第7話 憧れの人

 三年前よりも大人びており、艶っぽさが増えて、綺麗さが増しているのにも関わらず、面もちは出会った頃の可愛らしさも残っている。


 可愛さにさらに、綺麗さが上乗せされ、さらに成長を遂げる美しさ。


「あら……?」


 清流のような透きとおった声。


 白雪先輩の黒い眼が私を捉えたとき、身体全身に沸き立つ熱さは、冬の名残が残る春の肌寒さも吹き飛ばした。

 

 やっと会えた。やっと白雪先輩に会えたんだ……


 この学園に在籍していることは、当然ながら理解している……のだが、こうやって直接姿を拝むことが出来ると、本当に実在するんだということが改めて事実として根付く。

 

 そして、その憧れの人とこうやって同じステージに立つことが出来た歓喜は、筆舌に尽くしがたいものがある。


 一歩一歩と白雪先輩が私目掛けて歩みを進めるたび、心拍数がうなぎ上りに上昇。


「あなたは……?」


「わ、わ、私は、い、いい一年A組の、神崎舞です!」


 姿勢を伸ばし、緊張しながらも私は一生懸命自己紹介をした。


 声がどもりすぎて、壊れたロボットのようになってしまったが、もはや緊張の限界値をとうに超えている私にはそんな羞恥もそよ風の如く些細な出来事。


「ああ、思い出した! 確か、福井の恐竜博物館で出会ったわよね?」


「ま、ままさか覚えて下さっていたんですか!?」


「名前を聞くまでは、どこかで見たことがある顔だなあって、朧気だったわよ?」


 私なんか何の取柄もない人間なのに、朧気でも顔は覚えていて、しかも、名前を聞いた瞬間、思い出したのだ。


 有象無象にいる人間の中の一人にすぎないのに……


 それでも、白雪先輩の記憶にはちゃんと定着していて……どうしよう私、嬉しすぎて死んじゃいそう。


「いやいや! だって三年前の出来事ですよ!? しかも、白雪先輩は、それ以降も多くの人を助けているはず、それなのに、私のことを朧気でも覚えていて、す、すごい記憶力です!」


「あはは、ありがとう。 神崎さんは人を褒めるのが上手ね」

 

 っ!?


 照れ笑いを浮かべながら、ぽりぽりと頬を人差し指で掻く白雪先輩に私は。

 

 か、可愛い、可愛すぎるよお!!!


 心の中で絶叫。


 私の言葉により不意打ちに生じた照れた笑いは、クールでかっこよさの権化である白雪先輩に垣間見えた、年相応の少女らしいあどけない笑顔だった。


 これぞまさしく俗にいうギャップ萌えというやつではなかろうか。


 正直、私が男の子だった場合、無意識に月が綺麗ですねと言葉を発してしまいそうだ。


「っとと、いけない、いけない。神崎さんのせっかくの鍛錬の時間をこれ以上奪うのは、悪いから、私はそろそろ行くわね」


 踵を返そうとしたところで。


「あ、あの!」


「ん、何かな?」


 呼び止められた白雪先輩は黒い髪を靡かせながら振り返る。


「わ、私、パートナー選抜に出ます!」


 白雪先輩にそのことを報告した時に、瞳に悲しみの色が見えた気がした。


「そっかあ。 まあ、せいぜい悔いの残らないように頑張ってね」


「は、はい!」

 

 ただ、それもほんの一瞬で、私の勘違いだと意識外に持っていく。


 白雪先輩は報告を受けて私に頑張るように伝えると、今度こそ、この場から去ろうと足を動かす。


 ヒュー!


 その背中を見送っている最中に、私と白雪先輩の間に一陣の風が巻き起こり、砂ぼこりが宙に舞う。


 目くらましのような砂ぼこりが収まると、既に白雪先輩の姿は跡形もなく消失。


「よし! がんばろ!」


 白雪先輩に出会ったことにより、鍛錬のモチベーションがぐんっと上がり、私は腰にある刀を手に持つと、素振りを開始した。



「ふ、ふふふ」


 白雪先輩に出会った余韻が覚めることがなく、私は授業中であることも忘れて、自分の世界に入り浸る。


「……き、さん」


 出会えたこともそうだけど、私のことを覚えていてくれたことが何よりも嬉しすぎて…… ああ、どうしよう。嬉しすぎて死んじゃうよお。


「神崎舞さん!」


「ひゃっ!?」


幸せの絶頂にいた私は、朝倉先生の声で現実へと引き戻される。


現実へと引き戻された私は、幸せから地獄へと転落することとなってしまう。


我に返った私の前に微笑みながら私を見下ろす朝倉先生の姿が。


 傍から見れば、柔和で優しい母性のような笑顔だが、今の私には死神のような笑顔に見えて仕方がなかった。


冷や汗が泉のように迸り私の全身を濡らしていく。


「うん? どうしてそんなに怯えているのですか? 私は早く(3)の答えを教えてほしいだけですよ?」


 朝倉先生は顎で黒板を指す。


 つられて私も黒板を見るが、授業に全く集中できていなかった私には、ちんぷんかんぷんであった。


「あ、あああ、あの、えっと、その……」


「あの、えっと、じゃあ、意味がわかりません。神崎さんはしゃべることさえもままならない赤ちゃんですか?」


「ちちちちがいます……」


「じゃあ、早く答えてください。神崎さんのせいで皆さんの大事な授業時間が失われるんですよ」


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「ごめんなさいじゃなくて、早く答えを言ってください」


「す、すいません……授業の内容を聞いていませんでした」


 自分の口から直接白状した私に朝倉先生は、


「はあ、全く……」


 呆れ混じりのため息を一つ。


 そのため息は、恐怖心を飛躍させ、私は殻に閉じこもるように、身体をぎゅっと委縮させる。


「神崎さん、近いうちにあなたも任務を受けることになるわ。任務には、二人一組の原則の基、行なってもらうけれど、その際に、私情を持ち込まれれば、もう一人のパートナーに迷惑をかけることになるのよ?」


