマホか?」


 麗奈の持つスマホについて質問するベテラン刑事。

 助手席には若手刑事が座っている。


「そうです、これで元気出せって……」


 手を伸ばしてきたベテラン刑事に渡す麗奈。

 それを運転中のため若手刑事に渡す。


「うわ、血ぃついてますね……」


 そう言いながらスマホを調べる若手刑事。


「ん、めっちゃ音楽入ってますね」


 その発言に麗奈は反応する。

 それを察したのかベテラン刑事はある事を口にした。


「じゃあ音楽流すか?」


 そう言って若手刑事からスマホをもらい車のスピーカーと接続する。


「じゃあ行くぞ~」


 プレイボタンをタップしたベテラン刑事。

 すると音楽が流れだす。

 優しいギターの心地いい旋律が車内に渡る。


「あ、これ……」


「懐かしいなぁ」


 麗奈は聞き覚えがあった。

 この曲はあの時、丈二が流してくれた曲だ。

 静かなイントロから一気に激しいロックになる。


「おぉ、元気になりますね」


 若手刑事の言葉で思い出す。

 丈二は“これで元気を出せ”と言った。


「ふふっ」


 丈二の笑顔を思い出しながら麗奈はつぶやく。


「言った通りだ」


 丈二と麗奈、二人とも大好きな激しいロックが流れる車が風を切って走っていった。





 


【My Angel】


 THE END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

My Angel -マイ・エンジェル- 甲斐てつろう @kaitetsuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画