第8話 凜の知り合い
「今日の鍛錬では、持久力向上を目的として、走り込みをしてもらいます。グラウンド十周を二セット、走ってもらいます」
朝倉先生は、メガホンを用いて鍛錬の内容を伝えた。
グラウンド十周を二セット。
グラウンドは一周八百メートル、それを十周だから、八千メートルを走ることになる。
中々にハードな内容だが、私はこの学園に入学するために、休みの日は一万メートルを走っていた。
しかも、常に平坦な道ではなく険しい坂道とかも含むルートを走っていたので、平たんのみのこの場所ならば、今日の訓練は私にとっては容易にこなせる内容だ。
「とはいえ、たらたらと走られても意味がないので、最低これぐらいのペースを保ってもらう基準値として、私も一緒に走ります。もし、その基準値に満たない走りをかます生徒がいたら、私の鞭が猛威を振るいますので、そのつもりで」
朝倉先生は、腰から鞭を取り出し、思いっきり地面に叩きつける。
バシン!
乾いた音がグラウンド内に響き、私を含む多くの生徒が、ビクッとして背筋をピンと伸ばす。
ふう、よかった。走りは得意分野だし、鞭の餌食になることはなさそうだ。
と、鷹をくくっていた私は、数秒後に地獄を見ることになろうとはこの時は思ってもみなかった。
「はあ、はあ、お、おえ……」
二セットが終了した私は、グロッキー状態で四つん這いになり地面と見つめあっていた。
持久力に自信があった私は、始まって直ぐに地獄を味わった。
朝倉先生の基準値がほとんど私の全力疾走と変わらぬスピードであるため、開始早々に、私の脳裏に浮かんだのは、あ、終わった……という悲観だった。
当然ながら、私は鞭の嵐に飲み込まれたまま、脱出することは出来ず、お尻の痛みを常に感じながら、地獄の持久走は終わりを告げた。
私以外の生徒も鞭の嵐に飲み込まれている人もおり、鞭の乾いた音と悲鳴が合わさった演奏がグラウンドを轟かせた。
もし、その音楽にタイトルを付けるなら、間違いなく「地獄」になるだろう。
「ま、舞ちゃん、だ、大丈夫? と、とりあえず、水筒とタオルを持ってきたよ」
「あ、いがとう、たおう、首、か、けて、みう、おいお、いて」
疲労困憊で呂律がうまく回らず、ちゃんと凜ちゃんに伝わっているか不安だったが、ちゃんと正しい解釈をしてくれた。
私の首にタオルと傍に水筒が置かれる。
汗が途絶えることなく地面に落ちて、目からは涙が零れ落ち、土にちょっとした湖が完成していた。
ぶるっ
急激に体温が急降下し、極寒にいるような寒さに蝕まれた。
寒い、寒い、寒い、寒い。
「ま、舞ちゃん!? す、すごく、顔が真っ青……だ、大丈夫!?」
いらへを返したいが、思うように口が動かず、言葉を出すことができなかった。
脳が鉛のように重く、視界がうっすらと霞がかる。
や、ヤバイ、なんか、眠くなってきたかも……
「ま、舞ちゃん!? ど、どどどどうしたら……」
慌てふためく凜ちゃんの声が脳内で残響のようにこだまして。
「まずは私の言うとおりにして息を整えましょう」
背中に温もりに満ちた柔らかいものが乗せられ、私の眠りを妨げる。
落ち着きのある声の主の指示に従い、息を吸ったり吐いたりを繰り返した。
すると、あれだけ眠かった頭が覚醒し、視界を纏う霧が徐々に晴れていく。
視界が開けると、小さな手のひらが出現し、その中心には水が溜まっている。
「まずは舌を使ってちょっとずつ胃に水をいれましょう」
四つん這いのまま、犬のように舌を使って口の中を潤し、胃に流し込んでいく。
水分を飲むこともままならない私だったが、微量の水でも体の中の水分が蓄積していき、凍える身体も熱を取り戻す。
脳に十分な酸素と水分がいきわたっていき、正常に稼働することで、脳から命令が下り、喉の渇きを誘発させられる。
傍にある水筒を手に取ると。
「一気に流し込んではいけませんよ。少しずつ流し込んでください」