「はい」


「ううん、迷惑どころか、命を落とす可能性だって大いにある。戦いは一瞬の判断力ミスが、大きな綻びとなって、個人にパートナーそして最終的には、一般の人たちにも伝番し、本当に取り返しのつかないことになるのよ? 私情を持ち込んだせいで……」


 朝倉先生にいわれて私は、はっと気づかされた。


 自分は死地へと足を踏み込んでいると。


 そして、想像してしまった。私の今の状態で、任務に赴く姿を。


 っ!?


 ぞっとした。


 寒気がした。


 血の気が引いた。


 私のせいで、一般市民に被害が及ぶ光景を。


 私のせいで、パートナーが命に瀕している光景を。


 私のせいで、私自身を殺してしまう哀れな光景を。


 想像すればするほど、自責の念が膨れ上がる。


「ちゃんとメリハリはつけなさい。出来なければ、死、あるのみよ」


 朝倉先生は、死という言葉を強調させ、私の心の引き出しに無理やりねじ込む。


 この場所は、学園であると共に、軍事施設であることを改めて自覚させた。


「はい、すみませんでした……」


 謝罪の言葉を口にすると、


「まあ、でも、よかったじゃない? 命のやり取りの時じゃなくて。神崎さんはまだまだひよっこ。だから、今のうちに失敗してたくさんの教訓を得なさい」


 朝倉先生の声色は真剣さから優しい声色に戻る。


「は、はい」


「でも……」


 朝倉先生はにこっと笑う……が、目は全然は笑っていなかった。


「二度目の失敗は、絶対に許さないから」


 朝倉先生から聞いたことない、低音でドスの効いた声色に頭の先からつま先までの血の気が引き、私を震え上がらせた。


「はは、はい! 二度と同じ過ちは繰り返しません!」


「そう、その言葉は信じてるからね? さてと……」


 朝倉先生は、何事もなかったように通常運転で授業を再開し、私は、二度と過ちを

犯さない、と心の念仏を唱えながら、黒板に書かれた内容をノートへと書き写した。



「はあ、やっちゃった……」


「ま、舞ちゃん? げ、元気出して」


 机に突っ伏した私に、凜ちゃんは励ます言葉と加えて、優しく頭をなでなでする。


 はあ~心が浄化されていく


 もっと、その優しさを堪能するために。


「りんじゃあああん!」


 獣のような雄叫びを上げながら私は凜ちゃんを抱擁する。


「ま、舞ちゃん!?」


 凜ちゃんは唐突な行動に度肝を抜かしていたが、それでも、振りほどくことはしなかった。


 凜ちゃんの豊胸に挟まれている私は、その柔らかさに心を掴まれてしまい、欲望のままに気持ちよさを堪能する。


「凜ちゃん、胸を大きくするのに必要なことって何か、私に教えて」


「ええっ!? そ、そんなこと言われても、わ、私だって好きでこうなったわけじゃないから」


「むう、ずるい。何もせずにここまで立派に成長するならば、それは、もう遺伝子の差……! そうだ、それしかない。ぐぬぬ、もしそうなら、私が何かしたところで無意味」


「ま、舞ちゃんはどうして、そこまで胸の大きさにこだわるの?」


「だって、胸が大きい方が大人な女性って感じがするし、それに、女性って胸は小さいより大きい方が嬉しいものでしょ?」


「そ、そうかなあ? わ、私は胸の大きさよりも、身長の高さが欲しいけど……」


「凜ちゃんは既に立派な大きさを持っているから、そういえるんだよ」


 ぐりぐりと頭を動かして、さらに谷底へと突き進む。


 だんだんと凜ちゃんの胸の魔力に取り込まれていき、このままずっと顔を弾力のある胸に挟まれて、この幸せをずっと味わっていたかった。


 私が凜ちゃんの胸を満喫している間、再度私の頭に温もりのある手が乗せられ、次は優しくぽんぽんとされた。


 頭の上に優しい温もりがあり、顔にも胸の温もりがあり、自信の手にも凜ちゃんの背中の温もりがある。


 温もりだらけに囲まれた私は、脱力していき、陽光の暖かさもあいまって、睡魔に襲われる。


「りん、ちゃん、私、少しこのまま寝て、いいかな?」


「あ、うん、じゃあ、休み時間が終わったら起こす、ね?」


「う、ん、ありが、とう、りん……ちゃ……」


 温もりの袋小路に閉じ込められた私は抗うことなく身を委ね、私は次の授業まで一眠りをした。

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