いうとおりにして、水をちょっとずつ口に含みながら飲んでいき。
「ぷはっ!」
口元に残る水滴をジャージの裾で拭き取る。
ああ、本当に一瞬三途の川が見えて、そのまま黄泉の国に行きそうだった。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえ、お気になさらず」
冷静沈着さを如実に表しているような蒼い瞳に、猫の耳が生えているような大きな青いリボン。
身長は凜ちゃんとほぼ同じくらいの、百四十センチほどの人物が私の傍で佇んでいた。
「あ、ありがとう、嵐山さん……」
「どういたしまして。それにしても、お久しぶりですね、水無月さん。まさか、あなたとここで再開するとは思いませんでした」
「え、ふ、二人は知り合い?」
私の疑問に凜ちゃんは小さくうなずき、隣の少女も「はい」と返事をする。
「それにしても、水無月さんは全然変わりませんね。いや……」
少女は凜ちゃんの全体を見渡すと、ある一点をじっと見つめた。
「あ、ちょっと、嵐山さん、そんなに胸を見つめないでください」
凜ちゃんは腕を胸の前に持っていき、必死に隠そうとしている。
まあ、凜ちゃんの腕が細いがあまり、隠しきれていないのだが。
「なんで、世界って平等じゃないんでしょうか……はあ」
少女は、自分の胸に両手を当てながら現実の理不尽さを嘆く。
とはいえ、私から見ても凜ちゃんが規格外なだけで、そこそこ大きいが。
完全に蚊帳の外と化した私に凜ちゃんは、あっ、と小さな声を上げて。
「ま、舞ちゃん、えっと、紹介するね。こちら、
紹介を受けた嵐山さんは小さく会釈し、「どうも」と言葉を綴る。
凜ちゃんは「そして……」と続けて、嵐山さんの方を向き。
「あ、嵐山さん。えっと、私のクラスメイトで友達の……」
「神崎舞さんですよね」
凜ちゃんが私を紹介する途中で、嵐山さんが先に名前を口ずさんだ。
「え、あれ? あ、嵐山さん、ま、舞ちゃんのことし、知ってるの?」
「ええ、昨日の戦いを見てましたから」
「う……あの戦いを観戦してたんですか」
昨日の戦いは私の無様を晒しただけだから、それを観戦していたと直接伝えられると、恥ずかしくてたまらない。
「ふふふ、中々面白い試合でしたよ」
うう……嵐山さんがこっちを見て笑っているよお。
けど、そうだよね。凜ちゃんが強すぎて、私なんて子供みたいな扱いだったし。しかも、必死の形相だったから、それも相まって、嵐山さんの瞳には、私はさぞ滑稽に映っていたに違いない。
「さて、私はここらへんで失礼します」
「あ、う、うん。ま、またね。嵐山さん」
「嵐山さん、今日はありがとう。お陰で助かりました」
「いえ、それほどでもありません。では、さよなら」
嵐山さんは、踵を返し、オレンジの海へと突き進んでいった。
そして――――――
「ぶぎゃっ!?」
えっええええええええ! 今のどこに、つまずく要素があったの!?
しかも、顔面から盛大にこけたけど。だ、大丈夫なのか?
心配して接近しようとしたら、嵐山さんがぐいっと振り向く。
頬が赤く染まり、目には涙を溜め、口は閉じているが、ぴくぴくと動いていた。
まあ、あれだけ盛大にこければ、羞恥心は相当なものだろう。
嵐山さんは立ち上がると、土煙が上がるほどの速さで、夕方のオレンジに溶け込んだ。
嵐山さんって冷静沈着で立ち振る舞いから何まで、さむらい然としていて、かっこよさが先行していたのだが。
今の見るに、もしかして意外とドジっ子なのかもしれない。
「ま、舞ちゃん、私達も移動しよっか」
「う、うん、そうだね」
あの光景を目にした私たちに流れる空気は、気まずい。
カーカーとカラスの鳴き声を背に、私たちも夕方の海に飛び込んだ。
次の更新予定
2024年9月20日 12:01
ゴーストバスターズ そら @sorabuta
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